恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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岩国への移転、県も「容認できない」

2006年03月24日 | 基地・有事体制
■ 山口県が政府に要望書

 住民投票の結果、9割近くが反対を表明した、米軍空母艦載機部隊の岩国基地への移転計画について、山口県知事は23日に防衛庁・外務省を訪れ、「直ちに容認できる状況にはない」とした県の要望書を提出しました。
 合併前の岩国市で示された「撤回要求」については「踏み込み過ぎ」とし、「容認できない」という表現にトーンダウンしたものの、知事が、旧岩国市だけでなく合併した周辺町村など県民の声を受け止め、明確に受け入れに反対する姿勢を、政府に示したことを評価したいと思います。

■ 「民主主義の学校」に学べ

 「地方自治は民主主義の学校」と言います。
 普段から頻繁に顔を合わせる人々が地域コミュニティをつくり、その中で代表者である首長や議員が選ばれます。言わば、双方に「顔の見える政治」が、そこにはあります。
 いわゆる「平成の大合併」や議員定数削減などで、代表者は遠い存在になり、こうした地域コミュニティが壊されつつあることは残念ですが、まだ国政に比べれば、遥かに「顔の見える」ものです。
 今回の基地移転で、市が行った住民投票で「受け入れ反対」「撤回」の意志が示されました。そして、県が市民・県民の声を受け止め「容認できない」という意志を示しました。
 今、国政を預かる人々、そして私たち国民に求められているのは、この「民主主義の学校」に学ぶことではないでしょうか。

■ 声を大きく、強く

 これは今回に限ったことではありません。小泉政権下での様々な政策を見ていると、一体どれだけ国民の声に耳を傾けようとしているのか、全く分からないものばかりです。
 こちらからは小泉首相の顔は見えますが、彼には、私たちどころか、地方の代弁者の声すら届かないというのであれば、独裁国家と変わりません。
 声が聞こえないなら、聞こえるように声を大きく、強く広げていく、やはりこのことが今、私たち国民にとって大切なことだと思います。
 今そうしなければ、声を上げることすらできない世の中になってしまうかもしれない、自民党の改憲案を見ていると、そうした危機感に襲われます。

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