ローマ
15:8 私は言います。キリストは、神の真理を現すために、
割礼のある者たちのしもべとなられました。
父祖たちに与えられた約束を確証するためであり、
15:9 また異邦人もあわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。
「それゆえ、私は異邦人の間であなたをほめたたえます。
あなたの御名をほめ歌います」と書いてあるとおりです。(新改訳2017)
キリストは神の子であられ、また神の国の王でもあられます。
福音書には、そのようにご自身を現しておられるところもあります。
しかし、ここではキリストはしもべとなられた、とあります。
「しもべ」とはどういう者でしょうか。
誰かに仕える者がしもべです。
キリストは割礼のある者たち、つまりユダヤ人のしもべとなられました。
ピリピ2:6~8
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられない
とは考えず、
ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じように
なられました。
人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、
それも十字架の死にまで従われました。(新改訳2017)
キリストがこのようにしもべとなられたのは、
聖書のみ言葉の約束を確証するためであり、
また、ユダヤ人ではない、わたしたち日本人をはじめとする異邦人が
神をほめたたえる者となるためでした。
それは神のあわれみによってです。
言いかえれば、キリストがしもべとなってくださったのは、
神のあわれみが現わされ、異邦人が救われるためでした。
それゆえに、わたしたちはこの国の異邦人の中にあって、
主なる神を、主イエス・キリストの御名をほめたたえるのです。
ハレルヤ





