「自分がもし失明したら……」と想像したことはあるだろうか。普段は意識すらせず、当たり前だと思っている目が見えるという能力が失われたら。一体、どんな助けがあれば生活できるのだろうか。
実は昨今、テクノロジーの発達と共に昔では考えられないほど視覚障害者を助ける環境が構築されつつある。自立した生活を実現したい彼らの力になるアプリの1つが、オランダ・デルフトで開発された「Envision」だ。
スマホカメラでのぞいた世界を読み上げる
Envision はAI(人工知能)を搭載したアプリ。ユーザーはスマートフォンのカメラで見たいモノや光景があるであろう方向を撮影して使う。
主な機能は、文字の読み上げ、周囲の状況説明、色の識別、家族・友人などの顔認識、所持品などモノの認識、そして他のアプリ内に表示された画像の説明。読み取ったバーコードから商品を説明する追加機能も現在開発中だ。
文字の読み上げ機能では、道路標識や食品のパッケージといった短い文章だけでなく、手紙などの長い文章や手書きの文字(現時点ではβ版)にも対応する。また、全盲ではないが視力が極端に低い視覚障害者向けには、文字を1文字ずつ拡大して表示する機能もある。
状況説明機能では、ユーザーの周りに何があるか、目の前で何が起こっているかを説明してくれる。重要なのはユーザーが求めている情報を説明できること。ユーザーが電車に乗っていたとして、「電車に乗っている」という事実はもはや説明不要。Envisionはそういった判断を瞬時に行い、本当に必要な情報を提供する。
なお、状況説明機能は周りの状況だけではなく他のアプリ内の画像にも対応する。内容を知りたい画像がある位置をタップし、「シェア」からEnvisionを選択すれば、画像がどんなものかを説明してくれる。
Envisionの各機能は必要に応じて同時に使用可能。例えば友人が目の前のテーブルに座っていたとして、「メアリーがノートPCを机に置いて座りながら、カメラに向かって微笑んでいます」と状況を説明しながら、顔認識機能で座っているのが誰かを判断してくれる。
Envisionは最初の14日間はトライアル期間として無料だが、その後サブスクリプションに切り替える必要がある。毎月払いは4.99ドル(約550円)、6カ月前払いは24.99ドル(約2750円)、1年前払いは39.99ドル(約4400円)、サブスクリプションではなく生涯使用できるプランも199.99ドル(約2万2000円)で用意している。
対応言語は欧州各国の言語に加え、ヘブライ語やアラビア語など既にに63言語。同サービスの開発者およびデザイナーが、学生の半数が留学生というオランダ・デルフト工科大学出身ということもあり、当初からグローバル展開を視野に入れ開発されているようだ。リリースは2018年2月。4月末の時点でユーザー数は約100人だという。
貧困層の障害者を救う寄付機能も
Envisionの開発元であるスタートアップは、インド出身でデルフト工科大学卒業生であるプロダクトデザイナーのカールティク・マハーデーヴァン(Karthik Mahadevan)さんとエンジニアのカールティク・カナン(Karthik Kannan)さんが、2017年に創業した。
当時まだ大学在学中だった彼は、卒業プロジェクトとしてEnvisionの開発に着手。共同創業者のカナンさんとともに、AIとGoogle翻訳を搭載したプラットフォームを完成させた。そして卒業間近の17年2月に創業、翌年2月にアプリのリリースにこぎつけた。
母国インドから発想を得たEnvisionのサービスには、マハーデーヴァンさんの母国への強い思いも込められている。それはインドの地方のように、スマホを持ってはいるが、サブスクリプション料金を継続して支払えない貧困層の視覚障害者に向けた「寄付」機能だ。
Envisionのサイトでは、貧困層の視覚障害者への援助として、同サービスのサブスクリプションをスポンサーする制度が紹介されている。1カ月、6カ月、1年のサブスクリプションプランから選び、数とメールアドレスを入力、クレジットカードやデビットカードで支払いをすれば完了する。
この寄付機能では、寄付した相手や彼らがEnvisionを使ってどう変わったか、寄付後の情報が提供されるという。
マイクロソフトも参入、注目の分野になるか
このところ、Envisionのような視覚障害者向けサービスの開発が目立っている。
米Microsoftが3月にリリースした類似サービス「Soundscape」では、街を歩いているときにアプリを起動すると、あらかじめ店舗などに設置されたビーコンから店舗情報をキャッチし、「右手にスーパーマーケットがあります」「バス停は◯メートル先です」などとイヤフォンを通じて知らせてくれる。ちょうど、健常者が周りを見渡しながら歩いているように、視覚障害者は音声で情報を得られることになる。
また、すでに多くの視覚障害者が利用している、カメラで撮影した文章を読み上げてくれるアプリ「KNFB Reader」や、現時点ではまだテスト段階でリリースに至っていないが、Envisionと同じくオランダ発のスマホカメラで写したものを説明してくれるアプリ「Eyesense」など、視覚障害者の生活を助けるサービスは徐々に増えてきている。
背景には、スマホの普及、AIとカメラ技術による画像認識技術の目覚ましい発達があるだろう。また、人種や宗教、LGBTなどダイバーシティーへの理解が高まってきたことから、障害者やマイノリティーの権利、個々の自由などがより一層注目されてきたことも考えられる。
Envisionを開発者をはじめ、アントレプレナーたちの活躍、そして「障害者×スマホアプリ」分野の今後の盛り上がりに期待したい。
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2018年06月15日 ITmedia