わたしは何かの恐れのために行動したり、
また反対に恐れのために自分の行動を
変更することがあります。
あなたはそういうことがありませんか。
ヨハネ18章に行きます。
ここにも恐れによって行動した人と
恐れによって行動していない人の両方が出てきます。その対比でみていくとよく分かる話です。
ヨハネ18章
18:1 イエスはこれらのことを語り終えて、
弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、
イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。
18:2 イエスを裏切ったユダは、
その所をよく知っていた。
イエスと弟子たちとがたびたびそこで
集まったことがあるからである。
18:3 さてユダは、
一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った
下役どもを引き連れ、
たいまつやあかりや武器を持って、
そこへやってきた。
いよいよイエスが捕らえられ、
連れて行かれるあの場面です。
緊迫した様子が伝わってくるようですね。
イエスを捕らえるためにやって来た人たちは、
たいまつや明かりを持っていますから、
これは夜ですね。
人影も見えないような真っ暗な時間です。
多分、そこらには街灯もなかったはずです。
そして人里離れたケデロンの谷の向こうにある園が
その場面です。
名前は書かれていませんが、
多分ゲッセマネの園ですね。
そこにいたイエスと弟子たち一行のもとへ、
突然、暗闇の中に一群の人たちが
明かりを手にして現れました。
事前に打ち合わせをしていて約束の時間に、
皆が集まったというのではありません。
予告もなく、真っ暗な中に突然、
明かりや武器を持った大勢の人たちが現れた
とすると、あなたならどうしますか。
弟子たちはその明かりと人の気配に
ビクッとしたでしょうね。
こんな時に相手に何か声をかけるのは、
どちら側であってもそう簡単ではないですね。
この状況で誰が最初に何を言ったでしょうか。
武器を持った人の側から
武器を持った人の側から
何か声をかけてきたでしょうか。
それともイエスと弟子たちの側からでしたか。
それともイエスと弟子たちの側からでしたか。
次回に続きます。





