指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『アラビアのローレンス』

2020年01月21日 | 映画
これを見るのは、5回目で、今回で脚本のロバート・ボルトやマイケル・ウィルソンが描きたかったのは、休憩の後の後半だと分かった。
前半は、映像と音楽、アクションで見るものを十分に魅了した後、元左翼の二人のシナリオライターは、アラブをめぐる世界の事情を明確に描いている。
その意味で、前半はサイレント映画のような作りだが、後半は演劇のような台詞劇になっている。
さすが、ロバート・ボルトだと言える。

                   

第一次大戦中、カイロの英軍司令部のローレンスは、風変わりな変人とされていたが、ベドウィン族のアリーと共に、ネフド砂漠を渡ってトルコが占領していた港のアカバに達し、町の背後から攻撃して成功する。トルコ軍の大砲は、海にしか向いていなかったからだ。
さらにシナイ砂漠を横断してカイロに戻ってくると一躍英雄になり、司令官は、ローレンスを少佐に昇進させる。
カイロの英軍の大多数は、皆現地の植民地官僚になっていて、冒険などする気はない状態だったからだ。
さらに、トルコの巡礼鉄道も破戒し、ローレンスの活躍は誰の目にも明らかになる。
この前半の戦闘の過程で、アラブが部族社会であり、他の部族は互いに無関係で、民族はおろおか国民意識などまったくないことが明らかにされる。
また、完全な競争社会で、そこから落ちた者は、誰も助けないという非人間的な社会でもあることが明示される。
封建社会まではそうしたもので、この時期のアラブ社会は、日本でいえば戦国時代のようなものだったと言えばわかりやすいだろうか。

休憩後の最大のドラマは、ローレンスたちのダマスカスへの侵攻で、ここで作者たちは、「戦争の狂気」に落ちていくローレンスを描いている。
英国の正規軍との、ダマスカスへの競争でローレンスは、トルコ軍の捕虜の殺戮するなど、自分の信条である「捕虜のジュネーブ協定」の扱いを破ってしまう。
さらに、トルコ軍に捕まり、軍人に凌辱されてすべての信念を失ってしまう。

ダマスカスには、英国軍も来て、アラブ国民会議が開かれるが、部族対立で、会議は紛糾し、それを英国はなにもせずにただ見て放置している。
アラブの諸族が町から去るとき、英軍司令官は言う「初戦は流浪の民だ」
人類史的に言えば、農耕も牧畜も、このアラブで始まったのだが、その後の砂漠化で農耕はなくなり、遊牧と商業の地になってしまったのだ。
結局、この地域は名目的にはアラブの地になったが、インフラ等はイギリスの運営するものとなる。
ロレンスが反対したように、イギリスとフランスは、大戦中に締結した「サイクス・ピコ協定」で、戦後北はフランス、南はイギリスの分割支配することになる。
すべて絶望してローレンスはイギリスの戻るところでエンド。
ここには、イギリスのアラブ人とユダヤ人との「二枚舌外交」についてあまり描かれていないのは、製作のサム・スピーゲルがユダヤ人だからだと私は思う。
上大岡東宝シネマズ





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