極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

青空ひとりきり

2019年05月28日 | 現代歌謡

   

                                                                                                        

5.公冶長  こうやちょう 

ことば --------------------------------------------------------------------------
全28章のほとんどすべてが人物批評である。
「人に禦る(あたる)に口給をもってすれば、しばしば人に憎まる」(5)
「道行なわれず、俘(いかだ)に乗りて海に浮かばん」(7)
「回や一を聞きてもって十を知る。賜や一を聞きてもって二を知る」(9)
「われいまだその過ちを見て、内にみずから訟むる者を見ず」(27)
 ---------------------------------------------------------------------------------- 

3 孔子が弟子の子賤をこう評した。 「ああいう人物が君子なのだ。それにしても、もし
魯の国にかれの検鏡となる君子がほかにいなかったとすれば、かれがああなれるはずはない」        

〈子賤〉 姓は窓、名は不斉、子賤は宇。魯の人。孔子より四十九歳年少。『呂氏春秋』に
次のような話がある。───子賤が単父の長官であったとき、かれは終日、琴を強いて庁舎
から外に出ることはなかったが、よく冶まった。一方、巫馬期(七130参照)も同じ単父の
長官をつとめたが、日夜奔走してはじめてよく洽まった。なぜこうも違うのかという巫馬期
の問いに、子賤は、「人を使うか、何もかも自力で片づけようとするかの違いです」と答え
ている。

子謂子賎、君子哉若人、魯無君子者、斯焉取斯。/子、子賎(しせん)を謂(い)わく、君子な
るかな、若(かくのごと)き人。魯に君子なかりせば、斯(こ)れ焉(いず)くにか斯れを取らん。

Confucius talked about Zi Jian,
"He is a gentleman. He can be a gentleman because there are some good examples
for him in the country of Lu."




 

【ポストエネルギー革命序論Ⅱ】

 

今回は、「ゼロ・ウエスト」と「再エネ由来水素による炭化水素化合物製造」の
技術開発戦略策から下記の最新技術報告からわたし(たち)が考える「ポスト・
エネルギー革命社会」を覗いてみたい。

 

 パルスパワーを用いた画期的な電子廃棄物リサイクリング法の開発

5月15日、熊本大学らの研究グループは、電子機器の数が世界中で増加するに
つれて、電気電子機器廃棄物(電子廃棄物)を効率よくリサイクルする方法が課
題になってちるが、毎年約5,000万トンの電子廃棄物が発生し、そのうち20%しか
リサイクルされず、残りの80%のほとんどは最終的に埋め立て処理、環境問題が
懸念されていおり、現在、電子廃棄物のリサイクルは、高価なメカニカルクラッ
シャーやケミカルバス(化学浴)を使用したり、安全上・環境上のリスクが生じ
る手作業などで行われている。今回、よりクリーンで効率的なリサイクル方法を
開発するためにパルスパワー───コンクリートから水まで、さまざまな廃棄処
理に活用できることがわかっており、。パルスパワーを電子廃棄物のリサイクル
にも活用できるかどうかをテスト───を利用し電子廃棄物の1つであるCD-ROM
の分解でパルスパワーの有効性を調べました。これまでの研究では、プラスチッ
クからの金属の完全な分離には、約35 J /パルスで30パルスかかることがわかって
る(現在の東京の電気代で換算すると、この量のエネルギーは100個のCD-ROMのリ
サイクルに約0.4円かかる計算です)。この方法による材料の分離メカニズムを調
べるため、研究者らはプラズマ放電を高速カメラで観察し、シュリーレン法を用
いて衝撃波を評価し、シャドーグラフ画像を使って断片的な動きを測定し分析析。



放電の初期段階では、青白い色とオレンジの2色の発光が画像で確認。これはア
ルミニウムと表面を保護するプラスチック材料の励起を示す。プラズマが消散し
た後、金属とプラスチックの破片がCD-ROMサンプルから剥がれて飛んでいくのを
確認する。処理プロセス全体を通して撮影したシュリーレン画像からは、破壊的
衝撃波が2つの電極の周りに発生したことが明らかになる。この衝撃により、電極
の先端付近に3.5MPaを超える圧力が発生し、7.1mmで0.8MPa未満に急速に低下。物
質が分散する様子が、シュリーレン画像とシャドーグラフ画像の両方ではっきり
と観察できた。

Medium’s conductivity and stage of growth as crucial parameters for efficient hydrocarbo-
n extraction by electric field from colonial micro-algae,
  Bioelectrochemistry   123 88-93 
  2018年10月

【最新の「環境に優しい」水素製造方法】

メタン水蒸気改質(SMR)は水素製造に用いられる最も一般的な方法、農業用肥
料に用いられるアンモニアと同じように、水素は工業化学物質の合成における重
要な成分で、非常に高温で蒸気を用いて、SMR改質装置はメタンを二酸化炭素と
水素に変える。しかし、広く利用されているこの方法はCO2フットプリントが大
きい。これは温室効果ガスが反応の副産物として発生するからだけでなく、反応
促進に必要な熱を供給された化石燃料燃焼炉を使用しているからで、世界に供給
される水素の500%近くがSMRが生成されている一方で、世界のCO2排出量の3
%近くがこの方法に起因していると推定されており、また何十年にもわたってこ
の方法の効率向上が研究されてきたが、排出量の少ない代替方法は工業規模では
まだ導入されていない。今回、電気駆動型メタン改質法では、交流電流と直接電
気抵抗を使い反応装置加熱し、従来のSMRとは異なり、電化式法は反応装置全体
に均一に熱供給できるため、メタン転化を最大化でき、同時に不要な炭素副産物
の形成を抑えることができる。そのうえ、一体型加熱によって非常にコンパクト
な反応装置の設計となり、従来のSMR装置の100分の1の大きさになる。特に再生可
能資源からの発電コストが下がり続けているいま、その他の工業化学的方法も電
化することが、持続可能な道を切り開けると期待されている。





Electrified methane reforming: A compact approach to greener industrial hydrogen production
 Science,  24 May 2019: Vol. 364, Issue 6442, pp. 756-759 DOI: 10.1126/science.aaw8775



しかしながっら、日本国内では燃料電池の研究開発盛んになされ、下記特許事例
のように、コンパクトで、高い効率で、クリーン/グリーンなシステムが実用/
商用段階にあり、このブログで『オールソーラーシステム』として連載してきてお
り、政策的手法を間違いない限り、世界を席巻するものとして普及していくもの
と考える。

  特開2019-73411
メタンを炭素と水素に分解し、水素を製造するシステム


メタンの熱分解による水素の生成反応の、固体状の炭素が副生し、この炭素が反応系に残存
することで、長期間、反応を行うことが困難であるという欠点を解消し、この反応により水
素を安定に生産することのできる、さらには、長期間、連続して生産することのできるシス
テムを構築。  上流側に原料ガスであるメタンを導入する原料ガス導入口を有し、下流側に
生成ガスである水素と未反応のメタンの混合ガスを取り出す混合ガス取り出し口を有し、反
応器内においてメタン分解触媒を用いた接触熱分解によりメタンを炭素と水素に分解するメ
タン分解反応器と、この反応器の混合ガス取り出し口に連結し、混合ガスからメタンを取り
除く混合ガス分離装置を備え、この混合ガス分離装置のガス出口から純度の高い水素ガスを
取り出すことを特徴とする、水素ガス製造システム。

 
【発明を実施するための形態】 
本発明の水素ガス製造システムにおいて、メタンの接触熱分解に用いるメタン分
解触媒は、メタンを水素と炭素に分解できるものであれば特に制限されず、例え
ば、鉄、コバルト、ニッケルなどの鉄属金属や鉄属金属化合物触媒などが用い得
るが、なかでも、費用の観点から、鉄を活性成分とする触媒が望ましい。本発明
の水素ガス製造システムにおいて、メタン−水素、および、メタン−二酸化炭素の
分離に用いる分離装置としては、例えば、パラジウム合金系膜分離装置や圧力変
動吸着法(PSA)装置などの、それ自体公知のガス分離装置を用いることができる。
本発明の水素ガス製造システムは、例えば固体高分子形燃料電池などの、水素ガ
スを燃料とする燃料電池の水素ガス供給システムとして、好適である。

【実施例】   以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明は
以下の実施例に制限されるものではない。  実施例1.固定床流通式反応器を用
いたメタンの接触熱分解による水素の生成
  以下の要領で、固定床流通式反応器
を用いて、メタンの接触熱分解反応を行った。  この実験に用いた固定床流通
式反応器は、図2に示すとおり、両端に入口部と出口部を配した、内径36mm、長
さ460mmの石英ガラス製の円筒からなり、当該反応器を円筒状のヒーター内に挿
入し、全体を円筒の軸方向に水平に設置し、反応器内部の長さ方向中央、下部に、
触媒を載置するための石英ボートを設置した。触媒として酸化鉄担持アルミナ
(44%Fe2O3/Al2O3)を用い、メタンの接触分解実験を行った。触媒を上記石英ボー
ト上に200mg、反応器の長さ方向50mmにわたって載置した。反応は、窒素ガスの
流通下、反応器内部を所定の反応温度まで昇温させ、次いで、同様の温度に昇温
した原料ガスを入口から導入して行い、出口側で生成ガス組成をガスクロマトグ
ラフィーにより分析した。ガス組成の測定は、メタンと水素を対象として行った。
以下の各図ではメタンの転化率のみを示すが、水素の生成についても、メタンの
転化率に対応し、同様の挙動を示すことが確認された。

原料ガスとして、温度730℃で100%メタンガスを20cm3/minの流量で導入したとき
の、出口ガスにおけるメタンの転化率の経時変化を、図3に示す。なお、図3の
横軸において、導入開始時に導入した原料ガス(及びその反応生成物)が出口側に
到達すべき時点を0minとしている。   図3に示すとおり、原料ガス導入開始後10
〜20分程度でメタン転化率が急速に上昇し、30分後には70%程度のメタン転化率
が得られ、6時間経過時点でも50〜60%程度のメタン 転化率を維持することがで
きた。

May 16, 2019





安藤忠雄の世界:こども本の森 中之島&青春の青いリンゴ

 




   ● 今夜の一曲

上陽水/⑧青空,ひとりきり (シングル・バージョン)
作詞・作曲:井上陽水、編曲:矢野誠

楽しい事なら何でもやりたい
笑える場所ならどこへでも行く
悲しい人とは会いたくもない
涙の言葉でぬれたくはない
青空あの日の青空ひとりきり

何かを大切にしていたいけど
休でもないし心でもない
きらめく様な想い出でもない
ましてや我身の明日でもない
浮雲ぽっかり浮雲ひとりきり

仲よしこよしはなんだかあやしい
夕焼けこやけはそれよりさみしい
ひとりで見るのがはかない夢なら
ふたりで見るのはたいくつテレビ
星屑夜空は星屑ひとりきり

楽しい事なら何でもやりたい

笑える場所ならどこへでも行く
悲しい人とは会いたくもない
涙の言葉でぬれたくはない
青空あの日の青空ひとりきり


井上陽水の曲とのはじめてのであいは、心斎橋は十字屋楽曲店のアンドレ・ カン
ドレのなんと変てこな曲にして、自由な開放感に溢れた力強さに惹かれた
印象が
強烈で、日本語のもつ韻律を破壊し大陸的な新風の開放感にあった。それは戦後
歌謡の第一人者のひとりあるという確信でもあった。そんな風な当時の憧れが、
今日に感じている自分の閉塞感を打ち砕きたいという衝動にかられカーステレオ
で選曲する。折しも、建築家の安藤忠雄がテレビで、兵庫県立美術館に寄贈した
『青いリンゴ』への想いを語っていたことシンクロし、再度、ユーチューブで聴
くこととなる。そして、これからも「ひとりでいよう!」と決意を新たにする。





井上陽水(1948年8月30日-)は、シンガーソングライター、作詞家、作曲家、音
楽プロデューサー。本名・井上 陽水(いのうえ あきみ)。旧芸名:アンドレ・
カンドレ。父は高知県幡多郡佐賀町(現黒潮町)出身の元軍医・井上若水、当時
赴任していた京城(現在のソウル)で母と知り合い結婚。終戦に伴い、母が地元
の福岡県直方市[に帰郷。追って父が引き揚げ、福岡に定住。1953年、糸田町に引
っ越す。田川は何も縁のない土地で、ずっと"よそ者"意識があった。糸田小学校
糸田中学校、西田川高校と進学。家業を継いで歯科医をめざすも九州歯科大学を
受験するも失敗。二浪目の1969年「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・ク
ルセダーズ)を深夜放送で聞き、自らも高校時代に歌を録音する際に同じような
早回しテクニックで遊んでいた経験、「これなら自分にもできる」「音楽でひと
やま当てたい」と思ったのが曲作り始める。3度目の受験に失敗し、大学進学を
諦め、歌手活動に専念、1969年、RKB毎日放送のラジオ番組『スマッシュ!!11』が
放送開始、陽水は「カンドレ・マンドレ」を自宅録音(テープレコーダーを二つ
使った多重録音の擬似弾き語り)し、4月16日、テープをRKB毎日に持ち込む。こ
のとき陽水は「アンドレ・カンドレ」として放送され、数多くのリクエストを受
ける。「カンドレ・マンドレ」を改めてレコーディングし、同年9月1日、CBSソニ
ー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)からアンドレ・カンドレとして同曲で
デビュー。演奏は六文銭、編曲は小室等が担当したが、ほとんど注目されず、続
く「ビューティフル・ワンダフル・バーズ」も、松山猛と加藤和彦から楽曲提供
を受けた「花にさえ、鳥にさえ」(1970年)も不振に終わり、シングル3枚で活
動を終える。1971年、ポリドール・レコードのディレクター多賀英典に誘われて
初のアルバム『断絶』をレコーディング。インパクトを与える下の名前の「陽水」
の2文字で吉田拓郎に対抗する戦略を立てる。

翌1972年、芸名を井上陽水と改め、シングル「人生が二度あれば」で再デビュー
を果たす。「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、以後しばらく、陽水の作品
の大部分を編曲することになる。5月に「傘がない」が収録されたアルバム『断
絶』がリリースされる。陽水が売れ始めたのは、このアルバム『断絶』から。陽
水自身は売れた理由について『陽水ライヴ もどり道』ジャケット内自筆年表で、
「おりからのフォークブームでなんとなく浮上」と書く。翌1973年3月のシングル
「夢の中へ」が初のヒット作(オリコン17位、以下売り上げ順位はすべてオリコ
ン)となり、同年7月には初のライブアルバム『陽水ライヴ もどり道』がリリー
スに至る。人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌える
ように作った」とコメント。シングル「人生が二度あれば」から『氷の世界』ま
でのジャケットでは、髪型がアフロヘアー、サングラスはなしで写すが『氷の世
界』のインナースリーブにある写真の一枚ではサングラスをかけ、サングラスな
しの写真は1975年のシングル「御免」を以降著書『綺麗ごと』のために撮られた
ものなど少数の例外を除き見られなくなる。1979年のアルバム『スニーカーダン
サー』では高中正義が5曲の編曲を務め、1980年のアルバム『EVERY NIGHT』では
星勝が編曲から外れるなど、この時期にはサウンドが大きな転換を遂げている。

さらに1981年のアルバム『あやしい夜をまって』から編曲に加わった川島裕二は、
その後BANANAなどの名前で陽水の作品に多く携わり、星勝と並んで重要な位置を
占めるようになる。上述の通りセールスは伸びなかったが、この時期の作品には
「なぜか上海」「海へ来なさい」「ジェラシー」「とまどうペリカン」「カナリ
ア」「リバーサイドホテル」などが含まれ。1981年1月、特別番組でテレビ初出
演。7月『夜のヒットスタジオ』で二度目のテレビ出演、生放送は初めて。8月『
ザ・ベストテン』出演[23]。初登場初出演(「いっそセレナーデ」)だったが、
翌週は「法事があるから」という理由で出演を拒否。1982年、バックバンドを務
めていた安全地帯がデビューし、1983年には自身作詞による「ワインレッドの心」
をヒットさせる。さらに1984年には安全地帯に歌詞を提供した「恋の予感」、中
森明菜に歌詞と曲を提供した「飾りじゃないのよ涙は」、そして自身の「いっそ
セレナーデ」がヒットする。12月10日付のチャートでは「飾りじゃ〜」が2位、
「恋の予感」が3位、「いっそ〜」が4位と、陽水の手がけた作品が上位を占める。
同月21日にはこれらのヒット曲をはじめとする提供曲を、自身が自ら歌ったアル
バム『9.5カラット』がリリースされ、翌1985年にかけてヒット。『9.5カラット』
は1985年のアルバム年間売り上げ1位を獲得し、陽水にとっては『氷の世界』以
来2作目のミリオンセラーとなる。このヒットにより第27回日本レコード大賞で
作曲賞とアルバム賞を獲得する。1986年8月にはライブアルバム『クラムチャウ
ダー』がリリースされ、9月には同じ題名のライブビデオも発売される。さらに
8月20日から2日間、安全地帯とのジョイントで「STARDUST RENDEZ-VOUS」と題し
たコンサートを明治神宮野球場で行う。このコンサートで「夏の終りのハーモニ
ー」を初披露、6万人の聴衆を動員しテレビ中継のほか、ライブアルバム、ライブ
ビデオにも収録されてこんにちまでにいたる。

 リフレ派が財政赤字容認の「現代貨幣理論」支持者と“同一視”
される理由

「今夜の寸評」で書いたが、経済分析がまったできていない状態なので、先回と
導尿に
「高橋洋一の俗論を撃つ!」(ダイヤモンドオンライン、2019.6.2) から
消費税引き上げについての裏事情を表題のテーマを以下のように速読することに。

「MMT:現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)」という言葉が、新聞やテレ
ビでも取り上げられるようになっている。米国で、将来の民主党大統領候補とも
みられる、29歳の気鋭の政治家オカシオコルテス下院議員が支持を表明したこと
で、がぜん、脚光を浴びた。「通貨発行権を持つ国は、政府が膨大な借金を抱え
ても問題はない」というシンプルな主張が、デフレ脱却で大胆な金融緩和や財政
出動を求めてきたリフレ派の主張と似ていることは確かだ。だが、理論の裏付け
がはっきりしないMMTとリフレ派を同一視する風潮は意図的なものを感じざる
を得ない。

政府の巨額借金は問題ないのか 日本でも関心高まるMMT

米国で始まったMMTをめぐる論争だが、最近では日本でも関心が高まり、朝日
新聞の報道では、自民党の若手議員らの財政の勉強会でも取り上げられたようだ。
MMTでは、政府は自国通貨を無制限に発行できるので政府債務が増えても
問題がないとするが、そうなのだろうか。現実には、過去にデフォルト(債務不
履行)に陥った国は少なくない。2001年のアルゼンチンや2015年のギリシャなど
の例がある。ギリシャは、EUの一員で単一通貨ユーロを採用し自国で通貨を発
行できなかったと言われればそうだが、EUに入る前にも破綻している。カーメ
ン・ラインハート、ケネス・ロゴフ著『国家は破綻する』によれば、1800年以降
の200年余の歴史の中でギリシャの債務不履行と債務条件変更の年数は50%を超
える。いうなれば、2年に1度は破綻している国で、ユーロ採用前から自国通貨
でも破綻している。破綻(債務不履行と債務条件変更)の常習国なのだ。これに
対し、米国のMMT支持者は、世界の基軸通貨ドルで借金ができる米国はドルを
刷ればいいので、財政破綻はあり得ないと主張する。理屈ではそうかもしれない
が、こうしたMMTの考え方は、当の米国の主流経済学者から批判されている。



リフレ派と似た考え方だが 数式モデルがない弱さ

通常の経済理論は、誤解のないように数式モデルで構成されているが、MMTに
は情緒的な記述ばかりで、数式モデルがないからだ。筆者も、関連の文献を読ん
だが、さっぱりわからない。米国の経済学者もおそらく筆者と同じ感想であり、
論評する以前の問題ということなのだろう。一般の人には数式の有無は関係ない
だろうが、専門家の間では重要である。例えば、相対性理論を数式なしで雰囲気
で説明することはできるが、数式なしでは正確なGPSは作れない。一方、日本
では、MMTが、リフレ派と混同され同一視されることが少なくない。筆者を含
め経済学者の一部はリフレ派といわれて、これまでも、政府と日本銀行を一体と
考える「統合政府」では、財政再建の必要性はないとか、インフレ目標までは財
政赤字を気にする必要ないなどと主張してきた。リフレ派は今から二十数年前に
萌芽があるが、自分たちの主張の正しさを示すために、世界の経済学者であれば
誰でも理解可能なように数式モデルを用意してきた。その数式モデルは、(1)
ワルラス式、(2)統合政府、(3)インフレ目標で構成されている。具体的には、
上図の通りでありマネーの超過供給は通貨発行益を経由して、財の超過需要を生
み出していることがわかる。つまり金融政策と財政政策の合わせ技が、より効果
的に需要を生み出すのだ。詳しくは、岩田規久男編『まずデフレをとめよ』(
2003年、日本経済新聞社)を読んでほしい。そしてこれらのモデル式から、金融
政策と財政政策をどの程度、発動するとインフレ率がどう変化するかが、ある程
度、定量的にわかるようになっている。この関係式は今の日銀でも採用されてい
るはずだ



                              この項つづく

  

 

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