大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

『女賭博師』

2019年01月16日 | 映画

昨年亡くなった江波杏子の代表作『女賭博師』の1作目かと思うと、2作目である。

最初は、よく知られているが、若尾文子を主演に企画された『女の賭場』で、この2作目の方が、江波に合う脚本にされている。

江波は、都心でピアノバーをやっている女性だが、写真のモデルでもあるというように、現代的な女性にされている。

その彼女が持つビルの2階で写真スタジオをやっているのは、恋人の本郷功次郎である。

だが、江波の影の本職はというのが、賭博師である。

市井の普通の人間が実は、というのは大映にあり、市川雷蔵の傑作『ある殺し屋』も、最初の作品では、割烹の板前、2作目では踊りの師匠だが、凄い殺し屋である。

冒頭で賭場のシーンがあり、そこで江波の花札の勝負が披露され、そこに謎の女川口小枝がいて大負けして、彼女は金を持ち逃げして自殺を図ったサラリーマンと心中するが、彼は死ぬが、川口は奇跡的に助かる。

そして、川口は江波に対し復讐を企て、本郷のスタジオに現れ、いきなり全裸になって撮影してもらい、セックスもして本郷を自分のものにしてまう。

川口小枝は、武智鉄二と川口秀子との間の子で、この時期大島渚の映画『白昼の通り魔』などにも出ていた。

江波は、本郷から別れ話を告げられ、川口と三人の対決になるが、その場で川口は言う、

「こいつは賭博師なのよ!」

驚愕する本郷、江波は賭博の名人加藤嘉の娘であり、人気賭博師なのだった。

この設定は非常に面白く、20世紀の現代都市東京の裏側には、こうした我々の知らない世界があるのではないか、という気がしてくる。

江波を雇っているのは、ヤクザの野心的な親分内田良平で、彼女に惚れているが、加藤は、江波と子分の松吉の山田吾一を結婚させようとしている。いつもは喜劇演技の多い山田が、無口でニヒルな演技で非常に良い。

内田は、名古屋の大親分内田朝雄を迎える大花会を開き、加藤は「これなら」と引退興行として花札を見せる。もちろん、「入ります」の手本引きである。途中で、警察の手入れが入り、花会は流れてしまい、責任を取って加藤は拳銃で自殺する。

この経緯に疑問を持つ江波は、名古屋の内田朝雄のところに行き確かめると、すべては内田良平の嘘であることがわかる。

そこに花札修行に来ていた川口が現れ、江波に挑戦して完全に負ける。江波は、川口に本郷と結婚して普通の生活に戻れといい、川口は賭博と縁を切ることを本郷に誓う。

江波は、山田と一緒に、内田良平を殺すことを図り、内田をベッドに誘い、山田が上から内田をメッタ刺しする。だが、瀕死のときに子分に電話し、多数の子分で山田も殺されてしまう。

最後は、オフィスビル内で行われている賭博で、

「江森夏子、25歳 賭博だけが、この女の命が燃えるときだ」

のナレーション、「入ります」で終わる。

監督の弓削太郎は大したことのないと思っていたが、これは非常に良かった。

だが、彼は1972年5月に軽井沢の山中で死体が発見される。

彼の他、両内田、山田吾一、加藤嘉、川口小枝、そして江波杏子も死んでいる。

池野成の抒情的な音楽も大変に美しい。

日本映画専門チャンネル

 

コメント

黒澤明が見たら喜ぶに違いない 『キノ・プラウダ20号』

2019年01月14日 | 図書館

日本映像学会の映画文献資料研究会の2018年度「科研費」研究のシンポジウムで、1924年のソ連のジガフェルトフの『キノ・プラウダ20号』、イギリスの1935年の『夜行郵便列車』、フランスの1961年の『ある夏の日』の3本の貴重な記録映画が上映された。

最も興味深かったのは、ソ連のジガフェルトフ監督のサイレント映画『キノ・プラウダ20号』だった。これは、モスクワのピオニール(共産少年団)が農村と動物園に行ったことを描いた作品だった。ピオニールは、鼓笛隊を組織して村に行く。これは、黒澤明の晩年の愚作の『夢』の最後の「水車のある村」の日本共産党・民青と同じパレードであり、戦時中の戦意高揚映画『一番美しく』の光学工場の女工の行進とまったく同様の発想なのだ。そして、村でやる村人の「労働」が薪割りというのだから、これは完全に『七人の侍』である。ジガフェルトフの『カメラを持つ男』は、戦前に輸入公開されたらしいが、『キノ・プラウダ20号』はもちろん、公開されていない。だが、もともとプロレタリア美術同盟にいて、共産党の街頭活動までやって逮捕された黒澤の本質は、プロレタリア芸術家だったことが、ここでも証明された。

『トラ・トラ・トラ』のハリウッドとは上手くできなかったが、多くの困難はあったが、今日で見てみれば地球環境問題などを提起している『デルス・ウザーラ』でのソ連での映画製作が出来た理由もその辺にあったのだろうか。

『夜行郵便列車』は、イギリスのドキュメンタリー運動の傑作の1本で、郵便列車の人々の労働と工夫を描くもので、国民的自覚を促し、啓蒙するものだったようだ。ナレーション原稿には、W・H・オーデンの詩が使用されていて、次第に高揚してゆくのは、まるでラップのようだった。

『ある夏の日』は、フランスのジャン・ルーシュが、社会学者のモランと共同したインタビュー映画で、その手法は、映画というよりも現在のテレビのインタビュー映像の魁をなすものだが、なんと製作が、黒澤、大島渚、寺山修司の映画を作ったアナトール・ドーマンなのには驚く。なぜ、彼のような大プロデューサーが、ルーシュのような「映像民族学」を提唱した非商業的な記録監督の作品に金を出したかは不明である。だが、ドーマンはユダヤ人で、戦時中はナチスの迫害にあったそうで、それがルーシュのようなマイノリティを素材とする監督への出資となったのだろうか。

           

牛山純一氏が作った映像記録センターの後裔である、「映像カルチャーセンター」は、膨大な記録映画を保有しているが、整理されておらず目録等がなく、それが「科研費」で一応できたことの報告のシンポジウムで、今後の公開が期待されるところだ。

会場は、東京工芸大学で、初めて行ったが、結構立派なのには驚いたが、大学の事務局がこのシンポジウムを知らないことに、さらに驚いた。

コメント

『ガキ帝国』

2019年01月11日 | 映画

1981年、大阪のプレイガイドジャーナル社が、日本ATGと共同で作った映画、脚本西岡琢也、監督は井筒和幸。

            

時代は1967年頃になっていて、少年院から島田紳介が出所してきて、高校の友人松本竜介らと組んで大阪で騒ぎを起こしてゆく。

中で、内藤洋子・舟木一夫の『君に幸福を』が挿入される。これは、1968年の正月映画で、『ゴジラの息子』と併映で、私は五反田大映で見たが、館内はガラガラで、ゴジラ映画の出演者の方がはるかに多いなと思ったものだ。

東宝青春映画はきれいごとだと言いたいのだろうと思うが、この作品の汚な事は面白いかと言えば、結構問題はある。

紳竜が対立する連中が、大阪のキタとミナミにいるが、そこがきちんと描き分けられていないので、どことどこがぶつかっているのか、役者が紳竜以外は、ほとんど無名の連中なのでよくわからない。

最後は、事故のような形で竜介は死んでしまい、紳助は喧嘩に勝ち、ヤクザの上岡龍太郎に認められて終わり。

今では、ここに出ている俳優の多くが芸能活動をしていない。島田紳助と上岡龍太郎は引退し、松本竜介と趙方豪、夢路いとしは死んでいる。

ヒットしたようで、続編も作られている。

日本映画専門チャンネル

 

 

コメント

ここでも歌われる『若者の歌』 『街に気球が上がる時』

2019年01月09日 | 映画

大学の長門裕之が、アルバイトで宣伝のアドバルーンを上げる零細な広告代理店でアルバイトをする1961年の日活作品。

同じ大学の学生だが、アルバイトでは先輩で、長門にいろいろと指示する男勝りの女学生が吉行和子。

この「かかあ天下的男女関係」と言うのは、吉永小百合と浜田光夫がそうで、それは西河克己が意図的に作り出してきたものだと言っているが、この井田探監督作品でもそうなには少々驚く。井田は、あまり評判の良い監督ではなかったが、これはましな方だと思う。

原作は曽野綾子で、脚本は新東宝等での娯楽作品を書いていた岡田達門。

           

アドバルーンを上げる時に、強風やタバコの不始末等で事故も起きるが、最後子どもたちが夜、気球の上に乗って遊び、爆発して江木俊夫少年が大けがをする。

いろいろあるが、なんとか治るようみんなで祈って歌うのが、「若者よ・・・」の『若者の歌』で、一気に恥ずかしくなった。

これは、日本共産党、民主青年同盟の歌声運動で必ず歌われたものである。

このぬやまひろし(西沢隆二)の歌の文句の「その日のために体を鍛えておけ・・・」と言うのは革命のときに備えてではなく、戦争で徴兵されるときのためなのである。

つまり、戦争への協力の歌なのに、戦後民青の運動で歌われていたのは非常におかしいことなのである。

誰かの本で読んだことがあるが、戦時中に戦争体制に協力した人には、元左翼勢力から「転向」した連中が多かったそうだ。

逆に言えば、そうした元左翼の戦時中の体制への協力は、戦後は民主的改革の主体となったと言うのだから、事は複雑である。

西沢は、共産党員というよりは詩人で官僚的な人ではなかったようで、最後は毛沢東派として党を離れたのは非常に興味深いことである。

チャンネルNECO

 

 

コメント

『メアリーの総て』

2019年01月07日 | 映画

怪奇小説の元祖『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリーの伝記映画を一言でいえば、ビクトリアン・コンプロマイズ、ビクトリア的妥協の作品となるだろう。

19世紀のイギリスは、海外の植民地経営と産業革命の進行で空前の繁栄を迎え、また科学や進歩的思想が生まれるなど、文化も発展した時代だったが、総体的には「妥協」的で偽善に満ちた時代だった。

大学の英文学史の授業で唯一覚えているのが、このビクトリアン・コンプロマイズ、「ビクトリア的妥協」というフレーズで、この映画の男たちは皆この言うこととすることが異なる、ビクトリア的妥協そのもののような連中である。

進歩的思想家ウィリアム・ゴドウインの娘のメアリーは、父のところで学んでいた詩人P・B・シェリーと恋に落ち、なんと16歳で家出して彼と同棲する。

この時、進歩的思想家だった父は、日頃の言動に反して、二人の恋に反対するが、16歳では無理もないところだろう。

              

シェリーはもてもての詩人で、詩人バイロン卿とも知り合いで、メアリーが家出した時、一緒に出てきた義妹のクレアは、バイロンに一目惚れして妊娠することになる。

バイロンからの誘いで、シェリーとメアリー、そしてクレアは、彼が住むスイスの邸宅に移り住む。

そこには、バイロンの従医ジョン・ポリドリもいて、5人の奇妙な生活が始まる。

その中で、怪奇物語を創作するゲームがあり、ポリドリとシェリーは、なにかに憑りつかれたように、それぞれが怪奇小説を書き始める。

バイロンのクレアへの裏切りによって、シェリーとメアリーはイギリスに戻り、メアリーは『フランケンシュタイン』を書き上げる。

そこには、彼女のシェリーや父親への想い、落胆、批評が込められていた傑作だった。

彼女は、出版社に持ち込むが、女性が小説を書くこと自体が普通ではなく、しかも怪奇小説なので出版は難航するが、匿名でシェリーの序文付きでやっと500部が出されただけだった。

最後、出版記念パーティーで、シェリーは本当の作者はメアリーであることを明かし、そこで父とも和解できる。

この映画が優れているのは、わざと画面を非常に暗くしていることで、当時は電球がなく、せいぜいロウソクの灯だったので、室内が暗いのは当然なのだ。

日本の大河ドラマが、夜でも煌々と室内が明るくて俳優の顔がきちんと見えるのは著しく不自然なのだ。

また、ポリドリの小説『吸血鬼』も、バイロンの名で出されて好評を得たそうだが、彼は後にはバイロンとも不仲になり自殺したとのこと。

若葉町シネマベティ

 

コメント

大みそかは横浜の映画館で

2019年01月01日 | 映画

31日は、阿佐ヶ谷ラピュタもお休みなので、やっている横浜の映画館を梯子してみることにする。

まずは、若葉町のシネマジャック&ベティ、特に期待はしていなかったが、『日々是好日』は意外なほどにいい映画だった。

   

大学生の黒木華は、挨拶が凄い女性だとの母親の言葉で、近所のお茶の先生樹木希林の家に、田舎から来て東京の大学に行っている多部未華子と一緒にお茶を習うことにする。

先日、放送大学での関西の流派の先生の話だと、昔から日本では女性はお茶を習うことが普通の習慣で、バブル期がピークだったが、その後は大きく減少しているそうだ。

私の母も近所の先生のところで裏千家のお茶を習っていて、私も小学校の頃、遊びで茶席に出たことがあるが、全く記憶がない。

いろいろとおかしなことがあるが、樹木は言う、「考えるのではなく、体で、体が自然に動くようになること」

日本の芸能と同じで、心は問題ではなく、形を真似てゆくのが、お茶でも修行の道なのだ。

そこでは、極端に言えば、心が何を思っているかは問題ではなく、外から見て様になっていれば、それでよいのである。

何事にも積極的な多部は、大学を出て商社で働くが、数年で辞めて田舎で見合い結婚して普通の主婦になる。

一方、黒木は出版社を受けるが落ち、フリーのライターになっていくが、その間もお茶を毎週習っていく。

この二人のやり取りで面白かったのは、ある茶器を手に取っていて多部が「豚?」ときく。

「犬よ、今年は戌年だから」と樹木、すると黒木は聞く、

「これは12年に一度しか使わないの、すると結局3回くらいしか使わないわけね」

「ああ、そうね」と樹木。

要は、無理と無駄の塊であり、非合理なのである。

黒木は、恋をして破れたり、新しい恋を得たりするが、そこでもお茶は、続けていく。

樹木希林の死のことを除いても、非常にできの良い作品だと思う。

特に照明と撮影が非常によく、室内も外も自然に捉えられている。音楽も本来は前衛的らしいが、非常に控えめで良い。

最後、父親の鶴見慎吾が急に死んでしまうが、ここの表現も簡潔で良い。だが、ここで急に黒木の弟が出てくるのは、唯一の欠点だと思う。

終わった後は、下のモーリスで食事したのち、バスに乗って長者町の横浜シネマリンに行き、モス・フィルムの『アンナ・カレーニナ』を見る。

              

トルストイの原作は読んでいないが、びっくりの筋書き。主人公のアンナは、非常に嫌なエキセントリックな女性で非常に驚く。

支配人の八幡さんにお聞きすると、女性の客の中には「良かったわね・・・」と感動している人もいたとのことだが。

原作は露土戦争のはずだが、ここでは日露戦争に代えられていたのはどういう意図なのだろうか。

コメント

キューポラはすでになかった 『キューポラのある街』

2018年12月31日 | 映画

今では、北朝鮮帰還運動を肯定するのかとの批判もある『キューポラのある街』だが、本当はもっと大きな嘘があるのだ。

それは、映画が作られた1962年に、川口の町にはキューポラ-ポラと称される炉はすでに使用されていなかったことだ。

カメラマン姫田真佐久の本に書かれているが、仕方ないので作って撮影したそうだ。

          

こういうことはよくあり、それは原作が書かれた時と映画化された時代とのズレである。

1950年代末から1960年代初頭は、高度成長時代で、非常に物事が変化したので、こうしたことが起きたのである。

1960年代の比較的リアルな映画を見ると、

「もうこんなことはなかったのではないか」と感じることがある。

年々、当時は物事が大きく変化したので、どこで切り取るかで大きな差異が生まれたのである。

ただ、今見ても『キューポラのある街』は、悪くない映画だが、それは脚本が今村昌平であることも大きいと私は思う。

これは一種の貧乏話だが、きれいごとになっていないのは、今村の力だと思うのである。

コメント

ここでも神戸港は、横浜港だった 『大冒険』

2018年12月30日 | 横浜

暇だったので、録画してあった、クレージーの1965年の東宝映画『大冒険』を見る。

             

筋は、日本で偽札が使われているのが見つかり、首相の指示で警視庁のハナ肇以下の刑事が捜査する。

植木等は週刊誌の記者、谷啓はビール会社の技術者だが発明狂で、谷の妹で植木が惚れているのが団玲子で、全員が贋金騒動に巻き込まれる。

贋札を作っているのは、金貸しの越路吹雪とその上司の中村正で、最後には彼らのボスは、生き残っていたヒットラーであることが分かる。

ほとんどどうでも良い筋書きだが、要は植木、谷、越路らが東京から逃亡して西に行く。

名古屋の後、神戸が悪の巣窟だとなり、神戸港に行き、アクションが展開される。

だが、これが横浜港なのだ。

連中が逃込む公園の入口が、レンガ積みの特徴的な丸形で

「あれっ、これは・・・」と思うと山下公園で、さらにアクションは新興ふ頭や山下ふ頭で展開されるのだ。

日活の傑作『紅の流れ星』の神戸港が横浜港であるのは有名だが、東宝でも横浜港は、神戸港の代わりだったのだ。

日活のそれは、経費節減だが、東宝のはクレージーが忙しすぎて、神戸まで行く暇がなかったからだろうと思う。

ラストの植木と団玲子の結婚式で披露されるのは、赤坂プリンスホテルの旧館と、今はない新館で、これまた貴重な映像である。

仲人は、渡辺晋と渡辺美佐夫妻であり、ナベプロ全盛時代と言うべきだろうか。

NHKBS

 

 

 

コメント

三浦和義は分からなかった 『喧嘩太郎』

2018年12月28日 | 映画

『喧嘩太郎』は、1960年の石原裕次郎主演作品で、彼が『堂々たる人生』につづきサラリーマンを演じた映画である。

相手役は、警官の芦川いづみで、これが非常に可愛い。

            

さて、見たのは冒頭のタイトル部分で、「ここに三浦和義が出ている」と舛田利雄の本に書いてあったからだ。

当時、三浦は中学生くらいで、裕次郎の役を演じているらしいが、よくわからなかった。

裕次郎と芦川いづみの共演で、非常に面白い映画だが、昔川崎の銀星座で見たことがあるので、本篇は見ずに済ます。

コメント

『特攻大作戦』

2018年12月26日 | 映画

1967年、ロバート・アルドリッジ監督作品。

            

リー・マービン少佐は秘密作戦の指示を受け、軍の牢屋から12人の無法者を救い出してフランスでの作戦に行く。それは、ノルマンディー上陸に先駆けて、ナチス将校らのパーティーの館に潜入して破壊することだった。

無法者、「ダァーティ・ダズン」が原題で、昔ダァーティ・ダズン・バンドと言うのがあったが、ここから取ったのだろうか。

彼らへの訓練等が長く、またロバート・ライアンの正規軍との模擬戦闘などもあり、贔屓のライアンが出し抜かれるのは残念だが面白い。

最後、フランスの豪邸での戦闘はさすがアメリカ映画なので物量は凄いが、大作戦と言うよりは、中作戦くらいだろうか。

よく考えると、これも黒澤明監督の『七人の侍』からヒントを得ているのではと思えてきた。

その性か、最後に生き残るのは『七人の侍』と同じく3人のみ。

シネフィルWOWOW

コメント

津川雅彦追悼 『孤独の人』上映会

2018年12月25日 | 映画

今年8月に、78歳で亡くなった津川雅彦を追悼して、彼が17歳の時に出た1957年の『孤独の人』が、横浜キネマ倶楽部主催で南公会堂で上映された。

             

主演は津川だが、映画的には小林旭であり、本当の主役は現在の天皇陛下である。

陛下が学習院高等科3年の皇太子時代のことで、原作は藤島泰輔の小説で大ベストセラーを日活が西河克己監督で映画化した。

皇太子役は公募の人だが、当時のことで正面など顔はほとんど見せず、全身は遠くからのみ見せる。それでも右翼から抗議や圧力があったようだが、そうした騒動も巧みに利用し製作の兒井英生は映画化したようだ。

津川は、成金の息子で17歳にも関わらず、義理の叔母月丘夢路と付き合っているが性交はしていないようで、理由は

「ご学友だから」である。

武藤章生、柳瀬四郎、新井麗子、阿部徹、柳谷寛など、その後の日活でよく出てくる俳優も総出演。岡田真澄も銀座の喫茶店でワンカット出演。

小林旭は、初めは小さな役だったらしいが、演技が上手いことで西河にも買われ次第に大きな役になり、皇太子を銀座に連れ出す連中のボスになる。

旭の付き合っている女性として芦川いづみ、皇太子が好きらしい女性として稲垣美穂子。彼女はスターになった後、監督丹野雄二と結婚し、丹野の死後はテレビ映画製作会社の代表になっている。

さらに小林旭は、兒井に買われて「渡り鳥シリーズ」の主役として大スターになる。

上映後、高崎俊夫さんの講演があり、非常に面白かったが、「銀座のシーンは日活銀座でのロケーションだろう・・・」と言われたので、

「日活銀座が作られたのはもう少し後で、しかも画面が異常に暗いので本当の銀座ロケ撮影ではないか」と質問する。

すると、旭ファンの女性からコメントがあり、

「先週の関内ホールでの公演で、彼が銀座での隠し撮りで大変だった・・・」と言っていたとの発言があり、真偽がはっきりした。

館内には学習院卒の方が多く来ていて、繋がりの強さに驚かされた。

横浜南公会堂

 

 

コメント

『殺すまで追え・新宿25時』 『交換日記』

2018年12月23日 | 映画

ラピュタの開館20周年特集。

『殺すまで追え・新宿25時』は、1969年の松竹作品で、監督は京都から来た長谷和夫、脚本は宮川一郎と共同。

主演は天知茂で、新宿署の刑事、同僚が自宅でピストル自殺し、妻の原知佐子も自殺を言うが、天知は自殺とは信じられず、自分で捜査をする。課長の高野真二は、なぜか捜査の打ち切りを言い、天知は辞職して独自に捜査する。

と、新宿のキャバレーやトルコ風呂を根城にしていたやくざ佐藤允らの組織が分かり、自殺した男、高野課長らも脅されて一味になっていて、さらに原知佐子も一緒にやっていたことがわかる。

松竹にしては、テンポも描写も悪くはないが、最後の結末は当たり前すぎる。

長谷や梅津明次郎らの京都から移籍した監督は、結構頑張ったと思うが、男性スターがいない松竹ではどうしようもなかっただろう。

                                       

もう1本の『交換日記』は、横浜の高校3年生の山内賢と和泉雅子が、ノートの日記を交換し合う話。和泉の家は、元町の裏通り辺りで、親父の山田禅二は大工、母親の初井言栄は自宅で総菜上げをやっている下町の店。山内の父は清水将男、母は小夜福子でインテリで裕福そうな家である。

クラスの同級生は、小沢直好と前野霜一郎で、この時期よく日活で見た子役である。前野はロマンポルノ時代にもいた俳優だが、1976年春のロッキード事件の時、児玉誉士夫邸にセスナ機で突っ込んで死ぬことになる。

監督は森永健次郎で、適当にまとめたという感じしかしないのは困ったものだが。

交換日記は、今でいえばラインでのメッセージの交換だろうか、いつでも若者は誰かと繋がっていたいものなのである。

『交換日記』という二人の曲もあったと思うが、映画ではなし。中で和泉雅子が一人で歌うシーンがあったが、どへたで驚く。

後には二人には『二人の銀座』という大ヒットがあったのだが、それまでには相当に歌を練習したのだろうか。

和泉も適当に演じているとしか見えない。彼女は浦山桐朗の『非行少女』で熱演した後なので、気が抜けていたのかもしれないが。

彼女は何でもできる女優で、逆に決定打がなく、結局は高橋英樹の『男の紋章』の相手役に終わったということだろうか。

阿佐ヶ谷ラピュタ

 

 

コメント

『ダーティ・マリー』は、一般映画だった

2018年12月23日 | 図書館

早稲田で行われた「プレスシートから読み解く日活ロマンポルノ」で紹介された、長谷部安春監督、梢ひとみ主演の『スケバン刑事・ダーティー・マリー』は、ロマンポルノでも成人映画でもなく、一般映画だったことを初めて知った。

                            

これは、梢ひとみの主演で、私も見て面白かった記憶があるが、この日の報告では、彼女のセックス・シーンはなく、裸の露出もほとんどないアクション映画だったとのこと。

「ああ、そうだったのか」と思い、併映が『子連れドラゴン・女人拳』だったと言われ、「これも見た」と思い出した。

ノートで見ると、1975年5月に川崎名画座と言うロマンポルノ上映館で見ていた。

当時は、ドラゴン映画の大ヒットに便乗した作品が多くあり、『ドラゴン対アマゾネス』などと言う『七人の侍』にヒントを得たのではないかと思われる映画もあり、結構面白かった。

言うまでもなく、これらはイタリア製映画であることは言うまでもない。

 

コメント

『赤穂義士』

2018年12月20日 | 映画

1954年に大映で作られた浪曲映画で、たぶんこれが最後の「浪曲映画」だろうと思う。

冒頭に4人の浪曲師の挨拶があり、口演で筋に入っていく。寿々木米若、梅中軒鶯童、富士月子、玉川勝太郎の4人。

   

話は特別なものはなく、普通の歌舞伎の忠臣蔵であるが、浅野内匠頭は黒川弥太郎、吉良上野介は瀬川路三郎、そして大石義雄はなんと進藤英太郎と異色の配役である。あえて言えば、大映の二線級の連中で作ったというところだろうか。

監督は、時代劇のベテランの荒井良平で全体としては無難なできである。

各シークエンスの始めに浪曲が流れ、そこから物語に行くが、非常にスムーズである。もともと日本の大衆芸能の中で、浪曲は極めて大きな部分を占めていたので当然なのだが。

最後は、義士たちが吉良上野介を囲んで首を取って終わり、泉岳寺に行ってエンドマーク。

これを見て驚くのは、1954年だが、2年後には日活では「太陽族映画」が出てくるにも係わらず、一方ではこうした古いタイプの映画も製作されて受けていたはずだからである。

衛星劇場

コメント

『忠臣蔵・梅花の巻 桜花の巻』

2018年12月20日 | 映画

12月は『忠臣蔵』の季節で、CSでは沢山放映されている。以前は、地上波でも製作されていたが、最近はないようだ。

これは、1959年1月に公開された東映作品。冒頭に「発展感謝記念」の大川博社長の言葉が出る。

         

この時期、東映は、中村錦之助・東千代之介の娯楽版が大ヒットし、戦前からの大スターの片岡千恵蔵、市川右太衛門も擁して大変な勢いで、

「スタジオでは歩いているものはいなくて、全員が走っている」と言われた。

大石義雄は、もちろん片岡千恵蔵で、浅野内匠頭は錦之介、吉良上野介は進藤英太郎で、実に憎々しい。

前半は、内匠頭が吉良のいじめに会い、我慢に我慢を重ねるがついに松の廊下で刃傷に及び、切腹させられるまで。

錦之助は、もちろん歌舞伎の出なので、台詞は歌舞伎的だが、そこここで見せる笑顔や言葉尻には戦後派的な若者の姿があり、それは石原裕次郎にも通じる同時代性が感じられる。その辺が、彼の絶大な人気の所以だと思った。

ともかく多数の俳優が出ていて、新劇の加藤嘉、小沢栄太郎、山形勲らの他、大川橋蔵、里見浩太郎、原健策、月形龍之介、大河内伝次郎、大友柳太郎、大川恵子、丘さとみ、千原しのぶら東映の役者の他、木暮三千代、エノケン、香川良介、徳大寺伸、清川装司ら俳優、さらに岡譲二や立松晃などの戦前の二枚目も出ているが、多すぎてどこにいるのか分からなかった。

そして、大川橋蔵と結ばれて、吉良邸に女中として潜入し、絵図面を盗んでくるのが美空ひばりの豪華さ。

後半は、京の撞木町での大石のご乱行から始まるが、千恵蔵は、世話物的なこうした場面の演技は上手いことが分かる。

千恵蔵の息子と娘の植木も出ているのは、やはり東映重役の片岡千恵蔵のお力だろうか。

音楽は、現代音楽の深井史郎で、荘重かつテンポの良いメロディーで軽快にドラマを進める。

最後は、もちろん杉狂児と堺瞬二の蕎麦屋の二階に結集して本所松坂町に行き、吉良の首を上げる。この蕎麦屋は、元禄時代の江戸にはないものだったので嘘なのだが、まあいいだろう。

要は、江戸時代の庶民が思っていた武士の姿が凝縮されているのだ。

時代劇専門チャンネル

 

 

 

 

 

 

 

コメント