極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

革新的灌漑システム

2018年08月26日 | 環境工学システム論

 

                                             

第6章 母なるもの
うつろなものは、無限の創迫力を持つ。谷を見よ。谷は「母なるもの」である。母なるものの
門、それが天地の根元なのだ。永遠に滅びることなく、生めども生めども疲れを知らない。

 <〉 大地の裂け目。谷からは水が湧き、雲が起こり、それによって草木が生じ、鳥獣が養
われる。古代人の眼には、まことに神秘的な創造力の源泉と映ったであろう。また谷は、女性
を象徴するものとして、古代生殖信仰の対象でもあった。
母なるもの〉 原文は「玄牝」、玄妙不可思議な雌(母)の意。

玄牝の門 生みのはたらきを女性に象るのは、東西を問わず人類に共通する発想である。この
原始信仰を、うつろなもの、つまり「無」のはたらきに結びつけたのは、老子のユーモアであ
ろう。なお、『列子』には、この章全文が『黄帝書』(不明、『漢書』に道家の書として黄帝
の名が 見えるが、現存せず)の言として引用されている。

第7章 退いて先をとる
天地は、永遠である。なぜ永遠であるのか。それはほかでもない。天地が生きよう生きようと
努めいからだ。
聖人もこれと同様である。人に先んじようとしないために、かえって人の先になる。わが身を
忘れているために、かえってわが身を全うする。自己を没却するからこそ、自己を確立できる
のである。

天長地久 「無私」は「無為」に通ずる。私意を去り、自己を否定することによって、自然の
はたらきに一体化するからである。無私の功徳の具体例として天地の永遠性が引用されたわけ
だが、この「天長地久」のT切に基づいて、唐の天宝年間、玄宗皇帝の誕生日を「天長節」と
称した。これにならってわが国でも、かつて天皇誕生日を「天長節」、皇后誕生日を「地久節」
と命名したものである。
 

 

  Aug. 24, 2018

【スマートな農場事業篇:革新的な潅水システムにビジネスチャンスⅡ】

今年の猛暑を契機、地下水を使って作物を実り豊かに、環境変動に強い潅漑システムを考える
ことにしたことはブログで掲載(「ロシア疑惑と異常気象」「1キロワットアワー1円時代」)。
8月24日、オーストラリアのクローフォード公共政策大学院らの研究グループの論文「灌漑
効率のパラドックス」(American Association for the Advancement of Science)(上図)で、下記
のように「潅漑効率が上がると、水の使用も増える」と記述している。


灌漑効率(IE)の向上は必ずしも農業用水の消費量の減少につながるわけではない。これは、
水の供給量が限られる中で高い需要を調整しようとする公共政策ではほぼ気に掛けられてい
ない矛盾である。Quentin GraftonらがPolicy Forumでこの「灌漑効率の矛盾」について議論し、
より効率的に作物を灌漑栽培する取り組みに対して助成金を継続的に増額する社会的コスト
評価している。

世界には農業灌漑が水の使用の70
%を占めるという地域もあり、作物の成長を促進して世界
の食料供給に大いに貢献している。しかし、水は限りある資源である。特に乾
燥地域での水需
要の増加と農業生産を維持する取り組みの均衡を図るために、多くの政府は巨額の資金を投じ
て、灌漑効率の向上を目指した政策を支援している。ここで望まれているのは、「節水分」を
都市、産業、環境といった他の分野に回すことである。しかしモデルではこれが通用すること
が示されても、実証的な裏付けはなく、実際にGraftonらは、灌漑効率が向上すると農場での水
使用も地下水の取水も増えることさえあると述べている。効率の低い灌漑システムでは、流出
水など直接植物の灌漑に使われなかった水は回収され、地表水系や帯水層へと流れ込む。しか
し、効率が向上すると水の損失が減る。つまり、地表水系に帰る水が減り、それによって利用
可能な水は全体として減少する可能性がある。世界的な水危機を防ぐためにIEの向上を求める
のであれば、水使用について特定の研究を進める必要がある。❶総合的な物理的水勘定と測定、
不確実性の評価、❷競合する使用間でのトレードオフの評価、❸利害関係者のインセンティブ、
❹灌漑での取水総量の削減などである。

  

ここで、この論文のように「効率の低い灌漑システムでは、流出水など直接植物の灌漑に使わ
れなかった水は回収され、地表水系や帯水層へと流れ込む。しか
し、効率が向上すると水の損
失が減る。つまり、地表水系に帰る水が減り、それによって利用
可能な水は全体として減少す
る可能性がある」ということをふまえ、下表図の森林、作物、畜産などの水消費原単位などの
バックデータを参考にしつつ、わたし(たち)の考える『革新的潅水システム』は、作用物の
気候変動耐性の強い節水型品種の育種改変技術、減農薬(あるいは生分解性農薬/ハーブ系農
薬も含む)技術や節水栽培技術をベースとした節水型地下水潅漑システムを基本とする。

 【森林の水消費原単位】

 

【穀物と畜産物の水消費量】

【日本の水資源の利用可能量】

【抗癌最終観戦記 13:最新光線力学療技術

●事例研究 特開
2018-065058  光線力学治療装置 シャープ株式会社

光線力学治療(Photo Dynamic TherapyPDT)は、異常細胞や腫瘍に親和性をもつ光感受性物
に、ある特定の波長の光を照射することにより起こる化学反応で活性酸素等を生成し、
その
殺菌力により異常細胞や腫瘍を壊死させる治療法である。正常な細胞に損傷を与えないこ
とか
ら、QOLQuality Of Life)の観点から最近非常に注目されている。

ところで、PDTに使用される光源としてはレーザが主流となっている。その理由としては、
レーザは単色光であり吸収帯が狭い光感受性物質を効果的に励起できること、光強度密度が高
いこと、パルス光を発生できること等があげられているが、レーザ光は通常スポット光であり、
照射可能範囲が狭く、皮膚疾患等の治療には適していない。最近、メチシリン耐性黄色ブドウ
球菌(MRSA)感染皮膚潰瘍を、世界ではじめて天然アミノ酸である5-アミノレブリン酸
(ALA)の全身投与と波長410nmのLED)光を用いたPDTで治療することに成功し
ている(非特許文献2:大阪市立大学大学院医学研究科の鶴田大輔教授らのグループが発表。
 Kuniyuki Morimoto, et,.all.  "Photodynamic Therapy Using Systemic Administration of 5-Aminolevulinic  
Acid and a 410-nm Wavelength Light-Emitting Diode for Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus-
Infected Ulcers in Mice", PLOS ONE, August2014,Volume 9,Issue 8 e105173 )。
ALAは、ヘム生合
成経路においてポルフィリン系化合物の前駆物質で、それ自体に光増感性はない。生理的には、
一定量のヘムが産生されると、ネガティブ・フィードバック機構によってALAの生合成が阻
害される。しかし、外因性のALAが過剰に投与されると、ネガティブ・フィードバック機構
が無効となり、ヘム生合成における律速酵素であるフェロキラターゼが枯渇し、生体内因性の
ポルフィリン系化合物、特にプロトポルフィリンIX(以下、「PpIX」と記載する)が細
胞内に多量に蓄積される。ALAを用いたPDTにおいては、このPpIXを光増感性物質と
して利用する。この治療法は、新たな耐性菌を生じることがないために、耐性菌治療に難渋す
る現代医療における新たな細菌感染の治療法として期待されている。



以上のような技術に関して、非特許文献2(木村誠、「光線力学治療」、ウシオ電機株式会社
光技術情報誌「ライトエッジ」No.38〈特集号第三回〉、(2012年10月出版)【発明の概要】
では、LEDを用いたPDT装置がいくつか紹介されているが、日本では一般的ではない。そ
の要因として、PDT装置では、ハロゲンランプ、キセノンランプ、またはメタルハライドラ
ンプが一般的であることが考えられる。特に410nmの波長域をカバーするLED光源がな
いことが考えられる。上記ランプは、発光効率が低く発熱も多い。そのため、発光効率の高い
LEDを用いたPDT装置が期待されている。

特許文献1(
特開2014-949631では、ALAを用いた、副作用(例えば、痛み)もなく治療効力
が高い代替的なPDT法が提案されている。特許文献1(特開2014-94963)によれば、ALA
を用いたPDTには、光過敏症という副作用があり、光強度によっては治療に耐えられない痛
みを伴うと記載されている。特許文献1で紹介されている文献によると、ある光強度以上で上
記副作用が生じることを暗示しているものであると考えられる。また、特許文献2では、光源、
センサ、多重反射部材、集光レンズ、および投影レンズからなる複数の光源ユニットを搭載し
たPDT装置が開示されている。

しかしながら、上述した従来の技術では、以下の課題がある。例えば、特許文献1では、どの
ようにして光強度分布の最適範囲を治療中に実現するか、また、どのような装置を使うかにつ
いての具体的な開示はない。使用者にとって、光強度分布を正確に設定することは、必要不可
欠であると考えられる。同文献に開示された技術では、PDT中に最適範囲の光強度分布を実
現する方法が開示されていないため、照射条件によっては、人体細胞に損傷を与えてしまうか、
または治療がされない可能性があるという問題点がある。

次に、特許文献2では、個々の光源ユニットからの出射光について均一照射を可能とする技術
の開示はあるが、複数の光源ユニット全体で、どのようにしてPDT中に光強度分布の最適範
囲を実現するかについての開示はない。そのため、照射条件によっては、人体細胞に損傷を与
えてしまうか、または治療がされない可能性があるという問題点がある。また、非特許文献2
では、いろいろなPDT装置が紹介されているが、どれも上記2つの問題点を有している。

したがって、この事例では、下図1のように、患部を治療する特定波長の発光ピークを有する
光を発する複数のLED(4)と、複数のLED(4)の光の強度の分布を検出する光検出器
(3)と、光検出器(3)によって検出される光の強度の分布が所定の範囲内に収まるように、
複数のLED(4)を駆動する電流を決定する光強度分布制御回路(6)と、を備えることで、
光強度分布の最適範囲を治療中に実現することにより安全性を向上させる。

 JP 2018-65058 A 2018.4.26


●事例研究 特開2018-019902  レーザー照射装置 株式会社OKファイバーテクノロジー

従来のレーザー照射装置として、レーザー光伝送用光ファイバーと、対象物の観察を行うための画像
伝送用光ファイバーとが組み合わされた複合型光ファイバーを用いたレーザー照射装置であったたが、
複合型光ファイバーを備えたレーザー照射装置の場合、複合型光ファイバーの内部中央に、画像伝送
に関与しないレーザー光伝送用光ファイバーが組み込まれているため、画像伝送用光ファイバーで得
られる画像の中央部分にブランク領域が生じ、レーザー光が対象物に照射される領域および/または
照射された領域の状況を確認することができない。

このように、下図1のごとく、レーザー照射装置1は、レーザー光源10と、照明光源50と、
複合型光ファイバー20と、レーザー光を対象物に照射するように構成された光学系30であ
って、対象物に照射された照明光のうち対象物によって反射された光の少なくとも一部を画像
用光とするように構成された光学系30と、画像用光を受光することによって対象物の画像を
生成する撮像装置80と、光学系30が第1の位置にあるときに撮像装置80によって生成さ
れた対象物の第1の画像と、光学系30が第2の位置にあるときに撮像装置80によって生成
された対象物の第2の画像とに少なくとも基づいて表示用画像を生成するように構成された画
像生成部90とを備えることで、レーザー光が照射される領域および/または照射された領域
の状況を確認しながらレーザー光を照射することが可能なレーザー照射装置を提供する。

【図1】本発明の一実施形態に係るレーザー照射装置1の構成の一例を示す図
【図2】複合型光ファイバー20の断面構造の一例を示す図。
【図3】(a)は、光学系30が第1の位置にあるときの画像用光の経路および光学系30が
第1の位置にあるときのレーザー光の経路の一例を示す図、(b)は、光学系30が第1の位
置にあるときに撮像される対象物の第1の画像の一例を示す図
【図4】(a)は、光学系30が第2の位置にあるときの画像用光の経路の一例を示す図(b)
は、光学系30が第2の位置にあるときに撮像される対象物の第2の画像の一例を示す図

 JP 2018-47475 A 2018.3.29
【符号の説明】
1  レーザー照射装置  10  レーザー光源  20  複合型光ファイバー  21 レーザ
ー光伝送用光ファイバー  22   画像伝送用光ファイバー  30  光学系 40  光学系駆動部  50  照
明光源  60  照明光用光ファイバー  70  波長フィルタ  80  撮像装置 90 画像生成部100 表示部

● 食道扁平上皮癌の薬物治療研究事例:発癌因子第1位の飲酒



以上、光線力学療法は皮膚障害のケア/美容領域として拡がるが、内視鏡と光感受性物質の研
究開発の深耕とともに消化器系癌治療、そして、肺などの呼吸器系、さらには脳・神経系へと
日本の得意とする光学/薬学分野に広がりをみせる。これは面白い。



【読書日誌:カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』
No.10
  

  

第2章
老婆はかがめていた腰をゆっくりと仲ばし、振り返った。その目は-不思議なほど深く窪んで
いて、はっきりは言えないが-船頭を見ているように見えた。「このニ人の旅人のせいで食欲
が失せたよ。でもね、食欲なんてまた戻るさ、絶対にね」そう言うと、マントの裾を持ち上げ、
そっと草の中に下り立った。深い水溜りにそっと入っていく人のように見えた。雨はやむこと
なく降りつづき、老婆はフードを深くかぶりなおしてから、丈高い辱麻の中に分け入っていっ
た。

 Post-Arthurian Apocalyptic Fantasy

「お婆さん、待って。一緒に行きますよIアクセルは背後からそう呼びかけたが、腕にベアト
リスの手を感じ、「かまわないで。行かせてあげて、アクセル」というささやきを聞いた。

アクセルは、老婆の足跡をたどるように床の瑞まで行ってみた。まだその辺でうろうろしてい
るのではないか、と半ば思っていた。草木が邪魔で、思うように進めないだろう、と。だが、
老婆の姿はどこにもなかった。

「感謝します、お二人さん」船頭がアクセルの背後からそう言った。「少なくとも今日だけは、
心安らかに子供時代の思い出に浸れます」
「わたしたちもお瑕しますよ、船頭さん」とアクセルが言った。「雨がやんだらすぐにでも。」
「急ぐことはありません、お二人さん。賢明なお言葉に感謝しています」

アクセルは雨をながめつづけた。背後でベアトリスが船頭に話しかけるのが聞こえた。「昔は
立派な家だったんでしょうね、船頭さん」
「それは、もう、奥さん。美しい絵画や財宝に、親切で賢い召使・・・・・・でも、どれほど立派か、
子供のころにはわかりませんでした。この家しか知りませんのでね。そこを抜けたところが宴
会用の大広間でした」
「こんなありさまでは悲しいでしょう、船頭さん」
「まだちゃんと立っていてくれるだけで感謝ですよ、奥さん。この家も戦争を見てきています。
同じような他家は多く焼け落ちて、いまでは地面が多少盛り上がっていることで、そこにあっ
たとわかるだけです。雑草やヘザーに覆われています」

ベアトリスの足音が背後から近づいてきて、アクセルの肩に手が置かれた。

「どうしたの、アクセルーとベアトリスが低い声で尋ねた。「心が穏やかでないふうに見えま
すよ」
「何でもないよ、お姫様。ただ、ここの荒廃ぶりがな……一瞬、わたし自身がここで思い出に
ふけっているような気がした」
「どんなことを、アクセル」
「わからない、お姫様。あの男が戦争や燃え落ちた家のことを話したとき、何かがよみがえっ
てくるような気がした。おまえと知り合う以前のことだったに違いないんだが」
「わたしたちが知り合うまえなんて、そんなときがあったのかしら、アクセル。赤ん坊のころ
から知り合いたったような気がしますよ」
「わたしも同じだ、お姫様。こんな妙な場所だから、少しくらい気分がおかしくもなろうさ」

ベアトリスはじっとアクセルを見つめた。その手を握り、そっと言った。「ほんとうに奇妙な
場所。雨なんかよりもっと悪いことが落ちてきそうな気がしますよ。もう出ましょう、アクセ
ル。あのお婆さんが戻ってこないうちに。もっと悪いことが起こらないうちに」

アクセルはうなずき、振り返って、部屋の向こう側に呼びかけた。「船頭さん、空か晴れてく
る様子です。わたしたちは出かけます。雨宿りをありがとうございました」
船頭は何も言わなかった。だが、二人が荷物を背負っていると、来て手を貸し、枕を手渡して
くれた。「安全な旅をお祈りします、お二人さん」と言った。「息子さんが健康で、無事に再
会できますように」



二人は船頭にもう一度礼を言い、アーチの下を行きかけた。だが、突然、ベアトリスが足をと
め、振り返った。

「わたしたちがここを出たら、もうお会いすることはないかもしれません」と言った。コつお
尋ねしてよろしいですか」

船頭は壁際の自分の場所に立ち、ベアトリスをじっと見つめた。

「船頭さんは、さっき、渡し舟に乗る夫婦に質問をすると言いましたよね。二人一緒に島に住
むことを許されるほど愛情の絆が強いかどうか、それを知るための質問をするって?それを聞
いていて、ふと思いました。絆の強さを知るために、どんな質問をなさるんでしょうか」

一瞬、船頭は迷ったように見えた。そして、「率直に申し上げて、奥さん、わたしはそういう
問題については話せないんです」と言った。「そもそも、本来ならわたしたちは今日ここで出
会ってはいけなかったんです。でも、不思議な巡り合わせで出会ってしまいました。それを残
念とは思いません。お二人は親切だし、わたしに味方してくれましたし、むしろ感謝すべきで
しょう。ですから、できるだけお答えしましょう。おっしやるとおり、島に渡ろうとする全員
に質問するのがわたしの役目です。強い絆で結ばれていて、一緒に渡りたいという夫婦には、
一番大切に思っている記憶を話してくれるようお願いします。もちろん別々に。まず一人に聞
き、つぎにもう一人に問きます。この方法で、二人を結ぶ絆がどんなものかがわかります」
「でも、人の心にあることなんて、見るのは難しくありませんか、船頭さん」とベアトリスが
尋ねた。「見かけはあてになりません」

「そのとおりです、奥さん。でも、わたしたち船頭は長年にわたってたくさんの人を見てきて
います。偽りを見破るのに、さほどかかりません。それに、一番大切に思っている記憶を話す
とき、人は本心を隠すことなど不可能です。愛によって結ばれているという二人の中に、わた
したち船頭は愛でなく恨みや怒り、ときには憎しみすら見ることがあります。あるいは、大い
なる不毛とかね。ときには孤独への恐怖だけがあって、それ以外には何もなかったりします。
年月を越える不変の愛など、めったに見られるものではありません。それを見たときは、もう
喜んでその二人を渡して差し上げます。奥さん、どうも言ってよい範囲を超えてしまいまし
た」
「ありがとうございます、船頭さん。年取った女が好奇心に駆られてお尋ねしただけです。も
うお邪魔はしません」
「安全な旅をお祈りします」
 
                     ※



二人は、来るときにたどった脇道を引き返した。羊歯や蔀麻を掻き分けながら進んできた脇道
だが、嵐のせいで、足元の地面がさっきより滑りやすくなっていた。だから、屋敷から早く離
れたいと焦る気持ちを抑え、二人は慎重な足取りで進んだ。ようやくローマ人の窪んだ道に出
た。雨はまだやんでおらず、二人は最初に見つけた大木の下で雨宿りをした。

「びしょ濡れになったか、お姫様」
「心配いりませんよ、アクセル。コートがちゃんと役に立ってくれました。あなたは?」
「なに、太陽が戻れば、すぐに乾いてしまうさ」

二人は荷物を下ろし、本の幹に寄りかかって息を整えた。やがて、ベアトリスがそっと言った.

「アクセル。わたし、なんだか怖い」
「どうした、お姫様。もうなんの危険もないよ」
「黒いぼろを着た見知らない女を覚えている?あの日、峠の木の横でわたしと話をしていた人
……? 頭のおかしい放浪者に見えたかもしれませんけどね、アクセル、あの人から聞いた
話には、いまのお婆さんの話と共通するところがとても多かったですよ。あの人にもご主人が
いてね、船頭に連れていかれ、白分け岸に取り残されたんですって。それで独りぼっちで、寂
しくて、泣きながら入り江から戻ってくるとき、ふと気づくと、深い谷を見下ろす縁を歩いて
いたそうです,道は前方にも背後にも長くつづいていて、そこを同じように泣きながら歩いて
いる人がたくさんいたんですって。この話を聞いたときも怖いとは思いましたけど、まあ、わ
たしには関係ないことだからって、そう自分に言い聞かせました。でもね、話はまだつづいて、
この国は健忘の霧に呪われている、って言いはじめて………これ、わたしたち自身がよく話題
にしていることじゃなくって?で、最後に、『分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、
夫婦の愛をどう証明したらいいの?』って。あれからずっと考えてきて、いまでもときどき考
えるけど、そのたびにとても怖いの」

「怖がることがどこにある、お姫様。わたしたちはそんな島へ行く予定がないし、行きたいと
も思わないよ」
「それでもね、アクセル、これからそういう場所に行くことがあるかもしれない。そのまえに
二人の愛がしおれてしまったら……?」
「月を言うんだ、お姫様。二人の愛がしおれる?愚かな若者だったときより、むしろずっと強
まっているんじゃないかな」
「でも、アクセル、わたしたち、そのころを思い出すことさえできずにいるじゃありませんか。
そのころも、その後も。派手な喧嘩の思い出も、楽しかった瞬間の思い出もない。息子の顔も、
いなくなった理由も思い出せない」
「取り戻せるさ、お姫様。全部、取悪戻せる。それに、おまえへの思いは、わたしの心の中に
ちゃんとある。月を思い出そうと、何を忘れようと、それだけはいつもちゃんとある。おまえ
もそうじゃないのかい、お姫様」

「ええ、アクセル。でもね、わたしたちがいま心に感じていることって、この雨粒のようなも
のじゃないかしら。空け晴れて、雨はもうやんでいる。なのに雨粒はまだ落ちてくる。それは
さっきの雨で本の葉がまだ濡れているからでしょう?記憶がなくなったら、わたしたちの愛
も干上がって消えていくんじゃないかしら」
「神はそんなことをお許しにならないよ、お姫様」アクセルは静かに-ほとんどささやくよう
に言った。アクセルの心にも正体不明の恐怖心が湧き上がりつつあった。

「鯨の本であの人と話したとき、もう時間を無駄にするなって言われたの」とベアトリスがつ
づけた。「いいことも悪いことも、二人で分かち合ってきたことを全部思い出すため、できる
だけのことをしろって。で、今度はあの船頭さん。廃屋から立ち去るとき、わたしが予想し、
恐れていたそのものずばりの答えをくれた。いまのわたしたちにどんな見込みがある? 一番
大切にしている記憶は何かなんて問われて、どう答えられる?ね、アクセル、わたしは怖い]

「ほらほら、お姫様。怖がることはない。わたしらの記憶は消え去ったわけじゃない。このい
まいましい霧のせいで、どこかに隠されているだけだ。また見つけるさ、全部一遍にが無理な
ら、一つ一つだ。だからこの旅に出たんだろう?息子が目の前に現れたら、それこそいろいろ
なことがよみがえってくる」
そうだといい。あの船頭さんの言葉ですっかり怖くなってしまった」
「船頭など忘れなさい、お姫様。あいつの舟にも島にも用はない。おまえの言うとおり、もう
雨はやんでいる。この木の下から出たほうがよく乾きそうだ。さあ、出かけよう。もう心配事
は終わりだ」

                        カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』
                                                                   

"You've long set your heart against it, Axl, I know.
But it's time now to think on it anew.
There's a journey we must go on, and no more delay..."

The Buried Giant begins as a couple set off across a troubled land of mist and rain
in the hope of finding a son they have not seen in years.
Sometimes savage, often intensely moving, Kazuo Ishiguro's first novel in nearly a
decade is about lost memories, love, revenge, and war.
                                               この項つづく

 ● 今夜の一曲

X JAPAN  "ENDLESS RAIN"


 

コメント (1)
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