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日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包

2017年10月25日 | 朝鮮エベンキ族
日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包
10/22(日) 6:00配信 現代ビジネス
日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包
写真:現代ビジネス
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核やミサイル開発で連日ニュースを騒がせ、ついに戦争になるのかという不安も高まる北朝鮮。しかし、北朝鮮の脅威はすでに、あなたの隣に迫っているかもしれない……。日本にも数多く潜伏しているとされる北朝鮮の工作員たち。彼らはいったい何者で、どんな生活を送っているのか。元工作員たちへのインタビューを重ねてきた報道記者・作家で『スリーパー 浸透工作員』の著者でもある竹内明氏が、自らの目で見、直接話を聞いた元工作員たちの証言から、日本にも潜んでいる北朝鮮工作員の実像に迫ります。
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 米国ジョージア州アトランタ郊外の田舎町。北朝鮮工作員たちも使う、あるスパイ技術をかつて実践した元スパイが、ここに住んでいる。彼の名は、ジャック・バースキー。現在は60代後半のバースキー氏は、訛りのない英語を話し、私を出迎えた。

 彼は、KGBの元非公然工作員だ。東西冷戦下のニューヨークで、米国人「ジャック・バースキー」になりすまし、工作活動を行った。魅力的な笑顔を浮かべる男だが、時折、鋭い視線を私に送った。

 1979年、29歳の時にニューヨークに送り込まれた。持たされたのは現金7000ドルと米国人の出生証明書のみ。本物の「ジャック・バースキー」は1955年に脳腫瘍で死んだ子供だった。ワシントンDCの在米ソ連大使館を拠点に活動していたKGB工作員が、その出生証明書を入手し、若きスパイにその身分を与えたのだ。

 「私は受け取った出生証明書を使って、公的な身分証明書を入手していった。図書館のカードに始まり、運転免許、旅券、社会保障カード……。メッセンジャーのアルバイトをしながら、大学に入学、生命保険会社に就職した。誰にもKGB工作員だという正体を明かさずにね」(バースキー氏)

 バースキー氏は故郷に妻子がいるにもかかわらず、ニューヨークでも結婚。子供をもうけた。はたから見れば、ごく普通のアメリカの若者と同じ生活を送っていたのだ。

 このように、工作員が諜報対象国の国民になりすます手法を「背乗り」(はいのり)と呼ぶ。

 世界の諜報機関の中でも、この手口を得意としたのが旧ソ連のKGB。それを取り入れたのが、北朝鮮の工作機関だった。冷戦下のKGBが狙ったのはアメリカやヨーロッパ諸国だが、北朝鮮の標的は日本と韓国だ。

 そして、工作員たちはときに「妻子」さえも諜報活動をカモフラージュするための道具にする非情さを見せる。今回は、日本で実際に起きた北朝鮮工作員に関する事件とその「家族」の物語をご紹介しよう。


これは、実際に起きた出来事である
 「明日、食事に来ませんか? 

 都内のゴム靴製造会社でパートタイム勤務をしていたA子は同僚の男に声をかけた。

 「松田忠雄」と名乗るその男は極めてまじめな、模範的社員だった。身長170センチでやや小太り。浅黒い肌で、ほほにそばかすがある。落ち着いた関西弁を喋り、周囲に安心感を与える男だった。

 A子は、これをきっかけに松田と親しくなり、マンションで同棲を始める。実はA子は夫と死別した未亡人で、3人の子供を抱えていた。結婚こそしなかったが、「松田」は子供たちの良き父親になった。正月には和服を着て、A子と子供たちをつれて初詣に出かけた。がっちりした体に和服が似合った。

 その、同じ頃――。

 「私は北朝鮮にいる貴方の両親や兄弟をよく知っている。私の言うことを聞いたほうがいい」

 大阪市内でスプリング製造会社を経営していた在日朝鮮人・金は、突然訪ねてきた「朴」と名乗る男にこう言われた。有無を言わせぬ口調だった。北朝鮮にいる家族の安全のためには、協力するしかない。

 実は、この朴こそ、「松田忠夫」を名乗り、日本人の女と同棲して、3人の子供の父親を演じていた男だった。まじめな社員でよき父親である一方、相手の家族を人質に高圧的な口調で迫ってみせる二面性。北朝鮮から送り込まれた工作員なのは明らかだった。

 金は朴の指示で、石川県羽根海岸から白い高速船に乗った。到着したのは北朝鮮だ。平壌郊外の「招待所」と呼ばれる施設で、半年間、工作員訓練を受けた。

 押し隠しても、無理やり工作員に仕立て上げられていくことへの不満が、にじみ出ていたのだろうか。ある日、朴が平壌にやってきて、金をこう叱りつけた。

 「おまえは受講態度が悪い。推薦者である俺の体面を汚すな」

 金は訓練を終え、羽根海岸に戻った。以後は「補助工作員」として朴に従う。そして、その工作活動を目の当たりにすることになる。


「本物が日本にいてはマズい…北に送れ」
 やがて本国から金に直接指令が飛んできた。「A3放送」と呼ばれる暗号放送だ。

 深夜、ラジオのダイヤルを4メガヘルツか、5メガヘルツ帯の短波に合わせると、朝鮮語で5桁の数字が読み上げられる。乱数表で解読するとこう書かれていた。

 「朴の周辺を敵がかぎ回っていないか点検せよ」
「敵の動きがおかしい。活動を控えよ」

 「敵」というのは、公安警察を指していた。金は朴の防衛役だった。

 朴は東京・山谷に出入りしていた。そこで行き倒れていた小熊和也さんを発見、病院に入院させて、親しくなった。補助工作員となった金は、朴に付き添って小熊さんの実家がある福島県に行き、両親に会った。朴はこう言った。

 「私は東京で船会社を経営していて、息子さんに働いてもらっている。息子さんの戸籍が福島県にあると不便なので、東京に移してもらいたい」

 こうして「小熊和也」という人物の戸籍は東京に移った。

 朴はその戸籍謄本を使って、旅券と運転免許を取得してしまう。もちろん写真は朴のものだ。朴は、金にこういった。

 「本物が日本にいてはマズい。小熊を本国へ送れ」

 だがこの計画はうまくいかなかった。北へ連れて行く前に、小熊さんが病気で死亡、死亡届が出てしまったのである。

 朴は新たな身分獲得に動いた。それが昭和36年頃から行方不明になっていた日本人「小住健蔵」さんの身分である。

 朴は北海道にあった小住さんの戸籍を、東京・足立区に移し、「小住健蔵」名で再び旅券と運転免許を取得した。

 戸籍移転の事実を知った小住さんの姉と妹が電話番号を調べて、電話をかけてきたことがあった。応対した朴は、電話口でこう言ったという。

 「小住さんはいま、麻雀にでかけている」

不審な「家族旅行」の中身
 一方、「松田」としての朴と同棲していたA子は、内縁の夫の不審な行動に気づき始める。

 「松田」は車の運転が好きで、よく家族旅行に出かけた。秋田県男鹿半島、大阪、奈良、京都、熱海、大島、能登半島……。

 能登半島ではテントを張って、1週間ものキャンプ。子供たちを海岸線に立たせて、写真やビデオをやけに熱心に撮った。これが工作員の「浸透」(不法入国)や「復帰」(本国への帰還)に使われる砂浜であり、撮られた家族写真が、下見の写真として北朝鮮に送られることなど、妻子が知るよしもなかった。

 実は、A子は「松田」が複数の名前を持っていることにも気づいていたという。「松田忠夫」「小熊和也」「小住健蔵」……。次々と異なる名前が男の周囲に浮かんでは消えた。それでも、A子は「松田」と結婚したかった。しかし、「松田」は頑として入籍を拒否、「信用してくれ、きっと君を幸せにする」と言い続けた。

 やがて内縁の夫である「松田」は「会社を設立する」と言って、A子に金を無心する。A子は「松田」に尽くした。貯金を切り崩して、600万円を「松田」に渡したのだ。

 昭和57年、「松田」は都内に装飾品販売会社を設立。自ら社長におさまったものの、仕事はA子と金に任せきりで、いつも売り上げだけを回収しては、どこかに持ち去っていた。


動き出した公安部外事二課、そしてCIA…
 警視庁公安部外事二課、通称「ソトニ」に情報をもたらしたのは、韓国国家安全企画部だった。

 「足立区西新井に在住する『小住健蔵』なる男は北朝鮮の工作員である」

 外事二課が内偵捜査を始めると、奇妙な事実が浮上した。公安部に先行して、謎の男たちが調査に動いていたのだ。謎の男たちは、一見して日本人だった。だが、当時捜査に当たった捜査員は、こう断言する。

 「あの男たちは、CIAだった」

 自らも情報機関を持つ米韓両国は、日本当局が事実を知るはるか以前から、「小住健蔵」と名乗る男が北朝鮮工作員であることを割り出していたのだった。

 包囲網はせばまっていた。だが昭和58年、「小住」は行方をくらます。「小住健蔵」名義の旅券でマレーシアに出国したのだ。2017年2月、金正恩労働党委員長の異母兄である金正男氏が暗殺された場所でもあるマレーシア・クアラルンプールは、北朝鮮工作機関のアジア最大の拠点だった。

 外事二課は補助工作員だった金を逮捕。容疑は、公正証書原本不実記載だった。「会社の登記に嘘がある」という微罪である。判決は懲役1年、執行猶予4年。これがスパイ防止法を持たない、日本の限界だった。

 この事件は通称「西新井事件」と呼ばれている。朴、あるいは「松田」と名乗っていた男に「背乗り」された、本物の小住健蔵さんは北朝鮮に拉致された可能性が高いと外事二課は見ている。しかし真相は分かっていない。

日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包
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すべてが終わって、届けられた「小包」
 北朝鮮工作員の自称「朴」(のちに対外情報調査部所属の「チェ・スンチョル」と判明)と、A子やその子供たちとの生活も、こうして突如、終焉を迎えた。

 冒頭に紹介した、KGBの元秘密工作員ジャック・バースキー氏は、旧ソ連本国から帰国を命じられたとき、放置されることになるアメリカでの妻子の将来を考えて、命令を拒否、とどまることを選択した。

 「私がモスクワに戻ったら、妻と子供はどうなってしまうのか、と考えました。生活が成り立たなくなります。だから私は『感染症にかかってアメリカで治療する必要がある。KGBを退職したい』と申し出ました。それきり連絡を絶ったのです。もちろん暗殺されることを心配しましたよ」

 バースキー氏は、私にこう語ってくれた。彼は暗殺のリスクをおかして、家族との生活を優先したのだ。ときに冷酷な脅迫や破壊活動を行う工作員であっても、一皮むけば感情を持つ生身の人間であることが、スパイという仮面を脱いだバースキー氏の坦々とした言葉から、強く感じられた。

 日本に潜伏していた工作員「朴」は、14年もの間、ともに暮らしたA子と3人の子供にどんな感情を抱いていたのだろうか。スパイ活動の道具とみなしていたのだろうか。それとも、バースキー氏のように心の底では愛情を抱いていたのだろうか。

 事件が発覚した後、A子のもとに、ひとつの小包が届いた。それは大阪のデパートから送られた、ささやかな贈り物で、差出人欄には「小住健蔵」と書かれていたという。

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※自称「朴」ことチェ・スンチョル工作員は、今回取り上げた西新井事件および蓮池薫夫妻拉致事件で現在も国際手配中である。参考:警察庁「国際手配被疑者一覧」http://www.npa.go.jp/bureau/security/abduct/wanted.html
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 (つづく)

竹内 明

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