ヨハネ福音書3章の前回の続きです。
ニコデモの話は今回で最後となります。
ニコデモはパリサイ人で、ユダヤ人の指導者でした。
しかし、この人は神は信じていましたが、
イエス・キリストは信じていないという意味では、未信者ですね。
あなたは、身近な未信者の人たちと接しているでしょうか。
もちろん、接していると思います。
わたしの近くには未信者の人が見当たらないと
言うクリスチャンは、この日本にはおられないのでは
ないでしょうか。
(何を言おうとしているの)
そうなのです。
その未信者の人と話をしていて、
自分とは話が合わないと思うことがありますか。
世界が違うなーと思ったことがありますか。
わたしはあります。
これは、いろいろ言えると思いますが、ひとつは、
この世の国だけを見ている人と神の国が見えている人の違いです。
イエスは宗教指導者でもあったのですが、未信者のニコデモに、
「だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」
と言われましたね。
言い換えると、
誰でも御子イエスを信じて、新しく生まれた人は神の国が
見えるのです。
神の国が見えるということをとても特別なこととしている人も
いるかもしれません。
そういうこともあるかもしれません。
とても霊的で信仰のレベルが違う人でなければ、
神の国は見えないのではないか、と思っている時が
わたしにもありました。
しかし、主イエスのみ言葉によれば、
新しく生まれた人は誰でも、神の国が見えるのです。
わたしはこのイエスの言葉を信じます。
イエスの言われる言葉を信じる人は、イエスを信じる人です。
この世の国だけに生きている人とは、どこかで違うのです。
見えているものがあるからです。
もちろん、わたしは悪霊が出ていくことやしるしや奇跡を
いつも見ているわけではありません。
しかし、神の国についての理解はもっと広いのです。
次のみ言葉はどうでしょうか。
「神の国は飲食ではなく、義と、平和と、
聖霊における喜びとである」。(ローマ14:17口語訳)
神の国は見える形での、飲んだり食べたりという世界ではなく、
神の主権と支配による目に見えない義、平和(平安)、
喜びの世界です。
そして、それらの神の国の恵みは来るべき世においてと
同じように、今のこの時代に味わえるのです。
復活された主イエスは40日間、人々に話をされました。
何の話をされたでしょうか。それは神の国についてでした。
(使徒1:3)
多くのクリスチャンたちにいろいろな手紙を書いたパウロは、
最後にどういう生活をしていたでしょうか。
借家に住んでいた晩年のパウロは、訪ねてくる人たちに
何の話をしていたのでしょう。神の国についてでした。
(使徒28:31)
主イエスは何と言われたでしょうか。
「まず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、
これらのものはすべて、それに加えて与えられます」。
(マタイ6:33)
この主イエスの言葉を信じる人は、イエスを信じる人です。





