4日にあった福岡国際マラソン。70回目の今年も選手は様々な声に支えられ、走った。リオデジャネイロ・パラリンピックで活躍した視覚障害者のランナーは、今回は同じランナーとして出場したリオの伴走者の励ましを力に、日本記録を更新した。熊本地震で救助にあたった地元消防士は、「熊本頑張れ」の声に感謝しながら走りきった。
リオデジャネイロ・パラリンピックの男子マラソン(視覚障害)で5位入賞の全盲のランナー、和田伸也さん(39)=大阪府茨木市=はこの日、2時間32分11秒で走り、自身が持つ日本記録を1分35秒更新した。普段は伴走してくれる仲間の応援を力に、スピードに乗った。
和田さんはリオでは、1500メートル決勝で日本記録を更新して6位。5千メートルも6位で、マラソンは5位。「福岡では日本新記録をめざす」。好調を維持して、記録が狙いやすい福岡に乗り込んだ。
リオで伴走者を務めたのが中田崇志さん(37)=東京都世田谷区=だ。実業団で活躍し、ニューイヤー駅伝などに出場した。今は伴走者として活躍する。
視覚障害があるランナーに伴走者は欠かせない。重要なのは二人の間合い。むやみに声をかけても、選手が落ち着いて走れない。絶妙のタイミングで道のりや他の選手との距離感、フォームの崩れなどを伝える。
和田さんのようにトップクラスとなると、走力もなければ、口頭で指示をしながらの伴走などできない。和田さんは朝夕2回の練習のために毎日伴走者を探す。多いときは1日約20通のメールで調整する。
これまでに練習を含め100人以上の伴走者と組んだが、国際大会の経験が豊富な中田さんを、和田さんは「とても信頼しています」。今年2月のパラリンピック日本代表の選考レースでは、中田さんの合図でスパートをかけてライバルを引き離し、リオへの切符を手にした。
その中田さんがこの日は一般参加で出場。同じレースを別々に初めて走った。
中田さんの目標は2時間27分を切ること。折り返し点を過ぎた後、後から来る和田さんとすれ違う際に声をかけ、力を与えるつもりだった。
だが、足にけがをして万全でなかった中田さんは苦しんだ。39キロ手前で和田さんにとらえられた。それでも抜き去られる際、中田さんは伴走の時と同様の間合いで声をかけた。「リラックスして」。和田さんは「気合が入って、スピードを上げることができた」と振り返った。
和田さんの目標は、2020年の東京パラリンピック出場と、あと12秒で追いつく世界記録の更新へと移った。「これで2時間30分を切ることも視野に入ってきた」とも。さらに先を見据えるレースとなった。(伊藤繭莉)
■「熊本頑張れ」声援が後押し
荒木諭志(さとし)さん(31)は、熊本市消防局の消防士。4月の熊本地震では、被害の大きかった熊本県益城(ましき)町や熊本市内で、倒壊した家屋からの救助活動に携わった。救助要請が次から次に入り、息つく暇もないほどだったという。自宅アパートは壁にひびが入り、4月いっぱいは断水が続いた。
そんな中で「こんな時に走っていていいのかという葛藤があり、走る気も起きなかった」。5月に入り、ランナー仲間からの誘いもあって徐々に練習を再開。それでも車中泊をしている被災者を見ると「申し訳ない」という思いを抱えながらの練習だった。
地震から1カ月半が過ぎたころ、復興のためにはいつまでも自粛ムードではいけない、と気持ちを切り替えた。仲間と走っていると元気も出てきた。「普通に走れることのありがたさ」をかみしめた。
地震で経験した苦しみを全てぶつけようと挑んだこの日のレース。自己記録は更新できなかったものの、「熊本市消防局」と胸に書かれたユニホームで走っていると、「熊本頑張れ」と沿道から多くの声援を受けたという。「終盤はスタミナが切れたが、熊本への声援に後押しされ、感謝しながら、最後まであきらめずに完走することができた」
ゴールに向かう和田伸也さん(左)
2016年12月4日 朝日新聞