中田人材経営サロン

元ソニー人事部長であり、青山学院大学客員教授の中田研一郎より、企業の視点と個人の視点で「キャリア」「生き方」を語ります。

今なぜグローバル人事? ~その一~

2008-07-26 22:00:15 | パブリシティー
今なぜグローバル人事?
~その一~



日本の総人口は、2006年に12、779万人とピークアウトし、長期予測の2100年には多く見積もっても、6、400万人少ない場合には3、770万人となると予想されている。(税制調査会「第10回基礎問題小委員会資料」)また経済活動に直接的な影響を持つ就労人口を見ると現在の8、442万人が2055年には46%減の4、995万人になると予測されている。(国立社会保障・人口問題研究所『日本の人口将来推計人口(平成18年12月推計)による隔年10月1日現在の推計人)。また、2007年12月の雇用問題研究会の検討によれば、育児制度の充実などの施策によって女性の仕事と家庭の両立を支援することにより、またニートやフリーターなど若者の就業を支援し、また高齢者への就業支援をするなどの諸施策をすることにより就労人口の減少を緩和する措置が有効に機能したとしても、中長期的に日本において経済活動を担う人材が産業界において絶対的に不足すると予測されている。ここまで急速に労働力が不足していくという現象は、最早予測の問題というべきではなく、現実的な「見えたる危機」というべきであろう。

さらにこのような労働力の量的な不足以上に深刻なのは、人材の質の変化である。日本の大学進学において若者の理系離れが言われて久しいが、大学で理科系を志望する生徒の数を見ると1990年代の60万人台に対し、2007年には30万人以下に減少している。もっとも医科、歯科などの理科系はむしろ50%増と増加しており、減少が甚だしいのはエレクトロニクスや、情報系などいわゆる製造業を支える分野の学生である。産業構造がハードからソフト移行するにつれて大学で電気、情報や機械を専攻しても就職はコンサルタント会社や銀行というケースもかなり増えている。このような理系の不人気もあいまって関東6大学の電気系学科の偏差値が50を下回るというような現象も出ている。(河合塾)すなわち、日本において製造業の基盤を支えるエンジニアの人材供給力が過去10数年の間に急速に低下しつつあるのである。

これは数字の統計を見るまでもなく、筆者が旧職のソニー株式会社の採用の責任者をしていたときに、電気学科の新卒採用は毎年採用予定数を質的な裏づけを持って十分に確保することが難しかったという経験からも実感できる変化である。ソニーのような就活学生の間で人気のある企業でさえ人材の確保は容易ではなくなっているのであるから、産業界全体として近年必要人材の確保が困難になっていることを否定する企業の採用担当者は殆どいないであろう

日本企業はバブル崩壊後十数年を経て人と債務と設備の三大過剰を解消することにより体質強化を行ってきた。今後、日本経済を再度健全な成長路線にのせるには、経営資源の中で一番重要な人的資源を十分に確保することが何よりも大きな課題である。過去2年の新卒採用は、求人倍率が2倍を超えるような積極的な動きとなっているが、1990年前後のバブル期の採用と比べると、上記のような変化により、人材の供給サイドの量と質の制約条件がある点で本質的に異なっている。

長期的に日本の人口の動態変化を見ると、2100年の日本の人口(中位推計で4、771万人)は1900年のころの人口(4、385万人)に戻るので、100年かけて人口が倍増し、同じく100年かけて半減するということになる。(税制調査会基礎問題小委員会・平成16年4月23日)日本の総人口の推移を200年通期で見るとちょうど富士山のような形となる。今は富士山の8合目付近にいて90年かけて御殿場口まで下山していくのである。

このまま行くと何が起こるのであろうか?生産年齢人口の伸びとGDPの伸びは密接な相関関係がある。

図表1

上記図表1に明らかなように5年毎の両者の関係を見ると生産年齢人口の伸び率は既に2000年にゼロとなっているので、今後の日本のGDPの伸び率に大きな期待が出来ないことは、この過去の相関関係の実績が教えるところである。



図表2

これを各国比較に置き直してみると、上記図表2でみるように、2015年の今から僅か7年後には中国のGDPが日本を追い抜くというにわかに信じがたい予測もある。更に中国のGDPは2040年には米国を追い抜くという予測を考えると、日本の停滞や衰退以上にBRICs諸国の成長が甚だしいと考えるべきなのであろう。日本は現状維持しているつもりでもそれは同じ所にとどまるということではなく、成長している国との比較では退歩しているということになるのである。

日本企業は日本においては、ほぼ100%日本人を採用し、日本人が経営をしてきた。いわば日本人に閉じたクローズド・コミュニティを形成して、密度の高いコミュニケーションを行い人材の同質性を強みにして経済成長を実現してきた。人材の採用と活用が日本人中心で終身雇用体制という閉じた系の中にあることは、バブル崩壊まではその価値を疑う余地がないほど強力な成功モデルであった。しかし、日本の経済成長のピークは遠く昔に終えて、経済活動の担い手である人材群も富士山の頂上に達したあと、いまやひたすら下山をするベクトルに入った。この現実を直視すると“日本人に閉じたクローズド・コミュニティ”の日本企業は、強力な“成功モデル“と真逆の“自沈モデル"になる恐れのあることに気付かなければならない。

人材のダイバーシフィケーション(多様化)は、ここ数年企業人事の主要な問題意識になりつつあるが、その実態を見ると“日本人に閉じたクローズド・コミュニティ"に多様性を取り込み、世界に開かれた”オープン・アーキテクチャー”に変化させているとはとても言いがたい。せいぜい女性活性化の方針を打ち出し育児制度の改善や女性の経営幹部への登用を推進する動きが少し見られるという程度で、その実態は先進諸国と比較すべくもない。(図表23)



ましてや外国人の採用や幹部への登用ということになると統計上の数字として意味のあるレベルにはまったく達していないといっても過言ではないだろう。人材の多様化を基本方針に掲げている会社でも「うちの会社にもこんな外国人社員がいます」ともの珍しげに宣伝しているのが実態である。

グローバル化というとすぐに「人材の多様化」を考え、外国人の採用をすればいいと短絡化した結論になるきらいがあるが、そもそも企業にとってグローバル化とは何なのかということの本質を今一歩深く考える必要がある。

1990年代のインターネットの爆発的な普及により、世界経済は情報インフラが国単位からボーダレス化したグローバル単位になった。また共産圏の崩壊により30億人の労働力は一気に資本主義社会に参画し、大競争時代が始まった。これらの要因によって、企業の経済活動は「国際化」の時代から「グローバル化」の時代に急速に移行した。

『国際化』の時代には日本企業は、日本から海外に輸出し、更に生産拠点を海外にシフトさせることにより価格競争力をつけ、海外販売ネットワークを海外に展開してその競争力を維持できた。
しかし、『グローバル化』の時代の成長の主役はいわゆるBRICs諸国に交代しつつある。中国をはじめとしてこれらの諸国は、製品あるいは原材料、資源を圧倒的な競争力を持って輸出しているが、注目すべきなのは、これらBRICsの国内マーケットの成長である。第二次大戦後、米国が世界中から資源と製品を購買することにより世界経済は成長発展してきた。しかし、いまや中国が携帯電話、テレビ、冷蔵庫などの製品あるいは穀物、肉、石炭、鉄鋼、肥料などの原材料について米国を追い抜いて世界一の消費大国になり、インドもその次に控えている。中国の国内マーケットはその規模において今世紀半ばには間違いなく米国を追い越すといわれている。ロシアは中東に並ぶ原油の輸出国として世界中から膨大な資金が流入している。ブラジルも農産物や鉱物資源を輸出し国内の経済基盤が急速に強くなりつつある。すなわち、かつてはもっぱら生産拠点であったBARICsは今や著しい経済成長に支えられて、一大国内マーケットを形成する動きとなっており、先進国対発展途上国という半世紀にわたって続いてきた20世紀型の経済格差の構図には、地殻変動にも似た大変動が起きつつある。

このような経済のグローバル化の大変動の中にあって日本企業は“日本人に閉じたクローズド・コミュニティ”をそのまま維持して生き残ることが出来るのであろうか?答えは明らかである。このままいくと経営資源の最たる人的資源の欠乏が、経済活動の制約条件となることは避けられないであろう。
従来内需型産業といわれた食品、日用品、衣料、製薬業界も人口減で内需の伸びが期待できない日本国内マーケットに見切りをつけて、内需依存から海外に成長の軸足を移している。日本鉄鋼大手も世界マーケットで地盤沈下し、2007年度の粗鋼生産の世界シェアーは13.6%から9.1%に落ち込んだ。一方、中国の粗鋼生産量は過去15年間で6倍となり日本の4倍の規模となった。そのため日本の鉄鋼大手も高炉を海外に建設し、グローバル マーケットでシェアーの奪回を図ろうとしている。(2008年4月9日日経新聞)すなわち、経済活動のグローバル化は待ったなしの状況に立ち至っており、企業も急速にその対応策に追われている。

それでは、グローバル化時代の組織と個人はこのようなグローバル経済の変化に呼応してどのように変化すべきなのであろうか?

まず、個人のレベルでいうと「画一性、同質性」から「多様性、異質性」の取り込みへの変化を迫られるであろう。
また、組織のレベルでいうと、クローズド・コミュニティからオ-プン・アーキテクチャーへの変化が必須である。世界が同時多発的に多様なサービス、商品を求める時代にあっては、経済のシステムは物理的、時間的制約条件の消失により資金、人、もの、情報などの経営資源の使い方に巨大な変化が生じるであろう。経営資源の調達を国内に限定するのではなく、広くグローバルに求めていかなければならない。資金、もの、情報などの経営資源については、多くの大企業は既にグローバルなオペレーションに変化している。しかし、最大の課題は、経営資源の中で一番大事な「人的資源」だけは、日本企業は世界に開かれていないということである。これをいかにして世界に開かれたオ-プン・アーキテクチャーにするかということが真のグローバル企業になれるかどうかの試金石である。

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