ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

視覚障害者のための公的相談窓口がある自治体

2019年05月03日 20時00分26秒 | 障害者の自立

 40年余り眼科の臨床をする中で、視覚障害というものが、随分と社会の中では軽視されているなと思うことが少なくありません。失明やそれに近い人の不自由さは想像できるでしょうが、そこまではいかなくても、視覚がいくらかでも損なわれると社会生活、日常生活に直接影響してしまい、場合によっては、仕事まで奪われてしまいかねないことを、健常者はなかなか想像できないのでしょう。

 こうした広義の視覚障害者に対し、民間には当事者を含めたいろいろな組織や会合があり、互助的な役割をしているところもありますが、国や自治体は冷たいという印象を私は持っています。

 しかし、そうした中で、世田谷区保健センター(東京都世田谷区)専門相談課の木村仁美さん=写真=らの取り組みは、大いに注目されるものと思い、お話を伺ったので、2回にわたって紹介します。

  若倉  まず、木村さんのバックグラウンドを教えてください。

  木村  私は大学では数学科を卒業し、システムエンジニアになったので、もともとは今の仕事と無関係なんです。交通事故でけがをして、リハビリテーションにより人間の機能が復活してくることを実感し、そういう領域に関心を持ちました。1990年(平成2年)に、現在の国立障害者リハビリテーションセンター学院(埼玉県所沢市)視覚障害学科に入りました。今は2年コースですが、当時はできたばかりで1年制でした。

  若倉  その後、視覚障害者の生活訓練のお仕事に入るのですね。

  木村  神奈川県厚木市の七沢にある神奈川県総合リハビリテーションセンターに勤務した後、子育てでブランクがありましたが、2005年(平成17年)、世田谷区立総合福祉センターの求人に応募しました。現在は、非常勤で、視覚障害者の生活訓練、利用できるサービスの紹介や、生活上の悩み相談も受けています。

  若倉  視覚障害者はもちろんですが、治療に限界がきている方や、治療はしていても視覚障害が進行性だったり、後遺障害があったりする方々は、たとえ法律的には障害に達していなくても、生活上は障害者と同等の悩みを抱え、救済が必要だと思います。でも、たいてい身の回りのことをするのが精いっぱいで、どこに行けばよいかもわからないことが多い。また、身体障害者手帳がないと利用できないサービスがあります。

  木村  身近に相談や訓練ができるところがあると、確かにいいと思いますが、自治体レベルではなかなか行き届いていないのが現状です。東京都内でも、視覚障害の専門家が対応する窓口を設けている地域は、世田谷区のほかには荒川区、武蔵野市です。私どものところに来られる方では、身体障害者手帳がない人も少なくありません。

  若倉  世田谷区保健センターでは毎月第2火曜日「見えない・見えにくい方の情報交流広場」というのを開催されていますね。どのような会ですか。

  木村  机といすだけを用意して、午後1時から3時間ほど、特にテーマを決めずに集まります。情報を持っている人がそれを提供したり、時には福祉機器の紹介があったりします。「どなたでも無料で参加可」としていて、毎回の参加者は20人くらいで、毎回2、3人が新規参加の方です。区外からもいらっしゃいます。

  若倉  なるほど、それはいい会ですね。個人の相談とはまた別の効果がありそうですね。

  木村  はい、すでに障害を受け入れている方々には、日々の生活のヒントを得るのに役立っているでしょう。まだ十分受け入れられない方々にとっては、障害を持ちながらも人生に前向きに取り組んでいる人たちの背中をみて希望が持てるのではないかと思います。

 

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長 1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

2019年5月2日     読売新聞

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心寄せる「象徴」 県民と交流されてきた上皇さま、天皇陛下

2019年05月03日 19時33分26秒 | 障害者の自立

 3日は憲法記念日。日本国憲法の第1条は天皇を「日本国の象徴」「国民統合の象徴」と定めている。県内への訪問を重ね、県民と交流されてきた上皇さま、天皇陛下の姿から考える。「象徴」の在り方とは―。
 2015年10月、別府市の社会福祉法人「太陽の家」で開かれた創立50周年記念式典。4月30日で天皇を退位した上皇さまと上皇后美智子さまが出席し、半世紀の節目を共に祝われた。  太陽の家は全国に先駆けて障害者に働く場を提供し、自立を支援。障害のある人もない人も共に暮らす共生社会のモデルになってきた。宮内庁によると、天皇が民間施設の行事に出席することを目的に地方に赴くのは「珍しい」という。  パラリンピックを目指すアスリートとも交流。上皇さまが「ちょっとやりましょうか」と声を掛け、卓球の相手をするサプライズもあった。
●「大切な務め」表現  上皇さまは皇太子時代から計10回、来県された。公式行事の前後、県内の福祉施設に多く足を運んだ。  その理由の一端に自ら触れたことがある。1999年、即位10年の会見。「障害者や高齢者、災害を受けた人々、社会や人々のために尽くしている人々に心を寄せていくこと」を「大切な務め」と言い表した。  最後の来県は2017年10月。福岡・大分豪雨で被害を受けた日田市を訪れ、被災した市民を見舞い、災害対応や復興に尽力した人をねぎらった。自らに課した「務め」を貫いた。
●身を乗り出すよう  天皇陛下が上皇さまの後を継ぐ形で訪れるようになったイベントがある。大分国際車いすマラソン大会だ。上皇さまは第5回(1985年)、陛下は第8回(88年)と第30回(2010年)の大会を観戦した。  第30回大会の実行委員長を務めた高橋勉さん(67)=別府市餅ケ浜町、前県社会福祉協議会長=は、陛下の気さくで温かい人柄とともに、身を乗り出すように選手に声援を送る姿が印象に残っている。「大分はトップアスリートも重いハンディの選手も一緒に走る世界で唯一のレース。だから応援をいただいていると思う」  令和時代を担う陛下は1日の「即位後朝見の儀」で、上皇さまの象徴としての姿に「心からの敬意と感謝」を示された。「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、象徴としての責務を果たす」とも誓った。  

高橋さんは願う。「探究心が強く、親しみやすい人柄そのままに、国民に対して優しい目線をお持ちになる天皇で」 

(右)別府市の社会福祉法人「太陽の家」の創立50周年記念式典に出席された上皇ご夫妻=2015年10月4日  (左)第30回記念大分国際車いすマラソン大会を観戦された天皇陛下=2010年11月14日、大分市の県総合社会福祉会館前
(右)別府市の社会福祉法人「太陽の家」の創立50周年記念式典に出席された上皇ご夫妻=2015年10月4日 
(左)第30回記念大分国際車いすマラソン大会を観戦された天皇陛下                  

5月2日      大分合同新聞

 

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「必ず伸びます」は発達障害児の親を追い詰める言葉になる “何もしない”選択もアリ

2019年05月03日 15時05分47秒 | 障害者の自立

「きっと秘めた才能があるから」といった周囲の言葉が、発達障害児の親を追い詰める危険な言葉になることがあるようです。

 医師の松永正訓(ただし)さんによるルポルタージュ「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社)。同書に登場する、知的障害のある自閉症児は筆者の息子です。息子が幼かった頃、健常児と比べ「あれもできない、これもできない」と眉間にしわを寄せていると、療育施設のスタッフやママ友から、「才能を見つけてあげて」「必ず伸びます」と励まされました。

 その言葉について、しばらく考えて気づきました。「必ず伸びます」には「でも、今は伸びていない」、「きっと秘めた才能があるから」には「今は才能が見つかっていない」という意味も含まれるのだと。これらの励ましの言葉は、つらい子育ての活力や希望になることもありますが、一方で、“子どもの今”を否定し、親を追い詰める危険な言葉になることもあります。中には、子どもの今を受け入れられず“才能探し”に必死になってしまう親御さんもいると思います。

ギフテッド・チャイルドを夢見て…

 発達障害の人たちの中には、並外れた記憶力を持つ人もいれば、数学やプログラミングに秀でている人もいます。

 そのため、わが子が「発達障害」と診断されると、天才児(ギフテッド・チャイルド)になることを夢見て、必死で“温泉掘り”をしてしまう人もいます。また、本人がしたいことよりも、親が「こうなってほしい」と願うことを無理強いしてしまうケースもあります。

 私も、息子に対して「絶対に、何か秘めた才能があるはず」「才能を探し当てて伸ばすことが親の愛であり、使命」だと考えていました。書家の金澤翔子さんなど、障害者であり、かつ才能を開花させている人たちをテレビで見ると、「息子にも才能があるのかもしれない」と期待するようになりました。

 特に、ノーベル文学賞を受賞した作家・大江健三郎さんの長男で、作曲家の大江光さんがピアノを演奏している姿を見ると、奮い立ってしまいました。光さんは知的障害があり、幼少時から野鳥の声を正確に聞き分けて、名前を言い当てていたそうです。

 息子も、カラスの鳴き声を聞いて「ハシブトガラス」「カワラバト」と言い当てるなど、幼少期から耳は良かったので、将来テレビで「お子さんの成功は、お母さんの努力の賜物(たまもの)ですね」と取材を受けている姿を妄想しました。

 そこで「息子をピアニストにしよう」と思い、片道1時間半かけて、有名なピアノ教室に通わせることにしたのです。

「天才ピアニスト」を目指すも…

ピアノ教室では、絶対音感を獲得するために、14種類の和音を聞き分けるレッスンがありました。通常は少なくとも2年を要するものでしたが、息子は2カ月で全ての和音を当てるようになったのです。先生から「今まで指導したお子さんの中で、一番早くマスターしました」と言われ、有頂天になりました。

 しかし、その後、息子は練習をひどく嫌がり、教室を退会することに。聴覚過敏で、ピアノの音が嫌だったようです。

 あれから、およそ14年。息子の「耳がいい」という能力は今「トイレの流れる水の音を聞いて、便器の型番を当てられる」ことに生かされています。「利き酒」ならぬ「利きトイレ」です。

「スポーツ観戦が好きだけど、運動は嫌いな人」「食べ歩きが好きだけど、自分で料理を作るのは苦手な人」がいるように、「耳がよいけど、音楽を奏でるのは嫌いな人」もいます。つまり、本人が好きなことと持っている能力は全く別物であり、「好きなこと」と「能力」が掛け合わさることで「才能」になると思うのです。

 才能を仕事に直結させなくても、本人が楽しんでいればよい。そんな風に“ゆるく”考えた方が楽なのかもしれません。

 「受け入れたくない自分」を受け入れる

 親の心の奥には「あなたが障害さえ克服してくれたら、ママは幸せになれるのに」という気持ちがあるのかもしれません。障害の受容とは「子どもの障害を受け入れる」というよりは、親が「“障害を受け入れたくない自分”を受け入れる」ことなのかもしれません。

 たとえ優れた才能を発揮しなくても、「どんなに小さなことでも『昨日よりもできたね』と喜んであげよう」「将来、社会の役に立つ何かを成し得なくても、そばにいてくれるだけで十分」「できないことがあっても、大事なわが家の宝物」。そう親が感じながら育てていくことで、子どもの心は安定し、伸びていくのだと思います。

「必ず伸びるから」「才能の芽があるはずだから」といった言葉をかけられ、自身を追い詰め過ぎないように。時には「何もしない選択」もありだと感じます。

 皆さんは、どう思いますか。

2019.05.02         オトナンサー

 

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50秒の映像、黒塗りに 五輪熱の裏で広がる自粛の空気

2019年05月03日 14時47分24秒 | 障害者の自立

「みる・きく・はなす」はいま 通わぬ言葉

 映像作家の吉開(よしがい)菜央さん(31)はやりきれない思いでいる。昨年6月、自らの作品「Grand Bouquet(グラン・ブーケ)」の一部を黒く塗りつぶし、東京都内の美術館のメディアアート展で公開した。苦渋の選択は、施設を運営するNTT東日本から「不快な表現があり、公開できない」と迫られたためだ。理由の一つとして「東京五輪パラリンピックを控え、障害者への配慮に欠ける」とも告げられた。

写真・図版

作品の一場面。言葉を発せない女性は花を吐き、指はとれ落ちるが、強大なものと戦う決意を固める(C)吉開菜央

2019年5月3日          朝日新聞

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「後期医療」制度

2019年05月03日 14時41分19秒 | 障害者の自立

高齢者苦しめる負担増やめよ

 財務省が先週、社会保障費の圧縮・削減に向けた案を示しました。75歳以上の後期高齢者医療制度の窓口負担の1割から2割への引き上げなど、高齢者に痛みを強いる中身が盛り込まれています。同制度の窓口負担増は、財務省が繰り返し求めてきたものですが、国民の反対で実施できなかったものです。それをまたもや持ち出してきたのは、とにかく高齢者に負担を押し付けたい執念のあらわれです。頼りの年金も目減りするなど高齢者の生活苦が続くもとで、新たな負担増は格差と貧困に拍車をかけることにしかなりません。

“痛みを感じる”仕組み

 財務省の社会保障費カットの具体案は4月23日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)分科会に示されました。75歳以上の人は医療費が多くかかることなどを強調し、「まずはできる限り速やかに75歳以上の後期高齢者の自己負担について原則2割負担とすべき」と記しています。その際、新たに75歳になった人から負担を増やすだけでなく、「すでに後期高齢者となっている者についても、数年かけて段階的に2割負担に引き上げるべき」と迫っています。“病気になりがちな人が多くて、医療費がかさむから、自分たちでその分を負担せよ”という発想です。

 もともと後期高齢者医療制度は、公的医療費への国の財政支出を削るための「医療構造改革」の一環として2008年に開始されたものです。75歳以上の高齢者(65~74歳の障害者は申請)を対象にし、75歳になると、それまで入っていた国民健康保険や協会けんぽなどから脱退させられ、「後期医療」に加入することになりました。現在約1700万人が入っています。

 制度発足前、厚生労働省幹部は「医療費が際限なく上がり続ける痛みを、後期高齢者が自分の感覚で感じ取っていただく」と発言しました。それはすでに現実のものとなってすすんでいます。75歳以上の人口が増えると保険料がアップする仕掛けのため、保険料の引き上げ傾向が続いています。年金から天引きされる保険料の増加で暮らしは圧迫されるばかりです。

 天引き対象でない低所得者の保険料滞納は毎年20万人以上にのぼります。滞納が続き正規の保険証を取り上げられ、有効期間が短い保険証に切り替えられた人は2万人を超えています。滞納した人への差し押さえも増加しています。

 こんな実態であるにもかかわらず、安倍晋三政権は今年10月、低所得者の保険料軽減措置を容赦なく廃止する計画です。2~3倍の負担になる人も出ます。さらに75歳以上の窓口2割負担にされれば、経済的理由により、ますます必要な医療を受けられなくなってしまいます。高齢者の健康と命を脅かす負担増は許されません。「後期医療」制度を廃止し元の老人保健制度に戻し、際限ない保険料アップの仕組みなどをなくすべきです。

選挙での審判が不可欠

 財務省は「後期医療」だけでなく介護、年金の改定案を示しています。安倍政権は7月の参院選後に改悪の動きを加速しようとしています。選挙での負担増ノーの審判が不可欠です。“消費税増税は社会保障のため”という口実はもはや成り立ちません。消費税に頼らず、大企業や富裕層に応分の負担を求めて財源を確保し、社会保障を拡充させることが必要です。

2019年5月2日       しんぶん赤旗

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