golf130のクラシックお笑い原理主義

オッサンのしがない日常や妄想話とその日聴いた音楽。

ペルト「ヨハネ受難曲」ヒリヤード・アンサンブル

2008-07-26 21:43:59 | Weblog
今日は来日中の作曲家のサンジウ・ゴルヒャークさんにお話をお伺いします。

ゴルヒャークさんは大変な親日家とお聞きしておりますが、何回目の来日でいらっしゃいますか?

え~と、もう130回目の日本訪問になるでしょうか。

えっ!そんなにいらっしゃってましたっけ?

この前の来日が1ダース、従って今回は13回目でした。ごめんなさい、まだ日本語時々間違えるので。

外国語で数は間違える易いですからね。でも、とてもお上手な日本語でいらっしゃいますよ。

ところで、ゴルヒャークさんの作曲技法は「猫の首鈴様式」と呼ばれていらっしゃいますが、来日されている時にインスピレーションが湧かれたそうですね。

そうです。あれは3回目日本訪問の時でした。私は日本をもっと知ろうという目的を持って、下町にあるところの路地裏と呼ばれる場所を歩き廻っておりました。

その時、男が魚、秋刀魚と呼ばれる、を焼いていました。

突然、一匹の猫が急速に出現しました。そしてそれが男の所有する秋刀魚を窃盗したのです。

彼の心は大きな怒りを所有しました。

彼は自分の履き物、下駄と呼ばれる日本古来の、をそれに向かって投げました。

それは猫の背中に当たりました。私の耳に、ギャーという鳴き声とリンという鈴の音が一つの音響として届きました。

この時、「猫の首鈴様式」のインスピレーションが浮かびました。

更に一言付け加えるならば、猫の歪んだ顔と、秋刀魚を焼く香りも含めた総合芸術が其処に存在しました。

私は今新しいオペラを作曲しています。それは従来のオペラに、香りという一次元を付加した大変画期的なものです。来年には日本でも上演予定です。

それは楽しみです。

しかし、哲学的で深いゴルヒャークさんの「猫の首鈴様式」が、日常的で通俗的な事象が切っ掛けで出来たということにちょっとショックも受けております。

―――――

ところで、昔は飼い猫は鈴の付いた首輪をしている、という社会の暗黙のルールみたいなものがあったのでしょうか?サザエさんちの「たま」もそうですよね。

「首輪してないからこいつ野良だ」なんて子供の頃判断してましたっけ。

ジョージ(イエス、バス)、ポッター(ピラト、テノール)、ドーソン(福音史家、ソプラノ)、ジェイムズ(福音史家、カウンターテノール)、カーヴィ=クランプ(福音史家、テノール)、ジョーンズ(福音史家、バリトン)、レイトン(ヴァイオリン)、マックスウェル(オーボエ)、ウィルソン(チェロ)、ダケット(ファゴット)、バウアーズ=ブロードベント(オルガン)、ザ・ウェスターン・ウィンド・チェンバー・クァイア、ヒリヤー指揮(ECM盤)

エストニアの作曲家アルヴォ・ペルト(1935~)の宗教曲。

この曲、福音史家が4人!何ですね。約20年前に購入したCDですが今日初めて知りました。如何にライナーノーツをまともに読んでいないか(笑)。

「ティンティナブリ(鈴鳴らし)様式」という独自の静謐な音楽。

と言っても別に鈴が鳴る訳ではありません。静かに鈴を鳴らし続けているような淡々とした音楽です。

この70分を超える大作も、音楽が果たして進行しているのか停止しているのか分からないような静寂さが継続します。大きな盛り上がりも変化も無く淡々と音楽が流れて行きます。

本当に久しぶり(10年ぶり位?)に取り出したCDですが、昔はその余りの静謐に息苦しさも感じたのですが、改めて聴いてみると限り無い美しさを湛えた曲ですね。

ヒリヤー率いる透明度の高く声楽に各種楽器が絡み、蒸し暑いに質の高い清涼感をもたらしてくれます。

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