ヨハネ1:43-44
その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされたが、
ピリポに出会って言われた、
「わたしに従ってきなさい」。
ピリポは、アンデレとペテロとの町ベツサイダの人であった。
最初にイエスについて行ったヨハネのふたりの弟子たちは、
ヨハネを通してイエスに出会っています。
そのひとりアンデレを通してその兄弟ペテロがイエスに出会っています。
さて次に、ここでは、誰か人を介してではなく、
イエスに出会った人がいます。
ピリポですね。
イエスから直接声をかけられて、イエスに出会っています。
他にもあの迫害者だったサウロはダマスコへの道でイエスに声をかけられて、
直接出会っています。
誰か人を通してではなく、直接イエスに出会ったという人は、
今日もいると思います。
初対面のピリポに、イエスはお互いに自己紹介をすることもなく、
いきなり「わたしに従って来なさい」と言われました。
初対面の人にいきなりこんなことを言える人はいるでしょうか。
不親切で、自分勝手な呼びかけのように思えますが、もちろん、
わたしたち主イエスを信じている者にとっては、
そんな風に思うことはありません。
今日も主イエスはわたしたちに対して、説明もなく、理由も言わず、
そのような短い言葉で語られることがあります。
気を付けていないと、聞き逃すような短いひと言です。
「よかったら、わたしに従ってきませんか」ではなく、
「わたしに従ってきなさい」
何と権威ある言葉でしょうか。
これはお願いではなく、権威ある命令の言葉です。
一体この方は誰なのか、と思わせるような言葉です。
もちろん、イエスは誰かれと区別なく同じような言い方をしておられません。
相手を見て言っておられます。
そのイエスの権威ある呼びかけに応えて従って行く人は、
イエスを主と認め、自分はその主に従うしもべという関係に入ります。
イエスの側の短いひと言で、そういう関係をもつことになります。
何と不思議なことではありませんか。
しかし、自分の信仰の歩みを振り返って見ると、
わたしも頭や知識では何も分からないで、納得できたうえでもなく、
気が付けば、イエスに従う人生を歩んでいました。
あなたもわたしもこのようなイエスとの関係に入っている
お互いではないでしょうか。
どう思いますか。





