今日のお仕事は、奈良。
仕事先の最寄り駅は、
大学生の頃、途中下車してよく行ってた、
喫茶店のある駅だった。
最後に行ったのはいつだろう……。
多分、92年の夏だ。
あれから、ほぼ15年。
そのお店は今もあるのだろうかと気になった。
★
帰り、立ち寄ってみると、
お店は、あった。
素通りして帰るつもりで、最初はいたのだが。
別に、そこのお店の人とじっこんだったというわけじゃない。
ただ、頻繁に行っては、
店の隅っこで、本を読んだり、詩を書いたり、
日記を書いたりしていただけで、
これと言って、会話をしたことはなく、
中に入ったとしても、
「どこかでお見かけしたような……」と思われる程度になるだろう。
だから、
どちらかというと
懐かしさより、好奇心からくる気持ちだった。
『アルバイト募集』の張り紙だけが、
過去の記憶にない、
15年ぶりのお店のドアを押す。
★
それは、
そのままの雰囲気をたたえていた。
椅子も、壁の画も、全く同じで、
改築されていなかった。
そのことがまず、ありがたい、と、思った。
さすがに、
壁側のソファーの継ぎ目に、
透明なセロファンテープで補強をしていたり、
メニューのケーキセットの種類が
少し変わっていたり、
その値段が550円→630円に
値上がっているぐらいはあったけど。
一番に変わっているのは、
カウンターに立っているお店の人が、
「お父さんと娘さん」という組み合わせから、
40代前半の男性と
私と同じ年齢ぐらいの女性に変わっていることだった。
でも、そんなに違和感がない。
カウンターには、男性の常連さんがひとりいて、
お店の男女と、親しく会話をしていたが、
その雰囲気が、
私が昔来ていた頃と変わらず、
とても心地いい空気の輪を作っていたから。
全然、悪くなかった。
人が違っているだけで、
私が常連になる要素となっていたものは、
ほぼ何も変わっていなかった。
★
女性がオーダーを取りに来た。
私は、ホットコーヒーで、ケーキセットを頼む。
少し勇気が必要だったけど、
「バイトの方ですか?」と、
立ち去ろうとした女性に声をかけた。
私は自分が、
学生の頃、
夕方から夜にかけて、
よくここへ来ていたことを話すと、
「その頃から、
ここで働いている人(女性)なら、今でもいますよ。
今日はたまたま、私がこの時間帯にいますけど、
普段はその人がお店に入っているんですよ」
という。
そこで初めて、はっとする。
私は「お父さんと娘さん」だと、
思い込んでいたけれど、
そうとは限らないということを。
そういうことは、一切聞いたことがなく、
ただ、年齢差だけで、そんな風に思い込んでいた。
で、「お父さん」だと思っていた人は、
「その人はもう、引退しているんですよ。
6年前だったかな。
もうお年だから、
お元気なんですけれどね。
どうしてもこの仕事は、立ち仕事なんで、
足腰が弱ると、どうしても。
でも今は、
毎朝お客さんとして、コーヒーを飲みに来ていますよ」
さらに、
今でもたまに、
私のように、
数年ぶりかに、昔の常連さんという人が訪れて、
「あの親父さんは?」と
聞いてくる人がいるらしいし、
「お父さん」自身も、
働いていた頃の常連さんの顔だとか、
本当によく覚えているんですよ、と教えてくれた。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」と、
女性はカウンターへ戻っていった。
竹の棒のようなものが、しなる画が見えた。
もちろん、頭の中で。
竹の棒がしなって、
不意に涙ぐんで、鼻がしゅんしゅんいった。
目から鼻から、何かがしみ出た。
★
ケーキセットがきた。
それは、この店で、
一番、衝撃的な違和感だった。
自分でオーダーしたコーヒーだった。
私は結婚するまで、
コーヒーは一切飲まなかった。
ここで飲むのは、いつもミルクティーだった。
ケーキセットが来るまで、
ほんのそれまで、
私は、
学生の頃と同じように、
スケジュール帳に、簡単な日記を書き、
バイトの予定などをチェックしていた。
あの頃と同じ仕事をし、
あの頃付き合っていた彼と、
結婚しているいるという
「今」に気づいたばかりだったのに。
活字好きなところをはじめ、
バイトも、伴侶も、
すべて15年ほど前に作っていた基盤を頼りに、
「今」を生きている私が
このコーヒーで
一番大きく変わったように思え。
何かが、ひっくり返ったように思え。
……いや、違う。それは錯覚。
私は、今だってミルクティーは好きだ。
ただ定番ではなくなっただけで。
ミルクティーが好きだった私に、
この15年の道のりの間に、
コーヒーも好きという側面が加わえられていったのだ。
そういうことなのだと、思い直した。
カウンターの人が変わっているような
微妙な違いに
感慨深くなるように、
あの頃には味わう気さえなかった、
ほろ苦いコーヒーを、
とてもおいしく、飲み干した。
とてもおいしく、飲み干した。
仕事先の最寄り駅は、
大学生の頃、途中下車してよく行ってた、
喫茶店のある駅だった。
最後に行ったのはいつだろう……。
多分、92年の夏だ。
あれから、ほぼ15年。
そのお店は今もあるのだろうかと気になった。
★
帰り、立ち寄ってみると、
お店は、あった。
素通りして帰るつもりで、最初はいたのだが。
別に、そこのお店の人とじっこんだったというわけじゃない。
ただ、頻繁に行っては、
店の隅っこで、本を読んだり、詩を書いたり、
日記を書いたりしていただけで、
これと言って、会話をしたことはなく、
中に入ったとしても、
「どこかでお見かけしたような……」と思われる程度になるだろう。
だから、
どちらかというと
懐かしさより、好奇心からくる気持ちだった。
『アルバイト募集』の張り紙だけが、
過去の記憶にない、
15年ぶりのお店のドアを押す。
★
それは、
そのままの雰囲気をたたえていた。
椅子も、壁の画も、全く同じで、
改築されていなかった。
そのことがまず、ありがたい、と、思った。
さすがに、
壁側のソファーの継ぎ目に、
透明なセロファンテープで補強をしていたり、
メニューのケーキセットの種類が
少し変わっていたり、
その値段が550円→630円に
値上がっているぐらいはあったけど。
一番に変わっているのは、
カウンターに立っているお店の人が、
「お父さんと娘さん」という組み合わせから、
40代前半の男性と
私と同じ年齢ぐらいの女性に変わっていることだった。
でも、そんなに違和感がない。
カウンターには、男性の常連さんがひとりいて、
お店の男女と、親しく会話をしていたが、
その雰囲気が、
私が昔来ていた頃と変わらず、
とても心地いい空気の輪を作っていたから。
全然、悪くなかった。
人が違っているだけで、
私が常連になる要素となっていたものは、
ほぼ何も変わっていなかった。
★
女性がオーダーを取りに来た。
私は、ホットコーヒーで、ケーキセットを頼む。
少し勇気が必要だったけど、
「バイトの方ですか?」と、
立ち去ろうとした女性に声をかけた。
私は自分が、
学生の頃、
夕方から夜にかけて、
よくここへ来ていたことを話すと、
「その頃から、
ここで働いている人(女性)なら、今でもいますよ。
今日はたまたま、私がこの時間帯にいますけど、
普段はその人がお店に入っているんですよ」
という。
そこで初めて、はっとする。
私は「お父さんと娘さん」だと、
思い込んでいたけれど、
そうとは限らないということを。
そういうことは、一切聞いたことがなく、
ただ、年齢差だけで、そんな風に思い込んでいた。
で、「お父さん」だと思っていた人は、
「その人はもう、引退しているんですよ。
6年前だったかな。
もうお年だから、
お元気なんですけれどね。
どうしてもこの仕事は、立ち仕事なんで、
足腰が弱ると、どうしても。
でも今は、
毎朝お客さんとして、コーヒーを飲みに来ていますよ」
さらに、
今でもたまに、
私のように、
数年ぶりかに、昔の常連さんという人が訪れて、
「あの親父さんは?」と
聞いてくる人がいるらしいし、
「お父さん」自身も、
働いていた頃の常連さんの顔だとか、
本当によく覚えているんですよ、と教えてくれた。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」と、
女性はカウンターへ戻っていった。
竹の棒のようなものが、しなる画が見えた。
もちろん、頭の中で。
竹の棒がしなって、
不意に涙ぐんで、鼻がしゅんしゅんいった。
目から鼻から、何かがしみ出た。
★
ケーキセットがきた。
それは、この店で、
一番、衝撃的な違和感だった。
自分でオーダーしたコーヒーだった。
私は結婚するまで、
コーヒーは一切飲まなかった。
ここで飲むのは、いつもミルクティーだった。
ケーキセットが来るまで、
ほんのそれまで、
私は、
学生の頃と同じように、
スケジュール帳に、簡単な日記を書き、
バイトの予定などをチェックしていた。
あの頃と同じ仕事をし、
あの頃付き合っていた彼と、
結婚しているいるという
「今」に気づいたばかりだったのに。
活字好きなところをはじめ、
バイトも、伴侶も、
すべて15年ほど前に作っていた基盤を頼りに、
「今」を生きている私が
このコーヒーで
一番大きく変わったように思え。
何かが、ひっくり返ったように思え。
……いや、違う。それは錯覚。
私は、今だってミルクティーは好きだ。
ただ定番ではなくなっただけで。
ミルクティーが好きだった私に、
この15年の道のりの間に、
コーヒーも好きという側面が加わえられていったのだ。
そういうことなのだと、思い直した。
カウンターの人が変わっているような
微妙な違いに
感慨深くなるように、
あの頃には味わう気さえなかった、
ほろ苦いコーヒーを、
とてもおいしく、飲み干した。
とてもおいしく、飲み干した。