互いに愛し合い、互いに受け入れ合うとは素晴らしい教えです。
イエスはその弟子たちとの関係の大切さを
分かりやすく解説し、教えていません。
より良い人間関係を築くための4つのポイントを提供しているのでもありません。
自ら、弟子たちの前にひざまずいて、タオルを腰に巻き、
たらいに水を入れ、彼らの足を洗い、
そのタオルでひとりひとりのぬれた足を拭いていかれたのです。
人との関係の大切さを教えることはできても、
これは誰にでも出来そうで、そう簡単なことではありません。
実際のところ、十字架以前のイエスの弟子たちはそのことが出来ませんでした。
出来ないだけではなく、イエスを裏切り、その関係を切ったのです。
それはこの弟子たちが十分に教えられていなかったからでしょうか。
クリスチャンは互いに愛し合わなければならないのですが、
その教えだけで現実にわたしたち主イエスを信じる者たちは
互いに愛し合う関係を築いているでしょうか。
ところが、ところがです。
イエスがいなくなった後の弟子たちは、
互いに愛し合う愛の共同体を形成していきました。
あの弟子たちがそのように変えられていったのは、なぜでしょうか。
ご存じのように、その間にペンテコステの時の聖霊の働きがありました。
ペテロをはじめ弟子たちがあのように変えられていったのは、
彼らの心掛けが変わり、努力した結果からではなく、
聖霊の働きを受け入れたからでした。
「使徒の働き」の中では、
聖霊の働きによっていろいろな奇跡も起こっていますが、
互いに愛し合う愛の共同体もまた、聖霊の働きであったとわたしは信じています。
これは、人には出来ないことも神には出来ないことはない(マルコ10:27)、
そのみ言葉のあかしでもあります。
次のみ言葉を聞いたことがありますか。
2コリント13:13
主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、
あなたがたすべてとともにありますように。(新改訳2017)
このみ言葉で何か思い出しませんか。
わたしは現役の牧師の時、長年、礼拝の終わりにこのみ言葉を祝祷として捧げていました。
ですから、おそらくどこの教会でも、礼拝に参加しておられる方々は
このみ言葉をよく知っておられるはずです。
ここで、3つ目の「聖霊の交わり」とはどういうことでしょうか。
キリストの恵みは、主イエスが与えてくださる恵みです。
神の愛は、父なる神が与えてくださる愛です。
そこから判断すると、
聖霊の交わりとは、聖霊が与えてくださる交わりです。
人の努力だけではなく、教えを実行するだけではなく、
わたしたちが経験する、時として難しい人との関係や交わりも
聖霊によって与えられるものです。
そうなんですね。
イエス・キリストもいつまでも変わらない方ですが、
聖霊も初代教会以来、今現在も変わらない方です。
この聖霊さまを認めますか。
頼りにしておられますか。
今、スマホを置いて、人との難しい関係について祈って、
「助け主」なるこの聖霊さまの助けを求めませんか。
ローマ 8:26
同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。
私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、
御霊ご自身が、
ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。(新改訳2017)





