徳丸無明のブログ

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モダン・タイムスという名の電車

2016-09-13 21:04:04 | 雑文
高橋秀実の『人生はマナーでできている』を読んだ。
この本は題名どおり、マナーについてあれこれ考察するというノンフィクションなのだが、この中に「時間を守る」ことについて考えている章がある。高橋はまず、電車に乗って待ち合わせ場所に向かう経験から書き出し、「電車がなければ正確な待ち合わせもできないわけで、電車あってこその時間を守るではないだろうか」と論を展開する。
「自動車やバスや自転車で待ち合わせ場所に向かう人もいるじゃないか」とツッコミたくなるのを抑えながら読み進めると、「時間」という漢語が使われ始めたのは、幕末、明治初期の頃であり(それ以前は「時」と言っていた)、日本に鉄道が開通したのは明治5年なので、「時間」そのものが鉄道とともに普及したのだ、という歴史的事実が紹介される。それ以前には、時の経過は鐘を鳴らして知らせていたのだが、当時は太陽の運行を基準にしていたので、天候によっては日の出のタイミングがはっきりせず、鐘突き担当者の個人的な感覚で鳴らされており、また、うっかり突き忘れることもたびたびあったので、正確な時の把握など望むべくもなかったそうだ。
また、大正時代の鉄道関係者向けのマニュアル本には、「日本人が時間を励行するように、鉄道が急先鋒となって指導を行わねばならない」なる旨が記されているとのこと。つまり、現代の「時間意識」「時間を守るという習慣」は、電車によって涵養されたのだ、というのが高橋の主張なのである。
これを読んで、ひとつ気付いたことがある。
小生は、時間に厳しく、一分一秒の遅れにイライラする日本人の時間感覚を息苦しく感じていた。この感覚の下では、5~10分前集合が常識とされており、たとえ遅刻しなかったとしても、ギリギリにやってくれば非礼と見做されかねない。
で、それとは逆に、沖縄における、待ち合わせに1~2時間遅れてくるのが当たり前な、俗に「沖縄時間」と呼ばれる習慣を好ましく思っていたのだが、よくよく考えてみると、沖縄には電車がない時代が長く続いていたのである。
沖縄の最初の電車の開業が1914年(大正3年)。その後複数の路線が開通するも、昭和に入ると、バスとの競合にさらされ、2つの路線が廃止に追い込まれる。残った路線も、太平洋戦争のさなかに運行を停止し、空襲による被害も受ける。戦後、沖縄の鉄道は復旧されることはなく、長く電車のない時代が続いたのち、現在は2003年に開業した沖縄都市モノレールがあるのみである。
この歴史から推測するに、バスとの競合で廃止になり、戦後も復旧されなかったということは、元からそんなに需要がなかったということだろう。利用率が低ければ、県民に「時間を励行する」働きを強く及ぼすことはできない。バスもまた時間を守らねばならない機関ではあるが、数分ぐらいの遅れは普通にあるし、電車ほど時間意識を涵養することはない。
もちろん、電車だけが時間を守る習慣を身に着けさせる要素だったわけではないだろう。会社勤めという労働形態の一般化、国民国家の下での軍隊の設置、日本全国一律に、かつ同時刻に同じ番組を届けるラジオという新しいマスメディアの誕生等々、いろんな要素が考えられる。だが、本土と沖縄の時間感覚の差異を見るに、その中でも電車が果たした役割はとりわけ大きかったのではないだろうか。高橋の指摘は、なかなかに鋭い。
そして、「沖縄が本土ほど近代的時間感覚を涵養されていない」とすると、「沖縄時間」と同様の時間感覚は、元々は本土のほうにも存在していたと推測される。そもそも時計のない時代に5分前集合など望むべくもないわけだが、遅れてくるのが当たり前だった時代には、それを「◯◯時間」などど、敢えて名付けることもなかった。それが明治以降、本土のほうでは電車やその他の要素によって、徐々に時間を厳密に守る習慣が構築されていった。そうやって、「遅れてくるのが当たり前」の習慣が駆逐され、そのような習慣がかつて存在していたことすら忘れ去られてしまった後で、沖縄を見た本土人が、「あれは沖縄に特異な習慣だ」として「沖縄時間」と名付けた。・・・・・・ということではないだろうか。
小生は、この推論をもってして「我々が常識としている時間感覚は、近代に特有のものであり、人類の長い歴史の中では一分一秒を気にするのはむしろ非常識なのだ」と言って、近代の時間感覚を否定するつもりはない(ちょっとは言いたいけど)。現代社会には一分一秒にこだわることで生み出されているものが数多く存在し、小生自身もその恩恵に浴しているからだ。
ただ、1~2時間も待ち合わせに遅れてくるのは極端かもしれないけど、数分くらいでイライラするような現代日本の時間感覚は、もう少しどうにかならないかな、と思う。一分一秒を急ぐことで創出される利益より、そのことによって溜め込まれるストレスの方が、遥かに大きい気がするのである。


この論考を書き上げる頃に、宇野常寛の『日本文化の論点』を読み始めたら、たまたま関連する記述が出ていた。
東京在住の宇野は、自分の家から近い土地であっても遠く感じ、逆に遠い土地を近く感じたりするという。そして、その理由を次のように分析する。


この東京という街は単純に規模的に大きすぎるのと、所有コストと道路事情の問題で都心の自動車生活がかなり「不便」になっている。そしてそのせいで、特に都心では極度の鉄道依存のライフスタイルを余儀なくされている。(中略)
この東京という街で、僕らはいつの間にか新宿まで~キロメートル、池袋まで~キロメートル、ではなく新宿まで~分、池袋まで~分、と距離を鉄道での移動時間に換算して思考している。ここではつまり、人間の思考回路上の「距離」が意味を失い「時間」に置き換わっているといえる。こうした現象は、なかなか他の街では起こりづらい。東京ほど面積が広い都市は世界でも珍しく、たいていの場合はここまで鉄道依存が強くないし、ある程度鉄道依存が進んでいても、実際の距離と鉄道での移動時間が極度に食い違うことは珍しいからです。
(宇野常寛『日本文化の論点』ちくま新書)


なるほどね。地方に住んでいるとわからないけど、「移動と言ったら鉄道」というのが東京都民(及び東京近郊住まいの東京通勤通学者)の多数派の感覚なわけだ。
高橋は神奈川生まれなので、おそらくは幼少の頃から度々都内に足を向ける機会があったはずで、そのため移動=鉄道という感覚が自然に身に付いており、それが東京固有のものであることがわかってなかったのだろう(ちなみに宇野は青森生まれ)。
しかしそうすると、東京都民は世界で最もせっかちだということになるのではないだろうか。みんな歩くのがとても速いとか、料金超過などで自動改札を閉ざしてしまっただけで舌打ちされる、といった現象も、すべては東京の交通事情の産物なのかもしれない。


オススメ関連本・佐藤建志『夢見られた近代』NTT出版
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