明石に住んでた頃、
『歌よみに与ふる書』を、
読んでいてよかったなぁ~と思った。
学生の頃も、船から下りて、
最初に行った名勝が、この『子規堂』だったけど、
その頃よりも、
正岡子規を身近に思いながら、
巡ることが出来たから。
『子規堂』とは、
子規が子供の頃まで過ごした邸宅を模して建てられた建物。
東京のほうには「子規庵」ってあるらしいけど、
そっちじゃないよ(当たり前だー)。
実はここで書こうと思って、
小さな説明書きの紙を、
残していたのに、
宇和島の田舎で、
虫を殺したとき、ティッシュ代わりに使って、
捨てちゃったのよね~。
咄嗟の判断には、勝てないわよね~(勝てよ!)
ネットがあってよかったよ。どうにでもなるんだから。
最初の写真の中の本は、創刊時の『ほととぎす』
歌誌『五行歌』もそうだったんだろうけど(いや、知らないが・笑)、
創刊時は、薄っぺらく、ささやか。
それでも、大切にされてきて、展示にまで至る出発点の本。
あとは、病床の頃、
子規が着ていた着物のハギレとかがあった。
ハギレを見ても、「そうなんですか」としか思えなかったが(笑)
あとは外に、坊ちゃん列車の客車が展示されてあった。
首が怖い……。
列車内の展示物。こういう絵手紙的なのは、見入ってしまう。
列車内から外を見た景色。あの碑は何だろう。思い出せない。
そして、坊ちゃん列車から離れた、お寺の境内近くに、
元横綱の千代の富士の「道」という字があった。
何故に……?
★
私以外にも、
50代の夫婦がひとカップルと、
男性がひとり、こまめにケータイで写真を撮っていた。
男性は、やけに気になった。年下だと思うけど。
鉄道ファンなのか、俳句ファンなのか。
ちょっと聞きたい気もしたけれど、
なんだかウンチクを語られるのもなぁ~と思い、
声をかけなかった。
それぞれに、よい、夏の旅を。
番外編。チン電の道後温泉駅前にあった、
『坊ちゃん列車』。
実はこの前まで、観光の目玉として、
街中を走っていたのだけれど、
事故があって、今は走っていないとか。
観光で賑わっているときに、使えないとは、
使えない(笑)。
『歌よみに与ふる書』を、
読んでいてよかったなぁ~と思った。
学生の頃も、船から下りて、
最初に行った名勝が、この『子規堂』だったけど、
その頃よりも、
正岡子規を身近に思いながら、
巡ることが出来たから。
『子規堂』とは、
子規が子供の頃まで過ごした邸宅を模して建てられた建物。
東京のほうには「子規庵」ってあるらしいけど、
そっちじゃないよ(当たり前だー)。
実はここで書こうと思って、
小さな説明書きの紙を、
残していたのに、
宇和島の田舎で、
虫を殺したとき、ティッシュ代わりに使って、
捨てちゃったのよね~。
咄嗟の判断には、勝てないわよね~(勝てよ!)
ネットがあってよかったよ。どうにでもなるんだから。
最初の写真の中の本は、創刊時の『ほととぎす』
歌誌『五行歌』もそうだったんだろうけど(いや、知らないが・笑)、
創刊時は、薄っぺらく、ささやか。
それでも、大切にされてきて、展示にまで至る出発点の本。
あとは、病床の頃、
子規が着ていた着物のハギレとかがあった。
ハギレを見ても、「そうなんですか」としか思えなかったが(笑)
あとは外に、坊ちゃん列車の客車が展示されてあった。
首が怖い……。
列車内の展示物。こういう絵手紙的なのは、見入ってしまう。
列車内から外を見た景色。あの碑は何だろう。思い出せない。
そして、坊ちゃん列車から離れた、お寺の境内近くに、
元横綱の千代の富士の「道」という字があった。
何故に……?
★
私以外にも、
50代の夫婦がひとカップルと、
男性がひとり、こまめにケータイで写真を撮っていた。
男性は、やけに気になった。年下だと思うけど。
鉄道ファンなのか、俳句ファンなのか。
ちょっと聞きたい気もしたけれど、
なんだかウンチクを語られるのもなぁ~と思い、
声をかけなかった。
それぞれに、よい、夏の旅を。
番外編。チン電の道後温泉駅前にあった、
『坊ちゃん列車』。
実はこの前まで、観光の目玉として、
街中を走っていたのだけれど、
事故があって、今は走っていないとか。
観光で賑わっているときに、使えないとは、
使えない(笑)。