狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

本の旅人

2009-03-14 21:12:34 | 日録
         

 私はまだ飛行機に乗ったことがない。自慢出来る話ではないので、此方からわざわざ相手さまに言い触らすことは避けるようにしているけれど、かりに間違っても会話の中でそういうことを言ってしまった位なら、
「嘘オ?」と、軽蔑的返事が返ってくるに決まっているだろう。今どきそんな時代遅れの人間は、希少価値が極めて高い世の中になってしまったのである。
 私が、飛行機に乗ったことがないということは、取りも直さず「旅行」などしたことがない結論に達するであろう。私は旅の思い出も、これから旅の計画も立てていない。
 それでは、『特集「旅」』にものを書く資格がないのだろうか?私は今回の「旅」特集号にあわせて、是が非でも何か書きたいと心に決め、思案に耽っていた。
 その一案として、わが書棚に並んでいる本を引っ張り出して改めて整理し直してみた。「旅」について、新しい概念が浮かんでくる可能性についての[充足理由の原理]に基づいての行動だった。
私の書架にはそれ程大袈裟なタネになるようなモノは揃っていない。しかし私は、親戚や運送屋の同業者、その他ご近所の大体同じぐらいの年齢の人達と比べて比較的本を買い集めている部類に属すると思う。もちろんこの研究会誌に寄稿常連のK氏とは、量も質も比べものにならないけれど、私なりに地味に雑本を蒐集してきた積もりだ。
 『蔵書は、その人の顔であり、思想であり、人格であり財産である…』何処かで読んだことのある詞である。はて、小生の場合は…?
 とまれ我が家の書棚を眺めてと、その一冊一冊に、購入時の思い出や、それに纏わる出来事なども、記憶力の減退した□□歳になってしまった現在ですら、脳裏に焼き付いていて、丁度鏡にでも写し出されるように、鮮やかに蘇り、あらためて己の来し方に、渺茫たる想いを致すのである。
 然り而して私はわが書棚から《馬の口をとらえて老いをむかうる人》の如く、当て所もない「本の旅人」になってしまったのであった…。