ヨハネ8章1-11節のお話の続きです。
「罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい」
とイエスは言われました。
その後、人々は年寄りから初めて、
ひとりまたひとりとその場から離れて行き、
最後は、イエスとその女性ふたりだけになりました。
ここまでの話、覚えておられますね。
その時、イエスはその女性に、声をかけました。
「女よ、みんなはどこにいるか。
あなたを罰する者はなかったのか」。
女は言った、
「主よ、だれもございません」
彼女は、そう答えたのですが、
正しくは「あなた以外には誰もございません」
と答えるべきでした。
彼女はそう言っていません。
ということは、
そこにいるイエスは自分に石を投げることはしない
という確信があったのですね。
イエスは自分を罪に定めようとしておられない、
いや、赦そうとしておられる。
そう信じて、彼女はこのように答えた、
とわたしは思います。
「あなたを罰する者はなかったのか」
とイエスがわざわざ女に聞いておられます。
見れば分かることです。
わざわざそう聞かれた理由は、
彼女のこの信仰を求めておられたからです。
彼女のことでもう一つ気づかされることがあります。
(まだ、何かあるの?)
石を投げようとしていた人たちが、
その場からいなくなった時、
彼女もその場を立ち去ってもよかったのです。
パリサイ人たちから無理やりにこの場に連れてこられたのです。
一番この場にいたくなかったのは、
この人だと思います。
皆がその場から離れていくとき、
その人たちに紛れて、
自分もそこから姿を消してもよかったのです。
ところが、
彼女はその場から離れず、
そこにずっと留まっていました。
なぜでしょうか。
ふたりだけになった時、
「あなたを罰する者はなかったのか」
と聞かれたイエスは、
その場を去って行かない彼女のことも
しっかり見ておられたと思います。
彼女がその場を去って行けば、
元の彼女に戻るだけです。
問題を先送りにするだけです。
イエスのそばにいることは、
彼女にとって何かの希望があるように思えたからです。
その希望が何であるかは、
ハッキリしていなかったとしても、
彼女はこの時、イエスに出会っていたのです。
イエスに出会うなら、
人は罪が赦され、
新しい人生を生きる人となります。
どう思いますか。





