日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

バスと競争。

2006年12月10日 | お仕事な日々
早いもので、12月も10日を過ぎたのですね……。
10日も過ぎてしまってますが、
10日前のお話を。

長浜でのお仕事のときのことを。

     ★

もう、ポン酢おばさんの姿は、すっかり消えてなくなっていた。

そのポン酢おばさんに聞いていたとおり、
店からバス停までは、思ったよりも距離があった。
私が道を間違えたので、余計に(笑)

バス停について早速、時刻表を見る。
時計を見ると、あと25分は待たなければならない。

思い出す。

前もって、
店の警備員の人に、
「歩くほうが、案外バスを待つより駅(JR長浜)には早く着きますかねぇ」と、
聞いていたことを。

「んー、どうやろ。一本道やけど、結構距離はあるからなぁ」

と、濁した答えが返ってきていたことを。

しばし迷ったが、
「微妙ならば、勝てるように、自分で努力したらいいんだ」という
結論に達する。

負けず嫌いに火がついて、歩き出す。

それはやがて、早歩きから、走りになって。

     ★

走っては、少し歩き、走っては、少し歩き。

バス停に着くたびに、時刻表を確認しながら、
「あと10分待ちか……次の停留所まで行けるかな」と、
全く距離がわかっていないのに、見当をつけて、
また走り出す。

っていうか、
からだは待つことより
走ることを望んでいるみたいだった。

仕事の疲れは溜まっている。
仕事の販売道具一式も重くて、
かばんのひもが、肩に食い込んだりしている。

それでも、理屈なくからだはハイテンション。
心も連動して、楽しくなっていて。

途中からは、大声で笑いながら走りたくなったり、
『Dr.スランプ』のアラレちゃん(ふ、古い……)のように、
「キ~ン」とか言って、
両手を広げて、走りたいという衝動にも駆られていた。

幸いにも、理性は手放さなかったので、ぐっとこらえてしなかったけど。

それでも、信号待ちをしながら、
はぁはぁ息を切らせては、
「走っているから仕方ない」という
意味のわからんフリをしながら(笑)、
うすら笑いを浮かべていた。

やがて、駅前の大きなスーパーの背中の一角が、
建物と建物のあいだから見えてきた。

「絶対勝ってやる。ここまで来たら、バスに追い抜かれたくなんかないぞ!!」

と、さらに闘志が燃えたぎる。

が、しかし。

     ★

はぁはぁと、進んで、
駅のロータリーも見えてきた。
が、
間隔の狭い信号が、あとふたつ見えたところで、
バスが私に追いついて、抜き去った。

「バスごときが、ディープインパクトの真似をするんじゃねぇー!!」と、
ハイテンションの私は、雑踏の音を隠れ蓑にして叫ぶ。

それが聞こえたのか、
バスはあとふたつのところの信号の前で立ちすくんだ。
……というのは、もちろんうそで、
ちゃんと交通規則を守った。

私は、無視して走った。

ぜいぜい。はあはあ。

日ごろの運動不足がたたってきていた。
フォームも美しくなければ、決して早くもない。
それでも、この、バスには負けたくねぇ。
ここまできたら、
バス代も浮かせ、かつ、
バスより早く駅に着いたと思いたい!!!!

ここまできたら、お得感がたっぷり欲しい!!!

ほどけたマフラーを結びなおすこともなく、
わしづかみにしたまんま、走り続けたが、
しかし、無情にも、
無視した信号は青になったようで。

せ、せ、せめて、あの最後の信号のところまでは、
勝ちたい!勝ちたい!勝ちたい!!

……という願いもむなしく、
バスは「ぜいぜい」と私のように
呼吸を乱すこともなく、
もう一度、私を抜き去って、
追いつけないところまで行ってしまった。

はぁはぁはぁ。くそー!!と、
抜き去られた瞬間は、思ったけれど。

     ★

私がJR長浜駅に着いた頃には、
バスは駅前のロータリーを回り終え、
次の停留所へ向かうため走行し、
見知らぬ私とすれ違った。

そのすれ違いの頃には、
私はもう、歩いていて、
思考をストップさせ、
心臓をフルに使って呼吸を整えることだけをしていた。

そして、やっぱり最後の最後は、ケラケラと笑いたくなっていた。

JRの電車に乗って、
飲んだり食べたりしながら、
停留所で漠然とバスを待っていたら、
こんなに笑いたくはならなかっただろうと、
思い直していた。

私の人生はあと何年残っているのか知らない。

その中で、
からだが気持ちよくなるような笑いは、
一回でも多くあったほうが、いいに決まっている。

そういう意味では、棚ボタのような、
笑う機会を得たんだと思えば、
こんな目先の敗北なんて、どおってことない。
そういう感覚になっていた。

「『笑ったモン勝ち』ってことだったんだな」と、
真っ暗な田んぼの中を走り出した電車の窓に映る、
自分の顔を見ながら、思ったのでした。

化粧のとれた(笑)、すがすがしい顔をしていました。

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