日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 香港は昨日7月1日に中国返還十周年を迎えました。

 節目ということで胡錦涛・国家主席が香港を訪れ、「庶民との交流」として2世帯を家庭訪問するというヤラセを行い、晩餐会や十周年関連式典に出席し、

「普通選挙導入などもってのほか。民主化なんて余計なことを考えず、北京に従順であることだけ心がけろ」

 という中共の本音を示唆した重要講話を発表して帰っていきました。

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 当然ながら当ブログでもこの話題を放っておかない手はありません。……が、私ははからずも香港との縁が深くなってしまったために、ここ数日間、苦吟する破目となりました。

 何度か書いているかと思いますが、私は香港と香港人が嫌いです。

 ……というのはむろん一般論としてであって、配偶者やその家族や仕事仲間、それに副業としてACG系週刊誌(ACG=アニメ・コミック・ゲーム)で書いているコラムの読者たちなど、私と何らかの具体的な接点のある人たちを香港人だから嫌いと思ったことはありません。

 仕事仲間が「やったもん勝ち」という香港伝統の行動原理に走ろうとするとき、その行為を指弾することはあります。ただ指弾しつつも、この行動原理こそが香港社会の活力の源なんだけどな……と内心考えていたりします。

 自分についていえば、20代半ばから30代前半という「吸収力」の最も旺盛な時期を香港で過ごしてしまった、という悔恨があります。いわゆる「田舎の3年・都の昼寝」というやつです。ただ「よそもの」として暮らすという気楽さと、創作レベルの低い環境ゆえに私の仕事でももてはやされたことで、つい安逸に流れてしまったのですから、これは自業自得というものです。

 ともあれ、私にとって香港は赤の他人ではありません。嫌いだ嫌いだといいつつも、どうしても乾いた眼で見据えられないところがあります。

 特に政治や社会という角度から香港を眺めると、中国語でいう
「無奈」、まあ「虚しさ」や「やるせなさ」といった思いがこみ上げてくるばかりです。

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 香港は昔もいまも植民地です。1997年6月30日までは英国による統治。それ以降は中国に返還され「特別行政区」という扱いに変わりましたが、自分たちの代表を自分たちで選べないという点においては植民地のままといっていいでしょう。

 私は当ブログで香港を語る際、「終わりを約束された」という表現を多用します。昔もいまも「植民地」だからではありません。基本的には、香港よりおよそ半世紀は民度が遅れているであろう中国が「宗主国」になってしまったからです。香港自身が変わってしまった部分もありますけど。

 この10年間の中共のやり方からいえることは、この新しい「宗主国」は自分たちより成熟した社会である「植民地」香港から学ぶという姿勢に乏しいということです。このあたりは実に「宗主国」らしく、統治者として自らのしきたりを「植民地」に押しつけるばかり。

 未開で一党独裁国家である中国における「常識」の多くは、香港にとって往々にして「非常識」でした。香港はその「非常識」に従うことを強要されました。香港市民の「無奈」を思うべきです。

 要するに、中国は香港がこれ以上成熟して中国社会との距離が開かないようにその場足踏みをさせて、中国が香港のレベルに到達するまでそこで止まっていろ、というスタンスのように私にはみえます。でも民度という点において中国が香港レベルに到達するということが、現実に起こり得るでしょうか?

 ……それを考えると、香港はすでに「終わった」に等しい都市になってしまった、という印象が残ります。「非常識」が浸透させられていくにつれて、アジアの金融センターという役割も失われていくと思います。

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 言論の自由、表現の自由、報道の自由といったことは、香港のマスコミにおいてはすでにその実質を失っています。

 中国からの有形無形の圧力に加え、中国という市場について算盤をはじく経営者からのプレッシャーなどによって、香港のマスコミは様々な場面で自主規制を強いられ、10年前に比べると権力に対し非常に従順な存在となりました。

 私は「コソーリ活動」と称して香港や台湾の新聞に複数の筆名で文章を発表していますから、この自主規制というものを肌で感じています。

 例えば、香港の新聞で李登輝・台湾前総統について好意的に書くことはできません。書くことはできますけど、それが掲載されることはまずありません。

 書くとすれば、李登輝氏に対する「好意」のニュアンスを極力抑えて、「台独教父」という枕詞をつけた上で、日本人が李登輝氏に魅かれるのはなぜか、ということを乾いた表現で書くことになります。香港の最大手紙であり、中国に対し最も批判的なスタンスの『蘋果日報』も例外ではありません。

 そういった10年前には存在しなかった余計な縛り(配慮)が、どんどん増えてきています。

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 以前、私が副業のコラムで使っている筆名で書いたものが香港紙に掲載されたことがありました。それを副業先に、

「どうだこれが俺本来の守備範囲だ。故郷に戻ったような気分だよ。お前らが有り難がっているACGの文章なんて所詮は片手間の仕事。お前らに真似できるか?できねーだろー」

 と、冗談半分でアクの強いメールを送って自慢したところ、その新聞を読んだ編集部から連絡してきて、

「コラムと同じ筆名を使うのだけはやめてくれ」

 と意外にも泣きつかれてしまいました。万が一ということがある、中共から報復されるも知れない、そういう政治的リスクは極力避けたいから、どうか頼む、というのです。

 競争誌から不当な中傷を受けたくはない、ということもあるでしょうが、それを含めて、以前の香港にはなかった政治的配慮のようなものを、いまの現場はせざるを得ないようです。

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 もっとも、そうした余計なものは少なくとも4年前にはすでに存在していて、新聞でいえば『明報』の筆鋒が大人しくなり、『東方日報』は姉妹紙『太陽報』ともども親中色を前面に押し出した編集スタイルに転換し、その露骨さが香港市民の不評を買っていました。

 いや、当の私も当時書いたコラムの文章があやうく掲載NGになりかけたことがあります。不当に「自由」を縛りかねない法律制定の動きに対し、香港市民がいまは伝説となっている歴史的な大規模デモ(参加者50万人)を決行したときのことでした。

 ●2003香港50万人デモ:当時の手記から。(2006/06/30)

 下記2本はいずれも舌足らずで拙い内容ですが、クレームがついたのは(2)の方です。

 (1)若將「上游/下游」追根究底……/――淺探基本法第23條!?

 (2)本港業界的瓶頸、本港業界的無奈

 グレーゾーンが多くいくらでも「自由」を制限できる法律制定の動きがあり、それに反対する超大型デモという大事件が起きた以上、たとえACG系コラムとはいえ表現者として意思表示をすべきだし、読者にも決してACGと無縁な話題ではないことを知ってもらおう、という考えから書いたものですが、編集部は時節柄ビビってしまったようです。

 ちなみに少しだけ自慢させて頂きますと、その半年前に書いた(1)に対してはACGに限らず、香港の様々な分野のクリエイターたちからお礼と感謝のメールをたくさんもらいました。「私たちの感じていることや直面している問題をここまで余すことなく表現してくれた文章は今までありませんでした。ありがとうございます」といった内容が多かったと記憶しています。

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 あれから4年経って、私のコラムでは政治の話をすることはNGという約束が成立しています。まあ現在の私にはコソーリ活動という別空間がありますので、コラムはACG業界と市場の動静やそれに関する解説・分析・予測といった本来の内容に撤しています。

 どうしても必要なときは「お前らが要らないなら他の雑誌に回す」と再び脅せばいい訳で(笑)。

 その副業先がコラムとは別のシリーズ企画を持ち込んで来ました。要するに私に書けということなのですが、私はこれ以上香港に尽くしてやる必要はあるまいとモチベーションは最低レベル。でもこういう仕事は引き合いが来るうちが華なので迷わず承けました(笑)。

 せっかくだから私の統一ブランド名?である「大毒草」を名前に使わせろ、せめてロゴだけでもページのどこかに置かせろ、と求めたのですが、この点でも譲ってくれません。相手は同じロゴが当ブログで使われているのを知っていますから、万が一を考えてのことでしょう(名刺には載せているのに)。

「じゃあ書かない」

 と言いかけたのですが、「引き合いが来るうちが華」という言葉と原稿料(香港では破格レベル)に大人しく要求を引っ込めてしまいました。私も「終わりが約束された」香港の眷属と化しているのかも知れません(笑)。

 ――――

 ……こうしたマスコミレベルの話とは別に、香港社会の質的転換や中国から押しつけられた「非常識」によって、若い世代の香港人が従来とは「別人種」になりつつあります。中共の価値観がじわじわと浸透し始めているということで、この点からみても香港は「終わりを約束された街」に成り果ててしまっている、といえるかと思います。

 それにしても「一國兩制」(一国家二制度)という美名のもとに過去10年、中国が香港に対して行ってきたことは、植民地統治そのものです。台湾とは違って、香港は日本と価値観を共有できる地区ではなくなりつつある、というのが私の実感です。


「中」に続く)




コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
野蛮が文明を飲み込むとき (Unknown)
2007-07-03 10:20:58
秀才君とDQNがいて、DQNが秀才君のレベルに追いつくことはない。のにも関わらず秀才君を待たせる。

さらに悪いことには、待っている間に他の秀才君はもっと先を行っている。もっと悪いことにはDQNのパワーは物凄いと言うこと。

史上最悪のアジア帝国が出来てしまう。そして最初の餌食は香港である。

野蛮が文明を飲み込むのはローマ以来の歴史的必然か。
 
 
 
Unknown (悪貨良貨駆逐)
2007-07-03 14:21:26
NHKで見たこと。

・行政の長を直接選挙で選出するよう要求するデモがあり民主化は進んでいない。

・返還後落ち込んだ経済が中国本土からの観光客で景気が良くなった。

・返還時海外脱出組の事業経営者が中国の好景気で香港に戻って来ている

・胡錦涛は卓球が上手。

・対のパンダが贈られた
 
 
 
Unknown (通りすがり)
2007-07-04 05:47:42
自分でもひどい考えだと思うが、
香港で一国二制度が崩壊していく様が
明らかになるほど、中共の圧力を受ける
台湾が結束していけると考えている。
少なくとも本土と違い香港は外に
情報が発信される余地が大きいので
その効果は絶大なのではないでしょうか。
 
 
 
みなさんコメントありがとうございます。 (御家人)
2007-07-11 23:18:41
>>野蛮が文明を飲み込むときさん
>秀才君とDQNがいて、DQNが秀才君のレベルに追いつくことはない。のにも関わらず秀才君を待たせる。
 至言ですね。結局中共政権にとっての「一国家二制度」とは、香港を骨抜きにして吸収するためのものなのでしょう。


>>悪貨良貨駆逐さん
>行政の長を直接選挙で選出するよう要求するデモがあり民主化は進んでいない。
 この実現はカナーリ無理のように思います。

>返還後落ち込んだ経済が中国本土からの観光客で景気が良くなった。
 これ、実は基数が低いだけじゃないかと思うのです。アジア金融危機&ドットコムバブル終焉&中国肺炎(SARS)でどん底だった時期と比べていますので。

>返還時海外脱出組の事業経営者が中国の好景気で香港に戻って来ている。
 でも旅券だけは移民先のものを持っていますからね。そもそも香港自体が移民の街ですけど。


>>せは゜たくろうさん
 申し訳ありませんがレイアウトが崩れてしまうのでURLを二分割します。

 ●せぱ たくろうさんによる台北コミケのレポート
 ttp://sepatakuro.exblog.jp/tags/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%
 81%E3%83%A3%E3%83%BC+%E6%AC%A1%E6%96%87%E5%8C%96/

 香港は夏に「漫画展」が開かれていて、関連出版社や同人サークルがブースを出してコミックなどを売っているそうです。コスプレは散発的に自主的なイベントが開かれている模様。あと年末のゲームショウでもコスプレが多数出現するようです(いずれも私が香港を離れた後のことなので実見していません)。


>>通りすがりさん
 台湾に対する効果は絶大だと私も思います。ただ「一国家二制度」は中共政権からみると、資本主義社会を一党独裁制に組み込むシステムという実験めいてみえます。その点では成功しているといっていいでしょう。

 普通選挙制が浸透している台湾にこのシステムは持ち込めませんね。このまま放っておけば中国大陸と中国人に対する異質感がごく自然に高まりこそすれ、その逆はまずありえないと思います。何せ胡錦涛政権は非共産党員を閣僚に迎えて「民主的だ」と自画自賛しているレベルですから。そのうち国民党内でも本土派が増えていくことでしょう。
 
 
 
中国の香港化 (Piichan)
2008-02-04 12:41:54
>この新しい「宗主国」は自分たちより成熟した社会であ
>る「植民地」香港から学ぶという姿勢に乏しいというこ
>とです。
返還前の香港市民の心情を書いた星野博美氏の転がる香港に苔は生えないという本によるとある香港市民は「中国全土を香港化してやろうという野心を持ってもいいのではないか」と言っていました(99ページ)が今の香港市民は中国政府がただ怖くて何もできないという感じなのでしょうね。
 
 
 
Piichanさんへ (御家人)
2008-02-04 18:49:35
>中国全土を香港化してやろうという野心を持ってもいいのではないか
 当時現地に住んでいた私からみると、これは非常に非常に例外的な意見のように思います。少なくとも当時の香港人たちにこの言葉を伝えれば「ハァ?」という反応が返ってきたことでしょう。

 香港人の政治意識が本格的に覚醒するのは50万人デモの発生した2003年あたりからですが、当時から現在に至るまで、「香港の民主化」が叫ばれてもそれは「香港人の民度なら普通選挙ができるだろ。だからやらせろ」というもので、「香港を民主化してそれを中国全土に広げる」という意見は主流になったことはありません。

 元々香港は移民で成立している街ですし、香港人もいうなれば中国人の発展改良型ですから公徳心に乏しく、社会がどうなろうと裏技を使ってもとりあえず自分の利益を優先させるという「やったもん勝ち」行動原理が根強く残っています。返還前であればなおさらです。他国のパスポートも保持して「いざとなったら逃げればいいから」という香港人はたくさんいます。中国本土に対する蔑視もあります。

 いまの香港人は英国統治時代同様、「どうせ頑張っても宗主国にはかなわないんだ。諦めるしかない」といった空気に支配されているように思います。その一方で、中国から押しつけられた香港型愛国主義教育によって、「自分は中国人だ」と自然に認識する世代が育ちつつあります。中国本土に同化させられていく過程にあるといってもいいでしょう。

 これは中国指導部の器が小さくなったことにもよるかと思います。かつてトウ小平は「中国国内に香港を100個作るんだ」と改革加速にハッパをかけていました。香港に学べ、というスタンスです。これに対し江沢民以降の中国指導部は、「中国が追いつくまで香港を足踏みさせておけ」という姿勢が基本的にあると思います。現在の中国は超格差社会ですが、その中でも富める地区である香港のお隣の深セン市、ここの一人当たりGDPが2007年には1万ドルを突破しました。もうちょっと待っていれば香港を吸収合併する環境が整うことでしょう。
 
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