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一寸先は闇、「年収1200万円」にこだわったエリート転職者の後悔

2017年09月15日 | 日記
昔、、、同級生の父親が経営する中堅企業に<<人事部長で来ないかと話があったが断ったことが有る>>

すると、間もなく景気が悪化して1工場を閉鎖して従業員リストラ(リストラされた社員から社長宅などに恨みの電話が来るようになり番号変更など>>ヤバイ状態に成ったという。

それからは取引先大手が海外に工場移転などで経営悪化、、、


以上 海外の経営者



一寸先は闇、「年収1200万円」にこだわったエリート転職者の後悔
9/15(金) 8:10配信 NIKKEI STYLE
一寸先は闇、「年収1200万円」にこだわったエリート転職者の後悔
次世代リーダーの転職学(画像=PIXTA)
 厚生労働省が8月29日に発表した7月の有効求人倍率は、前月比0.01ポイント上昇の1.52倍だった。5カ月連続の上昇で、1974年2月(1.53倍)以来43年5カ月ぶりの高水準となっている。転職市場は、圧倒的な売り手市場と言ってもよい状況だが、そんな環境の中でも、転職後の状況に大いに不満を感じている人が多くいるのも現実だ。今回は、豊富なキャリアを持ちながら、年収にこだわったために納得いく転職活動ができなかった元大手証券マンの「最大の後悔」を紹介する。

■38歳、先輩の会社に引き抜かれたが…
 昨年秋にキャリア相談でお会いしたAさん(44歳)は、15年間勤務した大手証券会社で、中規模の支店の責任者を任せられるほど高い評価を得ていました。ちょうど6年前、38歳のときに大学時代の体育会の先輩に声をかけられ、その先輩が専務、先輩の父親が社長を務める社員数300人規模の不動産仲介会社の管理部長として転職。証券会社での年収1200万円に対し、先輩の会社では年収1400万円という三顧の礼で迎え入れられました。

 事業は順調に成長し、財務的にも問題はなかったのですが、ここ数年の中小企業のM&A(合併・買収)市場の活況を見て、オーナー社長が事業譲渡を決断したことで状況は激変しました。M&A仲介会社に紹介された同業大手企業との交渉開始から1年半の準備期間を経て、昨年4月、ついに会社統合が実現しました。社長からの指示を受け、管理部長であるAさん自身がゼロからこの交渉を仕切り、部下に任せられない統合後の組織人事まで、自ら構想をまとめ上げられたそうです。

 管理部門など数字に直結しないスタッフは、雇用を継続するとダブルコストになりやすく、買われた側の従業員は、希望しない営業部門への異動か、退職かのどちらかを迫られるということになります。Aさんが作成した、リストラ対象候補者リストの筆頭に書き入れたのは自分の名前でした。

 引退予定の社長と専務(次期社長)からは資産管理会社で仕事を続けることも勧められましたが、事業を持たない会社で自分がやるべき仕事がないことは明らかでした。統合業務をすべて終えて、昨年9月末にAさんは退職しました。

■初めての転職活動「自分の値段は最低1200万円」
 この時点で43歳だったAさんは「3カ月ぐらい頑張れば転職先は決まるだろう」と考えていました。退職の半年ほど前から転職活動はスタートしていたのですが、業務が忙しかったこともあり、半年間で面接に行った会社は3社。生まれて初めて訪れた大手の転職エージェントで50社以上の求人票を見せられた中で、条件が希望に近かった上場企業3社に応募しましたが、結果は一次面接で不採用でした。

 「競争相手も多そうだから仕方がない」と言い聞かせつつ、「意外にたくさん求人はある」という感触もあったため、退職するまで本腰を入れて転職活動はしていませんでした。

 しかし、退職から3カ月もたたずにAさんの緊迫感は一気に増しはじめます。転職エージェントから新しい求人を紹介される数が激減し、やむなく転職サイトを使い始めたものの、通知すら来ないまま不採用になることが相次ぎ、知らないうちに八方ふさがりの状況になっていたのです。

 私がAさんにお会いしたのはちょうどその頃でした。すでに50社以上の企業に応募し、7割が書類選考で不採用(連絡がない企業含む)、残りの3割も大半が一次面接で終了しているとのことでした。また、募集要項があまり詳しく書かれていない求人広告で応募し、面接で初めて年収が大幅ダウンすることがわかった企業は、自ら即辞退していました。

 キャリア相談の面談では、経歴や転職理由を伺った後、希望条件をお聞きするのですが、Aさんが最初に挙げた希望条件は年収でした。

 「今回の転職で考えている年収はミニマムで1200万円です。現職の1400万円は無理と思っていますが、前職時代の1200万円は譲れない一線です。証券会社に残っていたら1500万円にはなっているはずなので、これでも大幅に譲歩しているつもりです。自分を安売りするつもりはありませんので、ぜひ良い案件をよろしくお願いします」

 業界や仕事の話よりも先に年収について、語気強く話されたことが印象的でした。


■こだわらないつもりでも、限定的になる「希望条件」
 面談で次に質問したのは、業種や仕事内容、役割などについてです。「40歳を過ぎているので、あまり好き勝手な条件で選べる立場ではないですよね。未経験の業界や職種も、あまりこだわりなく検討したいと思っています」という答えでした。ただ、さらに詳しく聞いていくと、いくつかの付帯条件があることがわかりました。

●住宅・不動産業や生命保険・損害保険の営業、サービス業は希望しない
●IT(情報技術)業界や金融業界は専門知識がないので難しいと考えている
●管理職であっても、成果連動型の報酬制度の案件は避けたい
●年齢的に今さら現場で汗を流したくない。知恵を使って組織をまとめたい。経営企画や総務、人事などの管理部門でのマネジメントには自信がある

 本人としては、選択肢の幅を広げているつもりでも、ここに「年収1200万円以上」という条件を掛け合わせると、実際には選択肢はかなり狭まってしまっている状況でした。逆に、主体的に希望される業界や職種はあまり明確な回答はなく、「何でもできる分、これだと自信を持って旗を立てられる職種がない点が課題だと考えています」と自己分析していました。弊社から案件をいくつか紹介しましたが、特に最初から年収1200万円が確約される案件が少なく、辞退が続いて疎遠になってしまいました。

■最大の後悔は「自分に値札がある」という錯覚
 結果的に、Aさんはことし2月、転職サイト経由で応募した会社に無事転職されました。中堅の建築機器商社で経営企画室長という肩書、年収も希望通り1200万円ということだったそうです。ただ、残念ながら7月いっぱいで退職され、先日改めて2回目の転職相談を受けることになりました。

 入社してわかったことは、諸手当込みの年俸1200万円でスタートしたものの、3カ月目で実質年収ダウンの固定給制度に切り替えを迫られ、「試用期間は6カ月だけ」と聞いていた契約社員の雇用契約も、よほどの業績がなければ正社員に切り替えられないということでした。想定外のことに人事部長に抗議のメールを送ると、翌日には半日も缶詰め状態にされてパワハラまがいの対応を受け、それ以降は直属上司の態度も豹変するなど、まさにブラック企業そのものだったそうです。

 一連の転職活動を振り返って、Aさんは以下のように総括されました。

●転職活動の事前準備が圧倒的に不足していた。世の中は人手不足というニュースをたくさん見聞きしていたこともあり、甘く考えて見立てを誤った
●「自分に値段がある」という錯覚が大きかった。人間に値段がついているのではなく、仕事で生み出した価値が報酬を決めるだけなのだという意味が初めて腹落ちした
●転職も結局交渉ごと。落としどころを考えずに「売る側の論理」だけで行動しすぎた。「買う側の心理」に踏み込めば、もっといい選択肢が確実に存在していた
●焦りが判断を狂わせることを思い知った。冷静になれば気付く落とし穴を見つけられなかった

 これらの反省点を軸に、Aさんはいま、前回とは全く違った軸で転職活動を続けています。300人以下の中小企業を中心として、一番の強みである採用と労務管理をメインに、役職にはこだわらず探した結果、3社の企業と面接が進行中(うち1社は次回が最終面接)という状況です。

 一番のこだわりだった年収は、あくまで希望条件ということにとどめ、むしろ入社後の活躍次第で伸びしろがある評価制度になっているか、という観点を重視されているようです。

 「結局、累進課税なので手取り年収は額面年収ほど差がないこと、また、年収にこだわって面接すると業務への姿勢を問われ失敗しやすくなること、年収金額で線引きすることですさまじい機会損失が生まれる事実に今さらながら気づきました」

 少し観点を変えるだけで、検討できる求人企業は3倍以上になったようです。まだ予断を許しませんが、Aさんの先行きが少し明るくなったことを転職エージェントとして本当にうれしく思っています。
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