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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「希望と平和の神」

2022年05月31日 05時30分59秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

前回からの続きです。

神とはどういう方かを探し求め、その神がどういう方であるかを

知っていくことは、わたしたちの信仰の大きな励ましとなります。

もう、その経験をしておられるでしょうか。

 

・「どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安で

あなたがたを満たし、聖霊の力によって希望にあふれさせて

くださいますように。」(ローマ15:13 新改訳2017)

 

(希望が心に一杯になり、あふれるのですね。)

(そうなのです。人には希望が必要です。

絶望的になると人は沈み込んでしまいますが、

希望があると、前向きに積極的に生きていけます。

主イエスを信じるあなたやわたしが、喜びや平安で満たされ、

聖霊の力によって希望にあふれる者とされるのは、

わたしたちの神が希望の神であるからです。

周りの状況に影響されず、あなたやわたしの希望の源は神であり、

深く、大きな希望は神からきます。)

 

・「私は、神が与えてくださった恵みのゆえに、

異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となったからです。

私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。

それは異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、

神に喜ばれるささげ物となるためです。」(15:15,16)

 

(この個所から、神とはどういう方と言えるのですか。)

(神とは、人に恵みを与え、その人が他の人のためにキリストに仕える者と

される方です。

福音、つまり良い知らせとは、人が考え出したものではなく、

神からのものです。ですから神の福音と言われます。

その福音によって、人は聖霊により聖なる者とされ、

神へのささげ物となるのです。

神とは、そのようにささげられた人たちを喜ばれる方です。)

 

・「・・・私のために、私とともに力を尽くして、神に祈ってください。」

(15:30)

(神とは、わたしたちが他の人のために祈る祈りを聞いてくださる方です。)

 

・「どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。

アーメン。」(15:33)

(目には見えませんが、わたしたちが信じている神は、

平和(平安)の神であって、平和、平安はこの神からきます。

そして、この神は主イエスを信じている、あなたやわたしを含むすべての人と

共にいてくださる方です。ハレルヤ)


次回に続きます。

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「うそ偽りのない真実な神」

2022年05月27日 05時30分55秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

ローマ人への手紙から神とはどういう方かを探し求めています。

 

・神とは、イエス・キリストの父である方です。(15:6)

(父と子の関係は誰でも子どもでも分かることです。

ただ、その親子関係の根源は父なる神と子なるキリストの関係から

来ていることは、なかなか分かりにくいことです。)

 

・「ですから、神の栄光のために、キリストがあなたがたを受け入れて

くださったように、あなたがたも互いに受け入れ合いなさい。」(15:7)

 

(これは苦手な人間関係のことですね。)

(誰かを受け入れるとか、無視するということは、

日常生活の中でもよくあることです。

わたしたちの信じている神とは、主イエスを信じる者たちが、

教会の違い、その他いろいろな違いを超えて互いに受け入れ合うことで、

栄光を受けられる方です。)

(わたしは人見知りの方で、誰かを受け入れることは時間がかかります。)

(わたしもそういうところがあります。

ただ覚えておきたいことは、自分と違った人を受け入れる、

その根拠となるのは、主イエスがあなたやわたしを受け入れてくださった

からです。)

(わたしも主イエスに受け入れてもらったのですね。

目に見える人のことで心を奪われていると、

そのことを忘れていることが多いです。)

(このみ言葉によれば、わたしたちが人を受け入れることは、

ただその人のためだけではなく、何と神の栄光を表すことになります。

スゴイことですね。神とはそのような方です。)

 

・「キリストは、神の真理を現すために、

割礼のある者たちのしもべとなられました。

父祖たちに与えられた約束を確証するためであり、

また異邦人もあわれみのゆえに、

神をあがめるようになるためです。」(15:8,9)

 

(このみ言葉から、神とはどういう方なのか、判断し、

表現するのは難しいです。)

(言い換えると、キリストが人となってこの世に来られ、

ユダヤ人のしもべとなられたのは、神の真理、真実が現されるためでした。

ということは、目に見えない神の真理、真実が

目に見えるイエス・キリストを見ると、分かるようになったのです。

「わたしを見た者は、父を見たのである」と主イエスは言われました。

福音書に表されている主イエスをそのような目で見ていきたいですね。

神がうそ偽りのない真実な方であると分かれば分かるほど、

その神を、その言われることを信じて間違いないという確信となります。

ということは、また、それは異邦人であるわたしたちが

その神のあわれみのゆえに、神をあがめるようになるためでした。)

 

次回に続きます。

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「忍耐と励ましの神」

2022年05月24日 05時30分54秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

ローマ人への手紙15章です。

あなたの住んでいる町に神社はありますか。

その神社にはどういう神が祀られているのでしょうか。

関心もない、こんなことをお聞きしてすみません。

縁結びの神、安産の神、学問の神とか、豊作の神とか言われる所は、

結構有名な神社ですね。

 

そのような風土、社会の中に生まれ育った者たちが、

この世界には唯一の、天地万物の創造主がおられ、

その方は目には見えませんが、漠然とした方ではなく、

とてもハッキリしておられる方です。

そのように信じるようになったのが、あなたやわたしです。

 

ローマ人への手紙はやや難しいと思われているところですが、

神とはどういう方なのかを見ていくと、

そう難しいという印象ではないと思います。

 

・「どうか忍耐と励ましの神があなたがたに、

キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを抱かせてくださいます

ように」(15:5新改訳2017)

「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、

キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、・・・」(新共同訳)

(忍耐と励ましの神が祀られている神社はないと思います。

忍耐が必要な時というのは、あなたの場合どういう時ですか。)

(自分では忍耐強い方だと思っていますが、何かの時に、

また些細なことで、我慢できないことがあって、

怒ってしまうことがあります。)

(この神はあなたやわたしに対しても忍耐強い方であり、

必要な時に慰め、励ましてくださる方です。

 

そして更にです。

なかなか忍耐できず、人を励ます言葉をかけることも難しいわたしやあなたが

忍耐し、互いに励まし、慰めることができるようにしてくださる神です。)

(そう言えば、これは神が自分に忍耐を教えようとしておられること

なんだなーと思えることがあります。)

 

(また、この人生、励ましが必要な時もありますね。

ただ、頑張ろう、と言われるだけではなく、

励ましの言葉によって元気になることがあります。

わたしたちの神は忍耐と励ましの神です。)

 

次回に続きます。

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「神の裁き、人の裁き」

2022年05月20日 05時30分36秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

ローマ人への手紙14章に入ります。

この章では、神とはどういう方でしょうか。

 

・神は信仰の弱い人も受け入れてくださった方です。

ですから、わたしたちもその人を裁くのではなく、受け入れなさい、

と言われています。(14:3)

(からだの弱い人というのはわかりますが、

信仰の弱い人とはどういう人のこと?)

(それは14章の1,2節に書かれています。)

 

・信仰の弱い人が立つか倒れるか、それはその人の主人次第であって、

その主人である主なる神はその人を立たせることができる方です。(14:4)

(わたしは信仰の弱い方です。では、わたしのような者でも主なる神は

信仰に強く立たせることができるのでしょうか。)

(わたしも信仰が強いとは言えませんが、

弱くても、このみ言葉をそのまま信じることはできます。

つまり、主人である神はしもべであるわたしを立たせることが

おできになるのです。)

 

・わたしたちは皆、神の裁きの座に立つことになり、

自分のことについて神に申し開きをすることになります。

ですから、互いに裁き合ってはいけません。(14:10、12,13)

(人のことをあれこれと批判し、悪口を言ったり、裁くということは、

よくありがちなことです。この点でも、

義なる神の裁きがあることを知っている人は違ってくるのですね。)

 

・キリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人にも認められます。

(14:18)

(わたしのうちにも、人に認めてもらいたいという思いがあります。)

(ありますね。わたしも。しかし、ここで神が喜ばれるのは、

キリストに仕える人のことであり、その人はまた、人にも認められるのです。

人に認められたいからそうするというのではありません。

結果としてそうなるのです。)

 

・律法的にではなく、兄弟をつまずかせないために、あれをしない、

これをしない、と自分で決めることは良いことです。

このような点において、あなたがもっている信仰は、神の御前で、

つまり神と自分の間でハッキリしておくことが大切です。(14:21,22)

(日本語訳は少し分かりにくいので、英訳を参考にしてこのような意味に

とりました。)

 

神とはどういう方か。何を喜ばれる方なのか、だいぶ分かってきましたね。

ローマ人への手紙14章はこれで終わりです。

次は15章に進みます。

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「愛と信頼の関係」

2022年05月17日 05時30分42秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

ローマ人への手紙13章の続きです。

ここから主なる神とはどういう方でしょうか。

 

・わたしたちが税金を納めるのは、

その人たちが神の公僕とされているからです。(13:6)

(神の公僕と呼ばれていますが、この言葉どう思いますか。)

(税務署の人、あまり好感を持てませんね。)

(ザアカイも取税人でした。昔も今も、その人たちは嫌な人たちと

見られるようですが、ここではその人たちも国の公僕ではなく、

神の公僕だと言われています。)

 

・他の人を愛する人は、神の求めておられること、つまり律法の要求を

満たしているのです。

戒め、律法、つまり神が求めていることは、

「隣人を自分自身のように愛しなさい」という言葉に要約されます。

(13:9,10)

(隣人を愛するとは、何か高い理想の教えのように聞こえます。)

(今の言葉で言いかえると、愛と信頼の関係をもつことですね。)

(では、これは人間関係のことですか。)

(今日、人間関係がいろいろなところで壊れてきています。

コロナ感染防止のためにソーシャルディスタンスという言葉が

よく使われるようになりました。

近づいてはいけない、間を空けなければいけないというのは、

疎遠な関係が、もっと疎遠になっていくような感じです。

その結果かどうか分かりませんが、今日、孤独と不安を抱える人たちが

増えてきていると言われます。

一方で逆に、それによって人との関係がどんなに大切なものであるかにも

気づくようになりました。

そういう意味で、「隣人を自分自身のように愛しなさい」という神の言葉は

今日、人間存在の本質に関わるとても大切な意味をもつものと

なってきました。

人間はそのように神に創造されているからです。)

 

ここで13章を終わって、次回は14章に進みます。

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