前回まで、ヨハネ福音書4章では、
「第2のしるし」を見てきました。
王室の役人とイエスとの出会い、
その息子の癒しという「しるし」を通して、
イエスがどういう方であるかが分かりました。
その前は、サマリアの女とイエスとの出会いを通して、
イエスとはどういう方であるかが見えてきました。
あなたも主イエスと出会っておられますね。
あなたにとってイエスとはどういう方でしょうか。
ヨハネ福音書5章に入ります。
ここではイエスは誰と出会っておられるでしょうか。
ここからイエスとはどういう方でしょうか。
分かっていたと思っていた主イエスのまた、別の面が見えてきます。
ヨハネ5:1-9【口語訳】
5:1 こののち、ユダヤ人の祭があったので、
イエスはエルサレムに上られた。
5:2 エルサレムにある羊の門のそばに、
ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。
5:3 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、
大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。
5:4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、
水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、
いやされたからである。〕
5:5 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、
また長い間わずらっていたのを知って、
その人に「なおりたいのか」と言われた。
5:7 この病人はイエスに答えた、
「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。
わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。
5:8 イエスは彼に言われた、
「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。
5:9 すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。
その日は安息日であった。
イエスがひとりの病人に声をかけられた時の話です。
エルサレムにある羊の門の近くのベテスダと呼ばれる池のそばにいた病人でした。
この病人はどういう人でしたか。
38年もの長い間、病気に苦しんでいた人でした。
この人は池の水が動くのを横になって待っていました。
また、自分が一番に池に入るために、助けてくれる人を待っていた人でした。
しかし、他の人から見ると、この人の願っていることは無理な話であり、
希望の持てない絶望的な状況と見えていたと思われます。
それでもこの人は癒されることをあきらめていなかったようです。
そして、長い年月が経っていました。
ある意味、この人は、人に押しのけられて、
自分の思うようにならない思いをしている人たちの代表とも言えます。
その近くにイエスがやって来られたのですが、
どちらが先に声をかけましたか。
イエスの方からその病人に声をかけられましたね。
どういうふうに声をかけておられますか。
「病気になって何年くらいになりますか」でしたか。
(違います)
その病人に声をかけられたイエスの、その言い方についてどう思いますか。
次回に続きます。





