指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『各駅停車』

2020年01月24日 | 映画
東京映画の「駅前シリーズ」の1本、森繁久彌のSLの運転手と万年助手の三木のり平のコンビの話。
高崎駅なので、八高線や他の路線で撮影されているようだが、1965年のこの時期は、首都圏でも多くのSLが使われていたのだ。
森繁の妻は、森光子、のり平は独身だが、少し年がいっているように見える。本当は、もう少し若い人間だと思う。
森繁らが行く飲屋の女将が岡田茉利子で、息子は東京に行っていて一人で暮らしている。
駅の管理職山茶花究から、森繁に退職勧告が出るが、森繁は死ぬまで運転すると言ってきかない。



「俺は、運転ならなんでも知っていると言い」ナポレオンと呼ばれている。
この頃、国鉄では定年退職はなかったのだろうと思う。1972年に私が横浜市役所に入った時、定年退職制度はなかったのだから。
ナポレオンも今では言われなくなったことだが、昔は英雄の代名詞だった。

途中で事故が起きるなどの挿話もあるが、全体にドラマ性は薄く、松竹蒲田的であるのは、脚本松山善三、監督井上和男が元松竹だからだろう。
カメラが岡崎宏三で、さすがに良い。特にSLの狭い運転台での撮影などは岡崎の得意な分野である。
最後、森繁は退職を決めるが、視力が衰えてきたからだった。
のり平が好きな鉄道病院の看護婦は有田双美で、この女優は日活の吉永小百合の作品でよく見た女優である。もちろん、のり平は降られる。
最後、森繁とのり平は、川に潜って岩魚取をするが、二人とも褌。

昔、ロシア語通訳の米原万理の講演で、彼女の父で共産党の国会議員だった米原昶氏も、褌だったと言っていたが、この頃の日本人の親爺は皆パンツではなく、褌だったのか。
日本映画専門チャンネル

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