ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

感性豊か障害者のアート展…松江

2013年11月05日 01時19分40秒 | 障害者の自立
 障害者が手がけたアート作品を展示・販売する「チャレンジドアート・エキスポ・イン・ジャパン 2013」が、松江市の松江イングリッシュガーデンで開かれている。4日まで。

 出雲市のNPO法人・サポートセンターどりーむ(土江和世理事長)が主催し、今年で3回目。園内のギャラリーには、全国8か所の福祉施設や養護学校などから寄せられた個性的な絵画、陶器、工芸品など約500点が並び、販売収益のほとんどは作者に還元される。

 訪れた松江市内中原町の主婦藤原栄子さん(71)は「誰にもまね出来ないユニークな色づかい。感性豊かな絵の世界に引き込まれます」と感心していた。

 入場無料。問い合わせは同園(0852・36・3030)へ。


障害者が手がけた個性豊かな作品(松江イングリッシュガーデンで)

(2013年11月4日 読売新聞)
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円盤投げで自己ベストの28.29mを出した田中選手

2013年11月05日 01時04分31秒 | 障害者の自立
10月26日より5日間にわたってクアラルンプールで開催されたアジアユースパラゲームズで、陸上競技に出場した田中司(19歳・香川県)は、さらに遠くへ投げることをめざし、F12(視覚障害)の円盤投げと砲丸投げで共に自己ベストを樹立、金メダルを獲った。その田中の力の裏には、異種競技の経歴があった。

田中は、1994年徳島県生まれ。現在、香川県立盲学校高等部普通科3年生に在学している。小学校から、そのプレー姿に一目ぼれした先輩を追って、中学校まで野球を続け、主に外野を担っていた。
高校進学後も野球を続ける方向で、特待生として私立高校への進路が決定していた矢先、急に左目の視力が低下する悲劇に見舞われた。この時、検診を受けた香川県の大学病院で「レーベル病」と診断された。視力をつかさどる神経に異常が生じる難病で、田中は「晴眼者が度数の合わない眼鏡をかけているような感覚で、中心がぼやけているように見えるようになった」という。周囲は、野球部のサポートをするよう田中に提案したが、田中は自分が世界でも戦える選手としての継続を望んでいた。にもかかわらず、最終的には、視力低下を理由に進学を断念してしまった。

進学断念後は、視力低下を食い止める治療方法を探るため情報収集に努めた。その間、多くのパラリンピック選手のサポートを手がけている鍼灸師で、今大会日本陸上チームのトレーナーでもある前田為康氏に出会った。前田さんの下で治療に専念していたところ、田中の体型が話題となり、相撲部屋への道が開かれ、2010年5月、新弟子検査に合格。「司」という"しこ名"で式秀部屋の扉をたたき、途中「徳島」へしこ名を改め序二段まで勝ち進んだ。しかし、相撲独自の頭からぶつかっていく衝撃で急激に視力を悪化させてしまい、2010年9月に引退せざるを得なかった。


円盤投げで自己ベストの28.29mを出した田中選手

引退後も自分のアスリートとしての道を断ち切れないまま、目の治療に専念しつつ、現在の香川県立盲学校へ進学した。ここで、グラウンドソフトボールという視覚障害者の野球に出会い、主将として懸命の練習に励んだ。しかし、グラウンドソフトボールは国際大会が行なわれておらず、物足りなかった。そして、ついに、小学校からの外野選手としての強肩と、相撲で鍛えた下半身をフルに生かせる陸上競技の投てき種目にたどりついた。

10月26日より5日間にわたってクアラルンプールで開催されたアジアユースパラゲームズで、陸上競技に出場した田中司(19歳・香川県)は、さらに遠くへ投げることをめざし、F12(視覚障害)の円盤投げと砲丸投げで共に自己ベストを樹立、金メダルを獲った。その田中の力の裏には、異種競技の経歴があった。

田中は、1994年徳島県生まれ。現在、香川県立盲学校高等部普通科3年生に在学している。小学校から、そのプレー姿に一目ぼれした先輩を追って、中学校まで野球を続け、主に外野を担っていた。
高校進学後も野球を続ける方向で、特待生として私立高校への進路が決定していた矢先、急に左目の視力が低下する悲劇に見舞われた。この時、検診を受けた香川県の大学病院で「レーベル病」と診断された。視力をつかさどる神経に異常が生じる難病で、田中は「晴眼者が度数の合わない眼鏡をかけているような感覚で、中心がぼやけているように見えるようになった」という。周囲は、野球部のサポートをするよう田中に提案したが、田中は自分が世界でも戦える選手としての継続を望んでいた。にもかかわらず、最終的には、視力低下を理由に進学を断念してしまった。

進学断念後は、視力低下を食い止める治療方法を探るため情報収集に努めた。その間、多くのパラリンピック選手のサポートを手がけている鍼灸師で、今大会日本陸上チームのトレーナーでもある前田為康氏に出会った。前田さんの下で治療に専念していたところ、田中の体型が話題となり、相撲部屋への道が開かれ、2010年5月、新弟子検査に合格。「司」という"しこ名"で式秀部屋の扉をたたき、途中「徳島」へしこ名を改め序二段まで勝ち進んだ。しかし、相撲独自の頭からぶつかっていく衝撃で急激に視力を悪化させてしまい、2010年9月に引退せざるを得なかった。

引退後も自分のアスリートとしての道を断ち切れないまま、目の治療に専念しつつ、現在の香川県立盲学校へ進学した。ここで、グラウンドソフトボールという視覚障害者の野球に出会い、主将として懸命の練習に励んだ。しかし、グラウンドソフトボールは国際大会が行なわれておらず、物足りなかった。そして、ついに、小学校からの外野選手としての強肩と、相撲で鍛えた下半身をフルに生かせる陸上競技の投てき種目にたどりついた。

懸命の練習から2年、田中は、円盤投げと砲丸投げで日本代表選手に選ばれ、念願の国際舞台に立つことができた。
最初の種目は円盤投げで、極度の緊張からいつもと違うフォームをしてしまい、手首を痛めるミスをしたが、痛みをこらえながら自己ベストの28.29mを叩き出した。しかし、一向に痛みは収まらず、砲丸投げは左右交互で投げるといった体力を温存する作戦をとった。そして、砲丸投げでも、唯一の自己ベスト8.71mを叩き出し、田中は念願の国際戦デビューを無事に終えることができた。

田中は、今大会を振り返り「世界のトップ選手と戦うには、まだまだレベルアップが必要。トップ選手に少しでも近づけるように、自分自身を鍛えなおしたい。また、今回はユースの選手として選ばれたが、次回は絶対にフル代表に選ばれるように頑張りたい」と語った。
今後、田中は進学せず、就職を視野に競技継続を望む方針である。ユース代表が決まるまでは陸上の練習環境など意識していなかったが、今大会をきっかけに、これからは就職と共に練習環境の基盤を何としても作っていきたいと望むようになった。

パラフォト-2013年11月03日
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障害者出演 笑顔フェス

2013年11月05日 00時54分23秒 | 障害者の自立
 ◆お笑い番組制作会社長ら企画

 「お笑い」から「笑顔」へ――。テレビのバラエティー番組などを手がけてきた制作会社の社長が中心となり、障害者たちのフェスティバルを、9、10日に代々木公園(渋谷区)で開催する。出演者の大半は、何らかの障害を持った人たち。社長は「彼らの素晴らしい能力を知ってもらうことで、みんなが活(い)き活(い)きできる社会の実現につながれば」と話す。

 企画したのは、番組制作会社「アクロ」(港区)の社長齋藤匠さん(50)=千葉県市川市。これまで「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」など、主に人を楽しませる仕事に携わってきた齋藤さんが、障害者に目を向けるようになったのは5年前。市川市でPTA会長を務めると、障害児たちが出演し、同地で開かれている「チャレンジド・ミュージカル」に関わるようになった。

 ◇代々木公園で9・10日「素晴らしい能力知ってほしい」

 「それまでは、例えば電車の中で奇声を発する子どもがいれば、引いてしまっていた」と話す齋藤さん。それが、障害児たちと接するうちに、「うれしければ、誰だって大きな声で笑うんだ」と気づいた。

 練習で、最初は、稽古場の窓から電車ばかりを見ていた子どもが、舞台の最前列で楽しそうに歌うように変わった。一方で、こうした活動は、とかく地域や施設に限定されてしまうと感じた。ある親から言われた「我が子の存在を一人でも多くの人に知って欲しい」との思いに共感した。それならばと、障害者と、彼らを支援する人たちが一堂に集まったイベントを、と思い立った。

 今回の「チャレンジド・フェスティバル」の出演者は14組。聴覚障害を持つ手話パフォーマーや筋ジストロフィーと闘いながら活動を続けるバンドがいる。知的障害者が加わった和太鼓演奏や「ミュージカル」から誕生したダンスチームなども参加する。大半は知的、身体といった種類を問わず、何らかの障害を持った人たちだ。

 齋藤さんは「自分たちを表現したいという人たちは、全国にたくさんいるはず。いずれは、地方で予選を開き、その代表が代々木公園に集まってくる。渋谷駅から原宿・表参道まで、障害のある人、ない人で埋まるようなイベントに育てていきたい」と意気込む。

 開催は代々木公園野外ステージで、9日は正午、10日は午前11時半スタート。入場は無料だが、運営費などの寄付金は募っている。イベントの詳細はウェブ(http://challenged-festival.com/)に掲載。

朝日新聞-2013年11月1日12時42分
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新学科設置予定の岩教大、大会や合宿誘致検討 10日に車いすラグビー体験会

2013年11月05日 00時50分15秒 | 障害者の自立
 【岩見沢】来年4月に新学科を設置予定の道教育大岩見沢校が、障害者スポーツの振興に力を入れている。構内に建設中の新体育館はバリアフリーで設計しているほか、学生たちも車いすラグビーの大会と体験会の開催を企画。学習の場としてだけでなく大会や合宿を誘致し、障害者スポーツの拠点とする考えだ。

 1日、同校体育館にスポーツ教育課程1年の35人が集まった。授業は車いすラグビー体験。講師は道内唯一の車いすラグビーチーム、ビッグディッパーズ(旭川)の選手3人で、ロンドン・パラリンピックに出場した池崎大輔さん(35)の姿も。学生たちは競技用車いすがぶつかる迫力に、驚きの声を上げていた。

 同校では2年前から車いすラグビーの授業を継続。学生たちが市民向けの体験会も開いている。今月10日にも学生やビッグディッパーズが出場する大会&体験会を開催する。

 同校は来年度、現行の「芸術」と「スポーツ教育」の両課程を「芸術・スポーツ文化学科」に改編。イベント運営などを学ぶ「芸術・スポーツビジネス専攻」を新設、教員も増やす。地域連携の窓口になる「岩見沢校リージョナルセンター」も開設予定で、イベント開催など現在建設中の体育館をこれらの活動拠点とする構えだ。

 体育館は鉄骨鉄筋コンクリート造2階建て。車いすで利用できるトイレや更衣室などを備える。来年5月には車いすラグビーの全国大会を開催予定で、同校の越山賢一教授は「合宿も出来るようにし岩見沢の交流人口を増やしたい」と語る。

 車いすラグビーの大会&体験会(小学生以上対象)は10日午前9時から同校の体育館で。午後1時からビッグディッパーズの選手によるエキシビション、同1時半から体験会を実施する。

 問い合わせは同校の奥田准教授(電)090・3946・5880へ。

2013/11/02 16:00 【北海道新聞】
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全日本身体障害者野球選手権:神戸コスモスV7 /兵庫

2013年11月05日 00時46分34秒 | 障害者の自立
 第15回全日本身体障害者野球選手権大会(日本身体障害者野球連盟など主催)の決勝が3日、豊岡市日高町の県立但馬ドームであり、神戸コスモス(西近畿代表)が東京ブルーサンダース(関東・甲信越代表)を10−0で破り7連覇を果たした。

 2日間にわたって7チームが熱戦を繰り広げ、順位戦もあり3位以下は(3)北九州フューチャーズ(九州代表)(4)広島アローズ(中国・四国代表)(5)名古屋ビクトリー(中部・東海代表)(6)岩手北上リリーズ(北海道・東北代表)(7)京都ビアーフレンズ(東近畿代表)の順だった。

 準決勝までの結果は次の通り。

 【1回戦】北九州フューチャーズ2−2名古屋ビクトリー(規定に基づき北九州の勝ち)▽広島アローズ6−3京都ビアーフレンズ▽東京ブルーサンダース5−3岩手北上リリーズ

 【準決勝】神戸コスモス2−0北九州フューチャーズ▽東京ブルーサンダース6−0広島アローズ

毎日新聞 2013年11月04日 地方版
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