大人に負けるな!

弱者のままで、世界を変えることはできない

多くの謎が残るSTAP騒動

2014-12-28 14:25:51 | 市民には何も知らされていない

理研から提出されたSTAP幹細胞の

 全ゲノム解析結果について

 第三者委員会は

 ES細胞由来だろうという結論を出しました

 http://www.riken.jp/pr/topics/2014/20141226_1/

 

 

 

何者かが 故意に

 複数回にわたって

 ESを混入させた可能性が高いとしています

 

 また 現在の理研に在籍していない

 笹井氏や若山氏、小保方氏らの責任を

 強く問う内容となっています

 

つまり 理研にとって

 好都合な結果にまとめられたということです

 

ゲノム解析の結果を解釈するのは人間なので

 バイアスがかかる可能性は どうしても残ります

 

もともと 解析されたサンプルは

 全て若山研マウスから作成されたものなので

 ゲノムが酷似していることは想定内です

その中から 一致する部分を探し出すことは

そう困難ではありません

 

理研自身が選んだサンプルのみを解析し

 対照群との比較が行われなかったことも残念でした

 ゲノム解析には費用がかかるので

 やむをえない部分はありますが。。。

 

報告書を見ても

 「両者の遺伝的背景の相違によると判断された上記第6、第11、第12 染色体の SNPs クラスターを除外し、残った 1,290SNPsを用いて比較」

 「STAP 幹細胞 GLS には第 8 染色体のトリソミーがあったが、GOF マウスおよび ES細胞 GOF-ES にはなかった」

 

 などなど

 不一致はけっこう無視して結論を出している様子も見られます

 これでは いわゆる「聖書の暗号」効果が働く可能性を拭いきれません

 

 この結論を否定するわけではありませんが

 鵜呑みにもできないということです

 

 ES混入説が事実だとしても

 やはり謎は残されています

 

 以前に若山研で作成されたESと

 小保方研に残っていたESのゲノムは

 3種のSTAP幹細胞のうちの1つと

 近い特徴を持っていました

 

 しかし 若山研によると

 このESは小保方氏がやってきた時点で

 すでに研究所に無かったとされるもので

 どのような経緯で小保方研に渡ったのか

 詳細は謎のままになっています

 

 また 残り2種のSTAP幹細胞は

 若山研に残っていたESと特徴が一致します

 

 それを混入しえた状況だったとすると

 小保方氏が混入目的で自らESを保有し続ける必要は無かったはずです

 また 証拠を隠滅せず

 「ES」のラベルまで貼って

 堂々と職場のフリーザーに保管していたのも不自然です

 

 また 小保方氏が

 ES混入を知っていたとしたなら

 「必ず失敗すると分かっている」

 STAP再現実験への参加を強く希望し

 わざわざ恥の上塗りをしたことも理解できません

 

疑われた時点で

保有しているESを破棄し

体調不良を理由に退職すれば済んだはずです

 

 再現実験を辞退した若山氏は

 小保方氏とは比較にならないレベルの

 ESのエキスパートです

 度重なるESの混入があったなら

 なぜ 彼が

 それを一度として見抜けなかったのかも 謎です

 

 STAP(とされる)細胞とESでは

 見た目の大きさも 形も 全く違います

 若山氏ほどの経験があれば

 顕微鏡で一度確認するだけでも

 ES混入を認識できたはずです

 

 たまたま 毎回確認を怠っていたとしても

 たった一度確認しただけで

 混入を見抜かれるリスクがあるなら

 最も疑われる立場の小保方氏が

 それを実行したと考えるのも不自然です

 

 何より

 STAP現象の決定的証拠とされる

 胎盤の生成について

 第三者委員会では

 

「論文の図の説明には 2 つの矢印があって、胎盤と卵黄嚢とされているが、専門家の意見によれば 2 つとも卵黄嚢である可能性が高い」

 

としていますが

 この専門家が誰なのかは不明で

 胎盤とされた細胞組織の分析結果も不明のままでした

 記者会見でも 誰も突っ込みませんでした

 

 。。。ここは核心中の核心なので

 もっと徹底的に究明すべきでしょう

 

 卵黄嚢の発光が

 既知のES現象であるなら

 論文共著者「全員」が 胎盤と見間違え

 ネイチャーの審査員までも見落としているのは

 あまりにも不自然です

 その場合 関係者のほぼ全員が

 捏造に関与したことになります

 

 それとも 小保方氏が

 胎盤と卵黄嚢を全員区別できないことまで見越して

 ESを混入させたのでしょうか?

 そうだとしたら 小保方氏は

 ノーベル賞級の学者たちを専門分野でだませる

 超超超天才詐欺師です笑

 。。。それほどのIQがあるにしては

 基本的なデータの不備が多すぎます

 

何より 最大の謎は

 ES混入によって

 誰に どんなメリットがあったかです

 

 最も疑われる立場の

 小保方氏と若山氏は

 この件で名誉を大いに傷つけられました

 特に 小保方氏は

 事実上引退に追い込まれています

 

 小保方氏(あるいは若山氏)は

 STAP細胞が絶対に再現できないことを承知の上で

 わざわざ論文を発表し

 墓穴を掘ったのでしょうか?

 

 著者の中に犯人がいるという説は

 動機面で成立しないのです

 今回の報告でも 犯人は不明としています

 

 何より 推定無罪の原則からしても

 安易に特定の誰かを犯人扱いすることは

 慎まなくてはなりません

 

なお 今回の報告では

 若山氏や小保方氏だけでなく

 誰でもESを混入しうる状況であったことが

 明らかになりました

 あなたも容疑者なのです笑

 

そうなると ESを混入したのは

 論文共著者の誰でもなく

 この騒動によって被害を受けることのない

 第三者である可能性も出てきました

 

 その場合の動機は

 著者の誰かを陥れることだと考えれば

 どうにか説明がつきます

 

 もっとも これ以上の究明が行われる可能性は

 ほぼありませんが。。。

 

 

 

 

コメント

マララさん ノーベル平和賞授賞式スピーチ 日本語訳 全文

2014-12-11 13:38:33 | 若さが歴史を動かした(ノンフィクション)

慈悲あまねく慈愛深きアラーの御名において。

国王、王妃両陛下、皇太子、皇太子妃両殿下並びにノルウェー・ノーベル委員会のみなさん、親愛なる姉妹兄弟のみなさん。今日は私にとって、素晴らしく幸せな日です。ノーベル委員会がこの貴い賞に私を選んでくださり、身に余る光栄です。

みなさんの絶え間ない支援と愛に感謝します。今も世界中から届く手紙やカードに、お礼申し上げます。みなさんの親切や励ましの言葉に元気づけられ、刺激を受けています。

両親の無条件の愛に感謝します。父は、私の翼を切り取らず、羽ばたかせてくれました。母は、がまん強く、いつも真実だけを語ろうという気にさせてくれます。これこそ、私たちが強く信じている、イスラムの真のメッセージです。

そして、私に、自分を信じ、勇敢に立ち向かうよう鼓舞してくれた、すべてのすばらしい指導者の方々に、感謝しています。

この賞をいただく最初のパシュトゥン人、最初のパキスタン人、そして最年少であることを、とても誇りに思います。また、まだ弟たちとけんかするようなノーベル平和賞の受賞者も、私が初めてだと確信しています(笑)。世界中が平和になってほしいと思っていますが、私と弟たちにとっては、まだ先のことです(笑)。

また、長年、私が生きてきた時間の2倍もの時間を、子供の権利を擁護してきたカイラシュ・サティヤルティさんとともに、この賞を受賞できることを光栄に思います。私たち、インド人とパキスタン人がともに活動し、ともに子供の権利という目標を達成することができることを誇りに思います。

親愛なる兄弟姉妹のみなさん、私は、パシュトゥン人のジャンヌ・ダルクともいわれる「マイワンドのマラライ」にちなんで名付けられました。「マララ」という言葉は「悲しみにうちひしがれた」とか「悲しい」という意味ですが、それに「幸福」の意味を加えようと、祖父はいつも私を、「マララ、世界で最も幸せな少女」と呼んでくれます。今日、この大切な目的のために、私たちが共に闘っていることを、とても幸せに思います。

この賞は、私だけのものではありません。教育を望みながら忘れ去られたままの子供たちのものです。平和を望みながら、おびえる子供たちのものです。変化を求めながら、声を上げられない子供たちへの賞なのです。

今、私は彼らの権利のために、そして彼らの声を届けるために、ここに立っています。今は、彼らを哀れんでいるときではありません。教育の機会を奪われた子供たちを見るのを、これで最後にするために、行動を起こすべきときなのです。

私は、人々が私のことを、いろんなふうに呼ぶことに気づきました。

ある人は、タリバーンに撃たれた少女と。

またある人は、自分の権利のために闘う少女と。

そして今は、「ノーベル賞受賞者」とも呼ばれます。

弟たちからは「うるさくて、偉そうなお姉ちゃん」と呼ばれているのですが…(笑)。

私が知る限り、私はただ、全ての子供たちが質の高い教育を受けることができることや、女性が平等な権利を持てること、そして世界の隅々まで平和であることを願う、熱心で頑固な人間でしかありません。

教育は人生の恵みの一つであり、生きる上で欠かせないものです。このことを私は、17年間の人生で経験しました。(パキスタン北部の)スワート渓谷にある故郷では、私はいつも、学校に通って新たなことを学ぶことを愛していました。何か特別なことがあると、私は友達と一緒に(植物染料の)ヘナで手を装飾したのを覚えています。花や模様を描くかわりに、私たちは数式や方程式を書いたものでした。

私たちは教育を渇望していました。なぜならば、私たちの未来はまさに教室の中にあったのですから。ともに座り、学び、読みました。格好良くて清楚な制服が大好きでしたし、大きな夢を抱きながら教室に座っていました。両親に誇らしく思ってもらいたかったし、優れた成績をあげたり何かを成し遂げるといった、一部の人からは男子にしかできないと思われていることを、女子でもできるのだと証明したかったのです。

ですが、こうした日々は続きませんでした。観光と美の地であるスワートが突如として、テロリズムの地と化したのです。400以上の学校が破壊され、女性たちはむちで打たれました。人々が殺されました。そして私たちのすてきな夢は、悪夢へと変わったのです。

教育は「権利」から「犯罪」になりました。女の子たちは学校に行くのをやめさせられました。しかし、私をとりまく世界が突如として変わったとき、私が優先すべきことも変わったのです。

私には二つの選択肢がありました。一つは黙って殺されるのを待つこと。二つ目は声を上げ、そして殺されることです。私は後者を選びました。声を上げようと決めたのです。

テロリストたちがいう正義を、ただ傍観することはできませんでした。すべての権利を認めず、無慈悲に人を殺し、イスラムを悪用するものだったからです。私たちは声を上げ、そして彼らに言おうと決めたのです。「コーランでアラーが『一人の人間を殺すことは、全人類を殺すのと同じである』とおっしゃっていることを学ばなかったのですか。ムハマドは自分を傷つけるな(自殺をするな)、他人もだと言っています」。そして、こうも言いました「コーランの中で最初に出てくる“イクラ”という言葉を知らないのですか」と。これは、「読め」という意味です。

2012年、テロリストは私たちを止めようとし、バスの中で私と今ここにいる友人を襲いました。しかし、彼らの考えや銃弾が勝利することはありませんでした。私たちは生き延びたのです。そしてその日から、私たちの声はさらに大きくなっていったのです。

私が自分の身に起こったこと話すのは、珍しい話だからではありません。どこにでもある話だからです。多くの少女に起こっている話なのです。

 

 

 

 

今日、私は彼女たちの話もします。私はオスロに何人かの「姉妹」を招きました。彼女らはパキスタンやナイジェリア、シリア出身で、この話を共有しています。私の勇敢な姉妹であるシャジアとカイナート・リアズは、あの日スワートで私と一緒に撃たれ、彼女らも悲惨なトラウマを経験しました。ひどい暴力と虐待を受けたパキスタン出身のカイナート・スームロは、兄を殺されましたが、屈しませんでした。

マララ基金の活動を通じて出会った少女たちも一緒にいます。彼女たちも今では、姉妹のようです。16歳の勇気あるメゾンはシリア出身で、今はヨルダンの難民キャンプで暮らし、テントからテントへと回って少年少女に勉強を教えています。そして、アミナの出身地であるナイジェリア北部では、少女たちが学校に行きたいと望んだというだけで、ボコ・ハラムがつきまとい、脅し、そして誘拐しているのです。

 

 

私は、たった身長5フィート2インチ(157.5センチ)の、単なる一人の女の子、一人の人間に見えるかもしれません。ハイヒールはいて5フィートというのでもよければ、ということなんですけれど…(笑)。 しかし、私の意見は、私一人の声というわけではなく、大勢の人の代弁者なのです。

私はマララです。そして、シャジアでもあります。

私はカイナート。

私はカイナート・スームロ。

私はメゾン。

私はアミナ。

私は、学校に行けない6600万人の女の子なのです。

今日、私は自分の声をあげているわけではなく、6600万人の女の子の声を代弁しているのです。

なぜ女子は学校にいくのかを、なぜ教育は特に女子にとって大切なのかを、人々が聞いてきます。しかし私は、なぜ彼女たちでは駄目だとされるのかという質問のほうが、より重要だと思います。なぜ彼女たちが学校に行ってはいけないのでしょうか。

今日、世界の半分では急速な進歩や発展がみられます。しかし、未だに何百万もの人々が戦争や、貧困、不正、という昔ながらの問題に依然として苦んでいる国もあります。

紛争も見られます。何千という無実の人々が命を奪われています。子供たちが孤児になっています。

ガザやシリア、イラクでは、多くの家族が難民となっています。アフガニスタンでは、自爆テロや爆弾で、罪のない人々が殺されています。

アフリカの多くの子供たちは、貧しさのために教育に触れることができません。ナイジェリア北部には、今も学校に行く自由がない女の子たちがいます。

カイラシュ・サティヤルティさんが言われるように、インドやパキスタンなどの国の多くの子供たちが、社会的なタブーから教育の権利を奪われており、または、幼くして結婚させられたり、児童労働にかり出されたりしています。

私と同じ年で、とても仲がいい級友の一人は、いつも勇敢で自信に満ちた女の子で、医者になることを夢見ていました。しかし、夢は夢のままなのです。彼女は12歳で無理やり結婚させられ、息子を産みました。たった14歳のときです。彼女なら、とてもいいお医者さんになれたと思います。

ですが、なれませんでした。なぜなら、女の子だったからです。

彼女の話こそ、私がノーベル賞の賞金をマララ基金に捧げる理由です。マララ基金は、女の子たちがどんな場所にいても質の高い教育を受けられられるようそして、声をあげるのを助けるものです。基金の最初の使い道は、私の心が残るパキスタンで、特に故郷のスワートとシャングラに、学校を建てるために使われます。

私の村には、今も女子のための中学校がありません。私の願いであり、義務であり、挑戦、それは、私の友達や姉妹たちが教育を受けることができ、そして夢を実現する機会を手に入れることができるようにすることなのです。

これは私にとっては出発点であり、立ち止まる場所ではありません。全ての子供たちが学校にいるのを見届けるまで、私は闘い続けます。

親愛なる兄弟、姉妹のみなさん。マーチン・ルーサー・キングやネルソン・マンデラ、マザー・テレサ、アウン・サン・スーチーのような、変革をもたらした偉大な人たちも、かつてこの舞台に立ちました。カイラシュ・サティヤルティさんと私のこれまでの歩みと、そしてこれからの旅もまた、変化を、それも持続的な変化をもたらすものであればと願っています。

私の大きな希望は、(子供たちの)教育のために闘わなければならないのは、これが最後になってほしい、ということです。この問題をきっぱり解決しましょう。私たちはすでに、正しい方向にいくつものステップを踏んできています。今こそ躍進するときです。

もはや指導者たちに、教育がいかに大切なのかを説くときではないのです。彼らは既にそのことを知っており、自分の子供を良い学校にいれています。今は行動を起こすときなのです。指導者たちにはぜひ、団結して、最優先事項に教育を掲げてほしいと思います。

15年前、世界の指導者たちは地球規模の目標「ミレニアム開発目標(MDGs)」を決めました。その後、いくらかは進展しています。学校に通えない子供の数は半分に減りました。とはいえ、世界が重点的に取り組んでいるのは初等教育(の拡充)ばかりですし、成果が全員に行き届いたわけではありません。

来年、2015年には、世界の指導者たちが国連に集い、次の一連の目標である「持続可能な開発目標」を策定します。これは、何世代にもわたる世界の目標になるでしょう。

世界は、基本教育だけで満足していいわけではありません。世界の指導者たちは、発展途上国の子供たちが初等教育だけで十分だと思わないでください。自分たちの子供には、数学や科学、物理などをやらせていますよね。指導者たちは、全ての子供に対し、無料で、質の高い初等・中等教育を約束できるように、この機会を逃してはなりません。

非現実的だとか、費用がかかりすぎるとか、難しすぎると言う人もいるでしょう。不可能だとさえいう人もいるかもしれません。しかし、今こそ世界はより大きく(このことを)考えるときなのです。

親愛なる兄弟姉妹のみなさん。いわゆる大人の世界であれば理解されているのかもしれませんが、私たち子供にはわかりません。なぜ「強い」といわれる国々は、戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすことにかけては弱いのでしょうか。なぜ、銃を与えることはとても簡単なのに、本を与えることはとても難しいのでしょうか。なぜ戦車をつくることはとても簡単で、学校を建てることはとても難しいのでしょうか。

現代に暮らす中で、私たちはみな、不可能なことはないと信じています。45年前に人類は月に到達し、おそらく火星にもまもなく降り立つでしょう。それならば、この21世紀には、全ての子供たちに質の高い教育を与えられなければなりません。

親愛なる姉妹兄弟のみなさん、私たちは動くべきです。待っていてはいけない。動くべきなんです。政治家や世界の指導者だけでなく、私たち全ての人が、貢献しなくてはなりません。私も、あなたたちも、私たちも。それが私たちの務めなのです。

みなさん、これで終わりにしようと決めた最初の世代になりましょう。

誰もいない教室も、失われた子供時代も、無駄にされた可能性も。

男の子や女の子が子供時代を工場で過ごすのも、もうこれで終わりにしましょう。

女の子が幼いうちに強制的に結婚させられることも、戦争で子供の命が失われることも、子供が学校に通えないことも、これで終わりにしましょう。

私たちで終わらせましょう。この「終わり」を始めましょう。今、ここから、ともに「終わり」を始めましょう。

ありがとうございました。

 

 

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