褒めまくる映画伝道師のブログ

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映画 眼には眼を(1957) 猛烈な復讐劇です

2021年04月07日 | 映画(ま行)
 タイトル名の由来は多くの人が知っている『眼には眼を歯には歯を』。この言葉の意味を、やられたらやり返せ、なんて復讐することを強く勧める時に使っている人を見かける。しかし、もっと深く意味を探っていくと『被害者が被った傷に対して、同等の傷を加害者にも与え返すこと』。同等というところが重要で、ドラマで流行った台詞である『倍返しだ』なんて仕返しは、『眼には眼を歯には歯を』の範疇を超えていることになる。
 さて、今回紹介する映画眼には眼をだが、イスラム圏の中東の国を舞台にした復讐劇。しかしながら本作はフランス映画であり、怖い目に遭うのがフランス人。そして監督のアンドレ・カイヤットが社会派映画を多く撮っていることを知っていれば、本作が単なる復讐を描いたサスペンス映画以上の深読み可能な映画に思える。

 ちょっとばかり、どころか理不尽にさえ思える復讐劇のストーリーの紹介をできるだけ簡単に。
 ある中東の国において。フランス人医師ヴァルテル(クルト・ユルゲンス)は長時間に及ぶ手術を終えて自宅でくつろいでいた。そこへ、『妻の容態が悪くなったので診察してくれ』と現地人のボルタク(フォルコ・ルリ)がやって来る。しかし、ヴァルテルは病院へ行けば他の医者が居るから診てもらえと追い返す。
 翌朝、ヴァルテルが病院へ向かうとビックリ。ボルタクの奥さんは若い医者の誤診による手術の失敗で死んでしまっていた。そこからボルタクのヴァルテルに対しての嫌がらせが始まる。最初は迷惑電話に始まり、怪しげな尾行。ところがそんなものは序の口で・・・

 実は面白くなるのはストーリー紹介の後から。ボルタクは巧みにヴァルテルを砂漠に誘い込み、とことん連れまわす。その連れまわし方が半端ないドエスっぷりを発揮する。例えば、こんな感じだ。一緒に高所のケーブルに乗り込むのだが、ヴァルテルの持っていた食料と飲料水を偶然を装って落としてしまう。また、とことん疲労と渇きで消耗し切ったヴァルテルに対し、あの小高い山の向こうに見えるのが目的地だよと言って、見に行ってみると見えるのは果てしなく続く砂漠の山岳地帯の景色のみ。そして、あそこに井戸がありますよ、なんて教えられて行ってみると空井戸だったり、肉体のみならず精神的にもとことん追い詰める。ヴァルテルの整えられていたヘアスタイルが次第にハゲ激しく乱れていくのが何とも哀れだ。そして、観ている我々はボルタクの真意を知った時に、『眼には眼を』の意味を理解する。
 正直なところ、ヴァルテルは医者として法律を犯したわけでもなく、倫理的に問題があったとは、個人的には思えない。偶然にも不運が重なり、ボルタクの奥さんが亡くなる不幸があった。実際にヴァルテルも少しは反省しているような行動も見られる。しかし、イスラム社会と西洋社会の異なる価値観の違いがとんでもない悲劇をもたらすことがあるように、相手の本性を見誤ると酷い目に遭うのは俺も経験している。そして、本作が優れているのが、単なる復讐劇で終わらないところ。その後にとことん追い詰められた人間の本性が描かれているのだが、最後に強烈な結末を見ることができる。
 本作を思い返すと、話が都合よく進み過ぎているきらいがあるが、観ている最中はそんなことに全く気付かない。なかなか先行きが読めないから飽きさせないし、それでいて社会派的な面を見せる映画。そして、なるべく人から恨まれるような行為を避けなければいけない、という教訓を得られる眼には眼をを今回はお勧め映画として挙げておこう

 監督は前述したアンドレ・カイヤット。陪審制度についての是非を問いかけるような裁きは終わりぬをこの機会にお勧めしておこう。
 

 
 



 
 

 
 

 
 

 
 
 

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