前回の記事の最後でも触れましたが、今週は自分にとって特別な週で、この『万世六兵太の乾坤一擲!』を開設してから2周年を迎える週です。正直ブログを始めて、ここまで続くとは思ってみませんでした。色々な方の支え(コメントをいただいたり、ご閲覧いただいたり)があってここまで続いております。本当にありがとうございます。
2周年ということで何か書こうかと思いましたが、いいネタが思いつきませんでした。
そんなある日、このようなメールをもらいました。
『万世さんが、(競馬を始めた)きっかけって何ですか?』
メールで返事をしようとしたが、こういうことを語らせると長くなるのが万世の特徴。まあこのメールを出された方も自分のブログを知っているということなので、しかもいいネタが飛び込んできたということで拙い表現ですが、万世が競馬を始めたきっかけを簡単に(?)書こうと思います。
【きっかけ】
自分が競馬を始めたのは1992年。中学1年の時です。
父親が食卓で『日刊ゲンダイ』の一番後ろのページをジッと読んでいた記事が天皇賞(秋)の出走表でした。それに興味を持ったのが競馬を始めるきっかけでした。その時出走した馬で唯一自分が知っていた馬がトウカイテイオーでした。当然天皇賞はそのトウカイテイオーがらみの馬券を買ったのを覚えています。結果はと言うとハイペースにトウカイテイオーが巻き込まれて惨敗して、レッツゴーターキンが1着で、ムービースターが2着という馬連で万馬券というとんでもない結果でした。(当時は馬連が最高だった)
まあ初回ビギナーズラックで馬券を的中したのがきっかけで競馬を始めたという人と比べると自分にとって初めての競馬は散々な結果でした。
【初的中】
自分の馬券初的中は92年のJCです。天皇賞で負けたトウカイテイオーがこのレースに出走していました。いまでこそJCは日本馬の独壇場ですが、当時のJCは『外国馬無双』の状態で日本馬が勝つことがめったにありませんでした。(それまで日本馬での勝ち馬はカツラギエースとシンボリルドルフだけ)。しかもこの年の外国馬が一番強いメンバーがそろっていて単勝人気は1~4人気が外国馬でトウカイテイオーが5人気で日本馬最上位でした。うちの父親は「トウカイテイオーは来るのか…」と半信半疑でした。当時の自分は今みたいに予想に徹しているわけではなく、好きな馬を買うスタイルだったので「トウカイテイオーが来る!勝ってくれるんだ!!」という想いだけで買ってました。
レース結果は直線でのナチュラリズムとの叩きあいでトウカイテイオーが半馬身先行して勝ちました。テレビの前ですごく絶叫したのを覚えてます。馬連を買っていたのでたしか・・・5000円くらいだったでしょうか?中学生の自分にとって100円が5000円になるというのは驚き以外の何物でもありませんでした。
ちなみに岡部騎手のあの時のガッツポーズがすごい貴重なものだと気付いたのはつい5年前のことです。(苦笑)
【競馬歴】
1992年から2010年までの18年ずっと競馬をやっていたわけではありません。(まあ当然だが)その間にレースは軽く見ていた程度の時期もありました。大学時代(98~02年)は歴史の方に夢中で競馬をやった記憶はあまりありません。自分の中で分類すると・・・
92~97年・・・・・・・第1次競馬ブーム
98~01年春・・・・・・競馬休日期間(大学時代)
01~03年春・・・・・・第2次競馬ブーム
03春~04年夏・・・・・競馬休日期間(地元で就職してた頃)
04年夏~08年2月・・・第3次競馬ブーム
08年3月~・・・・・・・『万世六兵太の乾坤一擲!』
なんかボーリングのブームみたいになっていますが…(笑)
一番競馬に充実していた時期は競馬を始めたての第1次と今ですね。馬券だけで考えるとこのブログを始めるまで如何にいい加減に競馬予想をして勝負をしていたことか…そう考えると穴があったら入りたい気分です(苦笑)
【一番最初に好きになった馬】
メールくれた方には上の3つ答えるくらいで十分だとは思いつつ、書き出すと止まらなくなってくる(笑)
一番最初に好きになった馬はライスシャワーですね。この馬を一言で言うと『強者に対して強い馬』ですね。92年の菊花賞馬にして、93・95年の天皇賞(春)を勝った馬。
92年の菊花賞ではミホノブルボンの3冠を阻止し、93年の天皇賞(春)では当時最強のステイヤーであったメジロマックイーンの天皇賞(春)3連覇を阻止した。3000m以上でのレースに強く、自分より強いものに対して挑戦して倒すというのが自分は好きでした。まあ人気を背負うと弱いという面もありましたが…。自分が高校で陸上部に入って長距離に進んだのは彼の影響が多分にあっただろうと思います(実話です)。だから彼が宝塚記念においてアクシデントでこの世を去った時はすごく悲しかったし、2週間ぬけがらの状態でした。ちなみにうちの伯父はテンポイントの悲劇の時、1カ月以上立ち直れなかったそうです。最近も毎日杯でザタイキが不慮の事故で死んでしまうということがありました。競馬好きな人にとってこうした悲劇は起きてほしくはないものです。
【好きな女性と最強の女性】
といっても人間じゃなくて馬の方ですよ。(笑)
牝馬で好きな馬はノースフライト、ファビラスラフィン、ホクトベガ、まあ最近嫁発言をよくするカノヤザクラですかね・・・。好きな馬は沢山いるんですが、すぐにと言ったらこの辺がすぐに出てきます。まあ馬の詳細の方はクリックして自分で調べていただくとして、それぞれ一言述べると
ノースフライト・・・マイルならウオッカとも互角以上にやれる
ファビラスラフィン・・もう1年やってたらエアグルーヴの前に大きな壁となって立ちはだかっていた
ホクトベガ・・・カネヒキリ??ヴァーミリアン??この馬に勝ちたければクロフネつれてこいよ!
ホクトベガは最期が悲劇だったのですごく印象に残っている。ダートで強い牝馬は後にも先にも彼女くらいでしょうね。
最強の女性…まあ最近だとウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、レッドディザイアなど強い女ばかりだが、自分にとっての最強の女性・・・・ヒシアマゾンかな?
まあウオッカやエアグルーヴの年度代表馬2頭を押しのけて彼女と言うのは異論はあるかも知れないが、彼女達は環境に恵まれていた。しかし彼女はそうではない。今みたいに出られるレースが自由でなかったし、制限されていた。それでも距離や相手を問わず好勝負を演じていた。もし今みたいに外国馬にもクラシックが解放されていて、路線整備されていたらまあ牝馬3冠は堅かっただろうと思う。
しかしながら産駒成績をふくめると完全にエアグルーヴが最強となってしまう。いや・・・そう考えるとスカーレットブーケが最強か…シスタートウショウやイソノルーブルと言ったGⅠ馬を押しのけて・・・(笑)
【アナログな自分】
こうやってブログをやっていて、データをエクセルなどで編集しているにも関わらず自分はアナログタイプだと思っています。
まず馬券をネット購入していない点。うちの父親ですら馬券を携帯で購入しているにもかかわらず、自分はいまだにウインズや競馬場で馬券を購入しております。別にネット購入ができないほどデジタル音痴というわけではなく、馬券を買うときの緊張感というのをこの手で感じたいというのが本当のところです。どの馬で勝負するか決めて販売機で金を突っ込む瞬間というのはすごく緊張します。初めて単勝だけで3000円勝負した08年の皐月賞の時はもう心臓バクバクでした。まあ頭はデジタルでも、心はアナログ…そういう感じで競馬に挑んでいるうちは競馬に関して正常な(?)感覚を持っていんだなと思います。
うちの父親の場合は地理上の問題もあってからそうしているかもしれませんが、父親と同じ地理上の問題があっても自分はおそらく中山なり、錦糸町なりに交通費をかけて馬券を買っているのではないかと思っています。そう考えると今自分が住んでいる新小岩というところはかなり恵まれた環境だなあと思います。まあそれ抜きにしてもいい場所で引っ越すなら同じ新小岩のどこかでしょうね。
まあ勢いで書いたので、こんなところで。また競馬休日の期間(6月の安田記念~宝塚記念の間)あたりにこういう自分の競馬ネタを書いていこうと思います。
2周年ということで何か書こうかと思いましたが、いいネタが思いつきませんでした。
そんなある日、このようなメールをもらいました。
『万世さんが、(競馬を始めた)きっかけって何ですか?』
メールで返事をしようとしたが、こういうことを語らせると長くなるのが万世の特徴。まあこのメールを出された方も自分のブログを知っているということなので、しかもいいネタが飛び込んできたということで拙い表現ですが、万世が競馬を始めたきっかけを簡単に(?)書こうと思います。
【きっかけ】
自分が競馬を始めたのは1992年。中学1年の時です。
父親が食卓で『日刊ゲンダイ』の一番後ろのページをジッと読んでいた記事が天皇賞(秋)の出走表でした。それに興味を持ったのが競馬を始めるきっかけでした。その時出走した馬で唯一自分が知っていた馬がトウカイテイオーでした。当然天皇賞はそのトウカイテイオーがらみの馬券を買ったのを覚えています。結果はと言うとハイペースにトウカイテイオーが巻き込まれて惨敗して、レッツゴーターキンが1着で、ムービースターが2着という馬連で万馬券というとんでもない結果でした。(当時は馬連が最高だった)
まあ初回ビギナーズラックで馬券を的中したのがきっかけで競馬を始めたという人と比べると自分にとって初めての競馬は散々な結果でした。
【初的中】
自分の馬券初的中は92年のJCです。天皇賞で負けたトウカイテイオーがこのレースに出走していました。いまでこそJCは日本馬の独壇場ですが、当時のJCは『外国馬無双』の状態で日本馬が勝つことがめったにありませんでした。(それまで日本馬での勝ち馬はカツラギエースとシンボリルドルフだけ)。しかもこの年の外国馬が一番強いメンバーがそろっていて単勝人気は1~4人気が外国馬でトウカイテイオーが5人気で日本馬最上位でした。うちの父親は「トウカイテイオーは来るのか…」と半信半疑でした。当時の自分は今みたいに予想に徹しているわけではなく、好きな馬を買うスタイルだったので「トウカイテイオーが来る!勝ってくれるんだ!!」という想いだけで買ってました。
レース結果は直線でのナチュラリズムとの叩きあいでトウカイテイオーが半馬身先行して勝ちました。テレビの前ですごく絶叫したのを覚えてます。馬連を買っていたのでたしか・・・5000円くらいだったでしょうか?中学生の自分にとって100円が5000円になるというのは驚き以外の何物でもありませんでした。
ちなみに岡部騎手のあの時のガッツポーズがすごい貴重なものだと気付いたのはつい5年前のことです。(苦笑)
【競馬歴】
1992年から2010年までの18年ずっと競馬をやっていたわけではありません。(まあ当然だが)その間にレースは軽く見ていた程度の時期もありました。大学時代(98~02年)は歴史の方に夢中で競馬をやった記憶はあまりありません。自分の中で分類すると・・・
92~97年・・・・・・・第1次競馬ブーム
98~01年春・・・・・・競馬休日期間(大学時代)
01~03年春・・・・・・第2次競馬ブーム
03春~04年夏・・・・・競馬休日期間(地元で就職してた頃)
04年夏~08年2月・・・第3次競馬ブーム
08年3月~・・・・・・・『万世六兵太の乾坤一擲!』
なんかボーリングのブームみたいになっていますが…(笑)
一番競馬に充実していた時期は競馬を始めたての第1次と今ですね。馬券だけで考えるとこのブログを始めるまで如何にいい加減に競馬予想をして勝負をしていたことか…そう考えると穴があったら入りたい気分です(苦笑)
【一番最初に好きになった馬】
メールくれた方には上の3つ答えるくらいで十分だとは思いつつ、書き出すと止まらなくなってくる(笑)
一番最初に好きになった馬はライスシャワーですね。この馬を一言で言うと『強者に対して強い馬』ですね。92年の菊花賞馬にして、93・95年の天皇賞(春)を勝った馬。
92年の菊花賞ではミホノブルボンの3冠を阻止し、93年の天皇賞(春)では当時最強のステイヤーであったメジロマックイーンの天皇賞(春)3連覇を阻止した。3000m以上でのレースに強く、自分より強いものに対して挑戦して倒すというのが自分は好きでした。まあ人気を背負うと弱いという面もありましたが…。自分が高校で陸上部に入って長距離に進んだのは彼の影響が多分にあっただろうと思います(実話です)。だから彼が宝塚記念においてアクシデントでこの世を去った時はすごく悲しかったし、2週間ぬけがらの状態でした。ちなみにうちの伯父はテンポイントの悲劇の時、1カ月以上立ち直れなかったそうです。最近も毎日杯でザタイキが不慮の事故で死んでしまうということがありました。競馬好きな人にとってこうした悲劇は起きてほしくはないものです。
【好きな女性と最強の女性】
といっても人間じゃなくて馬の方ですよ。(笑)
牝馬で好きな馬はノースフライト、ファビラスラフィン、ホクトベガ、まあ最近嫁発言をよくするカノヤザクラですかね・・・。好きな馬は沢山いるんですが、すぐにと言ったらこの辺がすぐに出てきます。まあ馬の詳細の方はクリックして自分で調べていただくとして、それぞれ一言述べると
ノースフライト・・・マイルならウオッカとも互角以上にやれる
ファビラスラフィン・・もう1年やってたらエアグルーヴの前に大きな壁となって立ちはだかっていた
ホクトベガ・・・カネヒキリ??ヴァーミリアン??この馬に勝ちたければクロフネつれてこいよ!
ホクトベガは最期が悲劇だったのですごく印象に残っている。ダートで強い牝馬は後にも先にも彼女くらいでしょうね。
最強の女性…まあ最近だとウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、レッドディザイアなど強い女ばかりだが、自分にとっての最強の女性・・・・ヒシアマゾンかな?
まあウオッカやエアグルーヴの年度代表馬2頭を押しのけて彼女と言うのは異論はあるかも知れないが、彼女達は環境に恵まれていた。しかし彼女はそうではない。今みたいに出られるレースが自由でなかったし、制限されていた。それでも距離や相手を問わず好勝負を演じていた。もし今みたいに外国馬にもクラシックが解放されていて、路線整備されていたらまあ牝馬3冠は堅かっただろうと思う。
しかしながら産駒成績をふくめると完全にエアグルーヴが最強となってしまう。いや・・・そう考えるとスカーレットブーケが最強か…シスタートウショウやイソノルーブルと言ったGⅠ馬を押しのけて・・・(笑)
【アナログな自分】
こうやってブログをやっていて、データをエクセルなどで編集しているにも関わらず自分はアナログタイプだと思っています。
まず馬券をネット購入していない点。うちの父親ですら馬券を携帯で購入しているにもかかわらず、自分はいまだにウインズや競馬場で馬券を購入しております。別にネット購入ができないほどデジタル音痴というわけではなく、馬券を買うときの緊張感というのをこの手で感じたいというのが本当のところです。どの馬で勝負するか決めて販売機で金を突っ込む瞬間というのはすごく緊張します。初めて単勝だけで3000円勝負した08年の皐月賞の時はもう心臓バクバクでした。まあ頭はデジタルでも、心はアナログ…そういう感じで競馬に挑んでいるうちは競馬に関して正常な(?)感覚を持っていんだなと思います。
うちの父親の場合は地理上の問題もあってからそうしているかもしれませんが、父親と同じ地理上の問題があっても自分はおそらく中山なり、錦糸町なりに交通費をかけて馬券を買っているのではないかと思っています。そう考えると今自分が住んでいる新小岩というところはかなり恵まれた環境だなあと思います。まあそれ抜きにしてもいい場所で引っ越すなら同じ新小岩のどこかでしょうね。
まあ勢いで書いたので、こんなところで。また競馬休日の期間(6月の安田記念~宝塚記念の間)あたりにこういう自分の競馬ネタを書いていこうと思います。