ヨハネ福音書3章の夜イエスのところへ訪ねて来たパリサイ人
ニコデモとイエスとの対話の場面の続きです。
3:3 イエスは答えられた。
「まことに、まことに、あなたに言います。
人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
3:4 ニコデモはイエスに言った。
「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。
もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」
3:5 イエスは答えられた。
「まことに、まことに、あなたに言います。
人は、水と御霊によって生まれなければ、
神の国に入ることはできません。」
今日はこの箇所の「水と御霊によって生まれなければ・・・」
というところです。
ここで「水」とは、バプテスマの水ともとれますし、
また、み言葉という意味での水ともとれます。(エペソ5:26)
もう一つは、水という言葉をイエスはどのように
使っておられるかです。
以下にいくつか挙げてみました。
「『わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、
その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出る
ようになります。』
イエスは、ご自分を信じる者が受けることになる御霊について、
こう言われたのである。」(ヨハネ7:38-39新改訳2017)
であれば、ヨハネ4章に出てくる話で、
サマリアの井戸の傍でひとりの女性に
イエスが言われた「生ける水」とは神の賜物であり、
やはり聖霊のことでした。
とすれば、ニコデモに対して言っておられる
「水と御霊から生まれなければ、神の国に入ることはできない」
という意味は、水つまり御霊のことと見てよいと言えます。
わたしはここで聖書の言葉のわかりにくいところを説明して
わかってもらおうとしていません。「見る」や「入る」
という言葉は、別にわかりにくい神学的な言葉ではないですね。
また、「生まれる」ということもわかりやすい言葉です。
また、イエスが他の聖書個所で、そのような言葉を
どのように使っておられるかを見ていくことから、
霊的真理がわかってくることがあります。
ということで、主イエスを信じ、受け入れているあなたや
わたしは、新しく生まれた者であり、
御霊によって生まれた者であり、神の国のことがわかり、
体験できる者とされています。
次回はヨハネ福音書3章の6節以降に進んでいきます。





