なぎのあとさき

日記です。

其の七 土曜日

2005年09月08日 | ビーに降る愛の歌 2002

 週末で仕事は休み。Tは朝から仕事に行った。
 午前中は、自転車で一回りビーを探した後で、昨日リストアップした公共施設に電話をかけまくって過ごした。夏休み中の土曜とはいっても、守衛や職員など誰かしら電話に出た。
「あの、お忙しいところすみません、私近所に住んでいる者ですが、飼い猫が家出しまして、そちらの学校の敷地内で猫を見かけることはないでしょうか」
 どこの学校でも猫くらい見かけるだろうが、電話に出た相手は皆丁寧に答えてくれた。
「猫? いますよ、いっぱいいます。校庭で糞をしていくんでね、私野球部の顧問なんですが、朝練に来た生徒が片付けてるんですよ」「そうですか」「どんな猫?」 ビーの特徴を説明する。「そう、じゃあ気をつけて見とくよ」「あと、すみません。これからファックスで猫の特徴を書いた紙を送りますので、学校にいらっしゃる他の方にも聞いてみていただけるとありがたいのですが」「いいですよ」「その紙に私の連絡先を書いておきますので、どんな情報でもありましたらご連絡ください」「わかりました」「それとですね、学校の門の前に尋ね猫の張り紙をしてもよろしいですか? もちろん後ではがしますので」「いいですよ」
 そんなやりとりを、学校や寺社など十数件に電話して繰り返した。
今思えば、猫を見かけたら連絡してくれ、なんて図々しいお願いのような気もするが、藁にもすがりたい私は必死で見ず知らずの人々にお願いして、彼らを信じた。皆、親切に対応してくれて、電話したすべての施設に迷い猫のチラシをファックスで送った。
それから自転車で、電話した各施設を回り、目立つところにチラシを貼った。
さらに動物病院、ペットフードを置いている店にはお店の中と外にチラシを貼らせてもらった。

 インターネットで迷い猫マニュアルを調べたCが、「ペットがいなくなったとき、まず最初にすることは警察に届けを出すことらしいよ」と教えてくれたので交番にも行った。
 交番に行って事情を話すと、「は? 猫?」と警官は面食らった顔をした。「警察に届けを出すと聞いたんです!」といって、半ばごり押しで盗難届けと同じように、いつ、どこで、どんな猫がいなくなったか警察官にメモをとってもらった。「何か情報があったら連絡してください」と強くいって、交番を後にした。

 じっとしていると息が苦しくなって胸が痛むけれど、ビーを探して動き回っているときは普通に呼吸ができた。できることは何でもやろうと思って、ペット探偵にも電話してみることにした。
 ネットで何件かピックアップしたけれど、どこも結構なお金がかかり、どこまで信用できるのかがよくわからない。とりあえず、「テレビの特番でおなじみ」がうたい文句の、大手探偵社に電話をかけてみた。
「あの、猫が家出したのでお願いしようかな、と思いまして」
「どれくらい帰ってこないんですか?」、40代くらいの男性の声だった。
「今日で6日になります」
「清掃局には電話した?」
 清掃局、と聞いて、頭が割れるように痛み始めた。目の前が真っ暗になって言葉が出ない。
「1週間も猫が帰らないっていうときはね~、8割がた事故だね」
 あまりのショックでそのまま電話を切った。
 涙が溢れてきた。清掃局という味気ない言葉が頭の中に鳴り響いていた。その言葉をビーにリンクするつもりはない。いなくなった夜からずっと家の周りの通りはチェックして、事故にあった猫は1匹も見ていない。8割がたという言葉も、そのまま信じたわけではないけれど、あまりにもショッキングな言葉に胸が苦しくて仕方ないので、頭を床に打ち付けた。いくら打ち付けても苦しさが治まらないので、ステレオに手を伸ばしてCDの再生ボタンを押し、3曲目、『Is this love』をかけた。

I wanna love you and treat you right;
I wanna love you every day and every night:
We'll be together with a roof right over our heads;
We'll share the shelter of my single bed;
We'll share the same room, yeah! - for Jah provide the bread.
Is this love - is this love - is this love -
Is this love that I'm feelin'?

 ビーのことだけ考えて、ビーに伝わるように、強い気持ちをこめて、涙ながらに大声で歌った。ビーには私の声が聞こえていると信じていた。私はここにいるよ。ビーの家はここよ。愛してる。愛してる。愛してる。

 歌の途中でCが来た。泣いている私を見て、
「どうしたの! 何かあったの?」
「今ね、ペット探偵に電話したら、いきなり清掃局に電話しろっていわれて、家出猫は8割がた事故っていわれて」、ウワ~ッと泣いた。
「どこのペット探偵? この番号? よし、電話してくる」
 Cは外に出てからしばらくして戻り、
「当分立ち直れないくらい落としてやったから。ありえないよ。Nちゃんがどんな気持ちで電話してるのかも考えないでそんなこというなんて。あのオヤジの仕事も人間性も全部否定してやったから。気にしちゃだめだよ、あんなやつのいうこと」
「うん、ありがとう」
「さあ、ビーを探そう」
 もうペット探偵に頼む気はなくなっていた。その分自分で探せばいい。土曜日で時間があったので、明るいうちから広い範囲を探したけれどビーはいなかった。

 気分転換に、少しドライブをした。Cは適当に車を走らせているようだったけれど、気がつくと狛江にいた。狛江はビーの生まれた町だ。川が近くて、緑が多く残っている。私は川に、緑に、木に、そこにいる八百万の神々に祈った。ビーが元気でいて、うちに帰ってくるように。青い空に、夏らしい大きい雲があった。そのアーモンド形の大きい雲は、紛れもなくビーの形だった。耳を伏せて、口をあけて、ネズミのような小さい雲を追いかけていた。その雲が「ビーは元気でいるよ」というビーからのメッセージだと思って、涙が止まらなかった。離れていてもメッセージを送ってくれるなんて、賢くて思いやりのあるビーらしいと思って泣いた。

 Tに電話して、念のため清掃局の問い合わせを頼んだ。恐ろしくて、「絶対ないとは思うけど万が一のことが万が一あったとしても、そんなことはないとは絶対ないとは思うけど、私にはいわないで」と頼んだ。
しばらくするとTから電話があり、「この辺りで8月に入ってから猫の事故の記録はないって。大丈夫、ビーは事故なんかに遭う猫じゃないよ。どっかで遊んでるよ」。恐ろしくて嫌だったけど、この問い合わせをしたことで、事故の可能性はゼロだと確信することができた。
ビーはどこかにいて、ビーも私を探しているのだ。

 夜もビーを探したけれど見つからなかった。
 食事が喉をとおらず、何を食べても味がしなかったけれど、スイカだけは美味しく食べられた。


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