私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

残酷アメリカ

2011-10-12 11:02:33 | 日記・エッセイ・コラム
 Cruel America、これは、最近、アメリカの著名雑誌『ネーション』に掲載されたジョナサン・シェルの論説の表題です。ジョナサン・シェルはアメリカで早くから核抑止論に反対を表明した反核ジャーナリストとして有名で、今回の福島原発事故についても積極的に発言していますから御存じの方も多いでしょう。30年前、彼が雑誌『ニューヨーカー』に連載した『地球の運命』という記事をゼロックスでコピーして熱心に読んだ時のことを私はよく憶えています。和訳本は今は入手しにくそうですが、短い紹介が見つかりましたので転載させてもらいます。:
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ジョナサン・シェルの『地球の運命』

雑誌『ニューヨーカー』の記者(当時)ジョナサン・シェル(1943- )が1982年に同誌に連載した核兵器の脅威を描いた著作です。1981年から82年にかけて全米各地で反核運動が高まり、核兵器に関する著作が相次いで出版されましたが、そのうねりを創り出したとさえ評価されています。?3部構成で、第1部(虫と草の国)では、全面核戦争が勃発すれば、ほとんどの生物が死に絶えることを指摘し、このような恐れがある限り、核戦争を行ってはならないことを強調しています。第2部(第二の死)では、核戦争の結果、人類の絶滅によって、新しい世代の生まれる可能性が無くなる事態が生ずるとし、これは将来に対する最大の犯罪であると言っています。第3部(選択)では、核戦争を防ぐための核抑止論が人類絶滅の脅威を高めている矛盾を論証し、核兵器を廃絶する行動を起こすべきだと訴えています。
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さて、ジョナサン・シェルの最近の論説『残酷アメリカ』ですが、著者は「最近、アメリカが残酷への傾斜のいやます坂道を下降していることを示すサインが沢山ある」として、政府や政治家や社会一般が示した最近の幾つかのを残酷サインの例を取り上げました。
  現テキサス州知事のRick Perry は、来年の次期大統領選挙の共和党候補として有力視されている政治家の一人ですが、先月のある公開討論会で、これまで10年間の知事在職期間中にテキサス州で235人の死刑を執行した事実について、「その中に冤罪で処刑された人もあったのではと思って眠られぬ夜はなかったか?」と質問されて、ロック・ペリーが「テキサス州の司法当局は優秀だ。あなたがテキサス州民を殺せば、あなたも死刑に処せられる」と言い放つと、聴衆から拍手喝采が巻き起こりました。
  つい先頃、22年前に殺人罪で死刑宣告を受けた黒人男性 Troy Davis の死刑がジョージア州で執行されました。新しい証拠の発見もあり、裁判時の証言者9人中の7人が前言取り消しを行い、冤罪の可能性が極めて高く、死刑執行延期の請願署名者は、全世界から、60万人を超えたのですが、オバマ大統領への嘆願も空しく死刑が実行されました。
  テキサス州からのもう一人の大統領候補者Ron Paul は、収入の乏しい若者が医療保険に加入することを断念したため、必要な医療が受けられず死亡する可能性について感想を求められて、「各人それぞれに自分の事は自分で責任を持つ。それが個人の自由ということだ」と答えました。この時も聴衆から賛成の声が大きく上がりました。
  こうした事例を列記して、ジョナサン・シェルは、ブッシュ/チェイニーによるアメリカの残酷性と野蛮性への降下がオバマ大統領によって停止するどころか、そのまま受け継がれていることを嘆きます。しかし、私にとって、ジョナサン・シェルの記事の本文より、それに対して寄せられたコメントの幾つかの方が遥かに面白いものでした。その一つは「テキサスの残酷性は今に始まったことではない。テキサス・レーンジャーズが1820年代からやってきたことを忘れてはならない」と言います。このテキサス・レーンジャーズは皆さんご存じの野球チームではありません。あの西部劇映画のテキサス・レーンジャーズです。米国・メキシコ戦争でメキシコからテキサス州を強奪した米国の侵略の先鋒テキサス・レーンジャーズはテキサスの地に住んでいたチェロキー族やコマンチ族の大虐殺(ジェノサイド!)を実行します。もう一人のコメント投稿者は次のように書いています。:
■ Let's see if I've got this right. You're finding out that USAmerica is "becoming" cruel, right? This is a country that was founded on genocide, never found a minority group it couldn't ground under its heel and who routinely kills people, foreign and domestic, to prop up a Ponzi-scheme "economy" that favors a few over most everyone else. What part of USAmerican history did you miss? (あなたの言っていることを私がちゃんと理解したかどうかを確かめよう。アメリカ合衆国は残酷に“なりつつある”ことを、あなたは発見しつつある、というわけだな。この国は、ジェノサイドの上に基礎をおき、地べたに踏みにじることの出来ない少数派に遭遇したことがなく、ほんの少人数が他の多人数から金を巻き上げるねずみ講詐欺“経済”を支えるために、国外、国内の人々を手当たり次第殺しまくる国なのだ。あなたは一体アメリカ合衆国史のどの部分を懐かしがっているのかな?)■   
  実際、門外漢の私は、アメリカという国の建国以来の実に一貫した残忍性を自分に確信させるのに、これまで半世紀を要しました。ジョナサン・シェルのようなアメリカを代表するジャーナリストの一人にして、アメリカ史についてのこの認識の甘さ、これこそアメリカの悲劇です。
  しかし、今の時点で、進行中のアメリカの残忍さを認識するのにジョナサン・シェルが数え上げるような些細なサインを拾う必要はありません。この8ヶ月リビアでNATO/アメリカが行なってきた艦砲/ミサイル/空軍による攻撃、特に、いまウォール街占領のニュースに隠れて行なわれているNATO空軍の沿海小都市シルテ(?、Sirte)に対する猛攻撃に目を向ければ充分以上です。現在(10月11日)も凄惨な戦闘が続いていますが、シルテで行なわれていることは、イラクの小都市ファルージャで行なわれたむごたらしい大虐殺と同じく、れっきとした戦争犯罪です。責任者たちがハーグの国際法廷に引き出されないのは、ハーグそのものが米欧の走狗と成り果てているからに他なりません。ファルージャで何が起ったかをお忘れの方は是非ネットでお調べ下さい。シルテは人口10万の小都市、明らかに報道の規制(自主であれ他主であれ)が行なわれていてはっきりはしませんが、これまでにシルテを襲うNATO 空軍の出撃回数が百回をこえるのは間違いないところ、大きな建物にはカダフィ支持の残党が武器を持って隠れているという口実の下での無差別爆撃ミサイル攻撃です。
  しかし、Cruel America のメーキャップなしの素顔をとっくりと品定めするのに、ファルージャやシルテの修羅場に立ち会う必要はありません。いやもっとよい場所がありますので案内しましょう。アメリカのMONTHLY REVIEW という雑誌に、William Blum の
『Why Is the United States Waging Perpetual War against the Cuban People's Health System? (何故アメリカはキューバ人の健康医療システムに絶え間なき戦争を仕掛けているのか?)』(2011年5月6日)
という論文が出ています。マンスリー・リヴューは,1949年ニューヨークでPaul Sweezy とLeo Huberman によって発刊された社会主義評論雑誌の名門で、その第1号には、主論文として、アルバート・アインシュタインの『Why Socialism ? (なぜ社会主義か?)』が掲載されたそうです。上掲論文の著者は日本でも『アメリカの国家犯罪全書』などで知られる歴史家です。書いてあることをざっと辿り、まとめてみます。
■ アメリカは、4万人以上のキューバの医師たちが世界の100以上の国に派遣されて、無料または低費用の医療を提供していることを憎悪している。このカストロ政府の医療外交を阻害するため、”Comfort“というベッド数1000、手術室12を備えた病院船を建造して、中南米各国の港に差し向けて無料医療を提供している。キューバの医師たちの邪魔をしたいのだ。しかし、それだけではない。直接にキューバ人全体の医療と健康状態を阻害する行為を臆面もなく実行している。
  この1月、アメリカは国連の「エイズ、結核、マラリアと戦うためのグローバル基金」からキューバに与えられる予定であった4百万ドルの出費を差し押さえた。それは主にキューバの約5千人のHIV患者の無料診療に当てられる筈であった。アメリカは長年にわたってキューバに経済貿易制裁を加え続けているが、その一部として、アメリカなどの医療先進国で開発された各種特効薬や医療機器をキューバが輸入することを阻止している。そのため、特に幼児や老人、それに特異な疾病の患者が苦悩を強いられている。さらにキューバから離れて外国で働くキューバの医師たちを誘惑してアメリカに移住させることをおおっぴらに実行している。本年1月のThe Wall Street Jounal は、2010年12月までに65の国で1574人のキューバ医師にアメリカ入国ビザを発行してアメリカに迎え入れたと報じている。■
  ブルムの論文によれば、以上に述べられた事柄は、キューバの医療と保健のシステム、つまり、キューバの国民の体と心そのものを痛めつけようとするアメリカの悪魔的行為のほんの一部に過ぎません。これがアメリカの素顔です。Cruel America の素顔であります。

藤永 茂     (2011年10月12日)