◆商品のUD(ユニバーサルデザイン)化、道半ば
○シャンプー、リンス 容器側面の刻みで区別
×パック入り食品 似た外形、中身の判別不能
×高機能家電 ボタン多いリモコン、地デジテレビ
目の不自由な人は、日常生活でどんな商品を使う時に不便を感じているのか。財団法人・共用品推進機構(東京都千代田区)が18年ぶりに「視覚障害者不便さ調査」を実施、報告書をまとめた。情報技術が飛躍的に発展し、バリアフリー化が進む中、視覚障害者の暮らしはどのように変わったのだろうか。【水戸健一】
◇「より多くの人に使いやすい物づくりのヒントに」--調査した共用品推進機構・星川事務局長
「この20年で便利なものがたくさんできました」。養護盲老人ホーム・ひとみ園(埼玉県深谷市)園長、茂木幹央さん(75)が卓上の機械をなでる。専用の機械に新聞を挟んでスイッチを入れると、記事をほぼ正確に読み上げるという。しかし、不満がないわけでない。
新聞のイメージを機械に読み込ませるため、新聞の表裏や上下を正しくそろえる必要があるが、全盲の茂木さんは手触りだけでそれを確認できない。仕方なく、新聞や雑誌、本の表紙を介助者に教えてもらい、右上を切って印にしている。「企業のちょっとした配慮があれば、もっと生活が楽になります」と言う。
× ×
共用品推進機構は障害の有無に関係なく、多くの人が利用しやすい製品や施設の普及を目指す団体。10年11月~11年1月、全盲の359人、弱視の195人に対して、日常生活で便利、不便を感じる場面についての調査を実施した。機構の前身の市民団体が93年に実施して以来の調査で、事務局長の星川安之さんは「18年前の不便さがほぼ解決したもの、未着手のもの、新たに不便さが出てきたものが明らかになった」と語る。
前回と比べて、最も改善された商品がシャンプーとリンスだ。同じような外形で種類や中身が区別しづらい商品を尋ねたところ、18年前はシャンプー、リンスに対する不満が最も多かった。ところが、今回の調査で区別しやすい包装容器について聞くと、全盲の59・6%、弱視の58・5%がシャンプー、リンスと答えた。総務課長の森川美和さんは「ユニバーサルデザイン(UD)が取り入れられた一番の成功例」と話す。
シャンプーの容器をさすると、側面にギザギザの刻みのあることに気がつく。一方、リンスの容器は刻みがない。触るだけで、二つの違いがすぐに分かる。このちょっとした工夫は91年、花王(東京都中央区)が開発した。サステナビリティ推進部長の嶋田実名子さんは視覚障害者だけでなく、“目を閉じて使う”健常者からも不満が寄せられていたことが採用のきっかけだったと明かす。
ただ、花王がシャンプーに刻みをつけたとしても、他社がリンスに刻みをつけてしまえば、消費者の混乱を招く。花王が刻みについて意匠登録をせず、業界に統一的な採用を呼びかけたところ、各社の賛同を得ることができた。嶋田さんは「企業にとってコストが増したけれど、結果的に障害者専用の商品を新たにつくるのでなく、誰もが使いやすい商品にすることができた」と話す。
× ×
一方、前回の調査でシャンプーとリンスに次いで不満が多かった缶詰食品、調味料、パックに入った食品については、不満が改善されていないことが浮き彫りになった。同じような外形で区別しづらい包装容器について聞くと、全盲の62・7%、弱視の54・4%が袋やパックに入った食品と答えて、全盲の55・7%、弱視の49・7%が缶や紙パックの飲料と回答した。
日本盲人会連合情報部長の鈴木孝幸さん(55)は「視覚障害者がアルコール飲料と清涼飲料を区別できるように、缶に“オサケ”と点字で表示されるようになったことはありがたい。けれど、ビールも酎ハイもオサケだから、中身が分からないところが残念だ」と話す。「チューブに入っているわさびとからしとしょうがの違いが分からない」「種類のたくさんあるドレッシングは中身が分からないから使うときに混乱してしまう」などの声も寄せられているという。
さまざまな業界の企業が加盟する日本包装技術協会は商品のパッケージのデザインについて01年、「高齢者・障害のある人のニーズへの配慮指針」をつくった。アルコールのほか、牛乳の紙パックに切り込みが入れられ、他の飲料と区別がつくようになったものの、味の区別までつけるような規格の採用は企業の判断に委ねられている。専務理事の酒井光彦さんは「調査の結果を受け止める」としながらも、「例えば10種類のふりかけについて、手触りでそれぞれの区別をつけられるようにする工夫は現実的に難しい」と話す。
× ×
今回の調査で新たな課題として浮上した問題が、高機能化した家電製品の扱いにくさだ。使いにくい家電製品などについて尋ねると、全盲の35・9%、弱視の23・1%がリモコンと答えた。共用品推進機構の森川さんはテレビの地上デジタル放送化を例に挙げ、「視覚障害者の情報源として、テレビの使用頻度はラジオと同様に高い。ただ、地デジに対応したテレビのリモコンはボタンの数が多く、使いにくい。また、アナログのテレビと異なり、画面に表示されるメニューを選択する操作だから、不便さを感じる人が多い。目の不自由な人だけでなく、高齢者の使いにくさとも共通する」と説明する。
星川さんは「視覚障害者を対象に行った調査だが、より多くの人に対して使いやすい物づくりにどのような配慮が必要なのかを考える際のヒントが含まれている。業界や企業で標準化を進めるきっかけとして活用してほしい」と話す。
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■使いにくい家電製品とその理由
DVDレコーダー 音声ガイドがなく、リモコンを使ったテレビ番組表からの予約ができない
エアコン 設定温度や冷暖房の切り替えなどの現在の状況が分からない
電子レンジ 液晶表示でメニューを選択するタイプはすべての操作を覚えられない
小型携帯オーディオ スイッチが平らで識別しづらくディスプレーの表示が見えないので状態が分からない
電話機 液晶表示を用いたタッチパネル式が使いにくい
炊飯器 水量を正確に合わせることができない
シャンプー(右)は容器の側面にある刻みでリンスと区別できる
毎日新聞 2011年12月13日 東京朝刊
○シャンプー、リンス 容器側面の刻みで区別
×パック入り食品 似た外形、中身の判別不能
×高機能家電 ボタン多いリモコン、地デジテレビ
目の不自由な人は、日常生活でどんな商品を使う時に不便を感じているのか。財団法人・共用品推進機構(東京都千代田区)が18年ぶりに「視覚障害者不便さ調査」を実施、報告書をまとめた。情報技術が飛躍的に発展し、バリアフリー化が進む中、視覚障害者の暮らしはどのように変わったのだろうか。【水戸健一】
◇「より多くの人に使いやすい物づくりのヒントに」--調査した共用品推進機構・星川事務局長
「この20年で便利なものがたくさんできました」。養護盲老人ホーム・ひとみ園(埼玉県深谷市)園長、茂木幹央さん(75)が卓上の機械をなでる。専用の機械に新聞を挟んでスイッチを入れると、記事をほぼ正確に読み上げるという。しかし、不満がないわけでない。
新聞のイメージを機械に読み込ませるため、新聞の表裏や上下を正しくそろえる必要があるが、全盲の茂木さんは手触りだけでそれを確認できない。仕方なく、新聞や雑誌、本の表紙を介助者に教えてもらい、右上を切って印にしている。「企業のちょっとした配慮があれば、もっと生活が楽になります」と言う。
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共用品推進機構は障害の有無に関係なく、多くの人が利用しやすい製品や施設の普及を目指す団体。10年11月~11年1月、全盲の359人、弱視の195人に対して、日常生活で便利、不便を感じる場面についての調査を実施した。機構の前身の市民団体が93年に実施して以来の調査で、事務局長の星川安之さんは「18年前の不便さがほぼ解決したもの、未着手のもの、新たに不便さが出てきたものが明らかになった」と語る。
前回と比べて、最も改善された商品がシャンプーとリンスだ。同じような外形で種類や中身が区別しづらい商品を尋ねたところ、18年前はシャンプー、リンスに対する不満が最も多かった。ところが、今回の調査で区別しやすい包装容器について聞くと、全盲の59・6%、弱視の58・5%がシャンプー、リンスと答えた。総務課長の森川美和さんは「ユニバーサルデザイン(UD)が取り入れられた一番の成功例」と話す。
シャンプーの容器をさすると、側面にギザギザの刻みのあることに気がつく。一方、リンスの容器は刻みがない。触るだけで、二つの違いがすぐに分かる。このちょっとした工夫は91年、花王(東京都中央区)が開発した。サステナビリティ推進部長の嶋田実名子さんは視覚障害者だけでなく、“目を閉じて使う”健常者からも不満が寄せられていたことが採用のきっかけだったと明かす。
ただ、花王がシャンプーに刻みをつけたとしても、他社がリンスに刻みをつけてしまえば、消費者の混乱を招く。花王が刻みについて意匠登録をせず、業界に統一的な採用を呼びかけたところ、各社の賛同を得ることができた。嶋田さんは「企業にとってコストが増したけれど、結果的に障害者専用の商品を新たにつくるのでなく、誰もが使いやすい商品にすることができた」と話す。
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一方、前回の調査でシャンプーとリンスに次いで不満が多かった缶詰食品、調味料、パックに入った食品については、不満が改善されていないことが浮き彫りになった。同じような外形で区別しづらい包装容器について聞くと、全盲の62・7%、弱視の54・4%が袋やパックに入った食品と答えて、全盲の55・7%、弱視の49・7%が缶や紙パックの飲料と回答した。
日本盲人会連合情報部長の鈴木孝幸さん(55)は「視覚障害者がアルコール飲料と清涼飲料を区別できるように、缶に“オサケ”と点字で表示されるようになったことはありがたい。けれど、ビールも酎ハイもオサケだから、中身が分からないところが残念だ」と話す。「チューブに入っているわさびとからしとしょうがの違いが分からない」「種類のたくさんあるドレッシングは中身が分からないから使うときに混乱してしまう」などの声も寄せられているという。
さまざまな業界の企業が加盟する日本包装技術協会は商品のパッケージのデザインについて01年、「高齢者・障害のある人のニーズへの配慮指針」をつくった。アルコールのほか、牛乳の紙パックに切り込みが入れられ、他の飲料と区別がつくようになったものの、味の区別までつけるような規格の採用は企業の判断に委ねられている。専務理事の酒井光彦さんは「調査の結果を受け止める」としながらも、「例えば10種類のふりかけについて、手触りでそれぞれの区別をつけられるようにする工夫は現実的に難しい」と話す。
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今回の調査で新たな課題として浮上した問題が、高機能化した家電製品の扱いにくさだ。使いにくい家電製品などについて尋ねると、全盲の35・9%、弱視の23・1%がリモコンと答えた。共用品推進機構の森川さんはテレビの地上デジタル放送化を例に挙げ、「視覚障害者の情報源として、テレビの使用頻度はラジオと同様に高い。ただ、地デジに対応したテレビのリモコンはボタンの数が多く、使いにくい。また、アナログのテレビと異なり、画面に表示されるメニューを選択する操作だから、不便さを感じる人が多い。目の不自由な人だけでなく、高齢者の使いにくさとも共通する」と説明する。
星川さんは「視覚障害者を対象に行った調査だが、より多くの人に対して使いやすい物づくりにどのような配慮が必要なのかを考える際のヒントが含まれている。業界や企業で標準化を進めるきっかけとして活用してほしい」と話す。
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■使いにくい家電製品とその理由
DVDレコーダー 音声ガイドがなく、リモコンを使ったテレビ番組表からの予約ができない
エアコン 設定温度や冷暖房の切り替えなどの現在の状況が分からない
電子レンジ 液晶表示でメニューを選択するタイプはすべての操作を覚えられない
小型携帯オーディオ スイッチが平らで識別しづらくディスプレーの表示が見えないので状態が分からない
電話機 液晶表示を用いたタッチパネル式が使いにくい
炊飯器 水量を正確に合わせることができない
シャンプー(右)は容器の側面にある刻みでリンスと区別できる
毎日新聞 2011年12月13日 東京朝刊