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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「肉の思い」

2022年03月29日 05時30分32秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

わたしたちの信じている神とはどういう方か。

その神のことを知ろうとする人、その神を尋ね求める人、その人に、

主なる神は出会ってくださると約束しておられます。

 

出会うと言っても、人と人がどこかでばったり出会うというのとは違います。

しかし、出会うと言ってもよいほどに、より近い関係をもてるのです。

そのように言っているわたし自身は、自分が神とのそういう近い関係を

もっているとは言えませんが、もっと近い関係をもちたいと願っています。

 

ローマ人への手紙8章からです。

・したいと願う善を行わないで、したくない悪を行ってしまう

わたしやあなたを、神はキリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則によって

解放して下さった方です。(8:2,3)

(わたしたちが一生懸命努力したのではなく、

神の方が何かをして下さったのです。

それを信じて、受け入れていくと、そのことが分かってきます。)

 

・神は、ご自分の御子を、罪のきよめのために罪深い肉と同じ形で遣わし、

肉によって罪を処罰された方です。(8:3)

(イエスがあのゴルゴダの十字架上で死刑とされたのは、

当時の宗教指導者たちとローマの総督ピラトによって執行された

歴史的な事実ですが、一方でそれはわたしやあなたの罪の処罰であり、

目に見えない神のご計画による霊的な事実です。)

 

・神は肉の思いに敵対される方であり、

肉のうちにある者を喜ばれない方です。(8:7,8)

(罪ではなく、肉の思いですね。神はただ、肉の思いに目をつぶって

見ないふりをしておられるのではなく、

それに敵対し、それを喜ばれないのですね。)

 

・神ご自身の御霊があなたやわたしのうちに住んでおられるなら、

その人は肉のうちにではなく、御霊のうちにいる者です。

神はそのようにしてくださった方です。(8:9)

(「肉のうちにではなく、御霊のうちにいる者としてくださった」は、

新共同訳では「肉ではなく霊の支配下にいます。」となっています。)

次回に続きます。

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「霊的な事実」

2022年03月25日 05時30分36秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

知的に何かが分かるのと、霊的な事実が分かるのとは、

その分かり方が違いますね。

ですから、霊的な事実を知的に分かろうとすると、無理があります。

 

続けて、主なる神とはどういう方かを見ていきます。

これは、単に神についての知識を身につけるためではなく、

単にみ言葉を理解するためではなく、神を探し求めるためです。

このことを忘れないようにしましょう。

 

ローマ人への手紙6章です。

 

・父なる神はその栄光によって、キリストを死者の中から

よみがえらせました。それは私たちも新しいいのちに歩むためです。

(6:4)

(今年のイースターは4月の17日ということです。

イースターを覚え、毎年キリストの復活を忘れないようにしている

だけがクリスチャンではありません。

キリストの復活は、単なる歴史的な事実だけではなく、

わたしたちが新しいいのちに歩むという、

そんな深いつながりのある霊的な事実です。

そのようにして下さったのが、主なる神です。)

 

・神とは、主イエスを信じているあなたやわたしが、

キリストにあって、キリストと共に十字架につけられ、

死んだ者であり、また神に対して生きる者としてくださっている

方です。( 6:11)

(わたしはこのみ言葉をとても大切にしている者です。

そして、事あるごとに、よくこの言葉を祈っています。

どうしようもない自分に気づいた時です。)

 

・罪の支払う報酬は死ですが、神は、賜物として、

私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちを

与えてくださいます。(6:23)

 

(ここに二つの選択肢があります。

罪の支払う絶望的な死という報酬をもらって、

この人生を終わっていく人もいます。

また、主イエスにある永遠のいのちをもらって、

この人生を終わっていく人もいます。)

(これが本当のことなら大変なことですね。

その中間はないのでしょうか。)

 

ローマ人への手紙7章に進みます。

(えっ、6章はもう終わりですか。3か所だけでしたよ。)

(どうでしょうか? ご自分でも探してみてください。)

 

・神は、ご自身のために実を結ぶようになるために、

わたしたちを死者の中からよみがえった方のものと

して下さったのです。(7:4)

(そうです。主イエスが復活されたのは、ただ、人が問題もなく、

幸せな人生が送れるようになるためではなく、

わたしたちが主イエスのものとなり、神のために実を結ぶようになる

ためです。)

 

(7章はこれだけですか。)

(はい、わたしとしてはそうですが・・・。

7章は人間のどうしょうもない根本的な問題が何であるかを詳しく

語っています。)

 

次回は8章からです。

 

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「心に神の愛が」

2022年03月22日 05時30分19秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

難解とも思われているローマ人への手紙を、

こんなに早く読んでいくのは、スゴイですね。

(何がスゴイのですか。)

いや、ローマ人への手紙を読むのに、

「問い」をもって読んでいくからです。

 

神とはどういう方なのか、という問いをもって読んでいくのは、

ただ漠然と読んでいくのとは少し違います。

求め、探すという主体的というか、自分からという姿勢があるから

です。

 

何度も言っていますが、求める者が得、探す者が見出し、

門をたたく者が開けてもらえます。

 

ということで、もう一度、ご自分でローマ人への手紙を最初から

読み直してみると、きっと新しい気づきや発見があると思います。

(・・・・・・・・)

ということで、早くも5章にきました。

 

・「神との平和」(5:1)

神との平和、この「平和」は英語ではピースで、

「平安」と同じ意味です。

神との関係の中で、あなたやわたしが不安や恐れではなく、

安心できる平和、平安をもっているのは、

イエス・キリストのおかげです。

 

神との平和を得ている人は、周囲の不安、恐れの中にあっても、

主なる神に信頼し、その神のうちに心を安んじることができます。

(1ヨハネ3:19、20参照)

 

・「神の栄光」(5:2)

近寄りがたい神の栄光ではなく、神は、

あなたやわたしにその栄光にあずかるという望みを

与えてくださっている方です。

わたしたちはその望みによって喜ぶことができるのです。

(いろいろなことがありますが、霊のどこかに喜びがありますね。)

 

・「神の愛」(5:5)

神は、聖霊によって神の愛をわたしたちの心に

注いでくださっている方です。

(「心に」ですから、神の愛が分かるのは、感じられるという

フィーリングではなく、心ですね。


「あぁ、わたしのことを思ってくださっているのだ」と、

何かの時に分かるのです。)

 

・キリストの十字架の死、そこに神の愛が明らかにされています。(5:8)

(ということは、神の愛とは漠然としたものではなく、

その愛が分かるのは、十字架に心を向け、思いめぐらす時です。

わたしは「十字架のかげに、いずみわきて・・・」などの賛美を

ひとり静かに自分流で、歌う時もあります。)

 

・「私たちは神を喜んでいます。」(5:11)

(えっ、神を喜んでいいのですか。)

(信じるよりも喜ぶ方がやさしいと思います。)


(わたしのような者でも、喜んでいいのでしょうか。


お前は、喜ぶのはまだ早い、と言われないでしょうか。)

 

(久しぶりに誰かと出会った時、喜ぶことがありますね。


神の与えてくださる恵みや祝福を喜ぶことはあります。

更にそのような祝福を与えてくださる神ご自身を喜ぶことが

できます。)

 

「花菖蒲咲かせし人の愛を見る」


ある公園の菖蒲園に発表されていた、この俳句を

わたしはよく思い出します。

この花は素晴らしい色をしている、この花は大きい、などと

見ている人たちの中で、この俳句の作者はその背後にいる

お世話をした人たちの愛を見ているのです。

 

わたしたち主を信じる者も、そのもっと背後におられる

創造主の愛を見て、喜ぶことができます。

 

次回は、6章に進みます。

 

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「信仰義認」

2022年03月18日 05時30分23秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

あなたやわたしは信仰によって神に認められ、

受け入れてもらったお互いです。

ひと言で言えば、それだけのことですが、よくよく考えてみると、

スゴイことですね。

 

パウロはこのローマ人への手紙3、4章で、そのことを

アブラハムやダビデを例に挙げてくどいように語っています。

 

ローマ人への手紙4章に進みます。

 

・アブラハムの場合も、行いによって神の前に義と認められた

のではなく、神を信じた、それが彼の義と認められました。(4:2,3)

 

・神とは、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と

認める方であって、その方を信じる人には、

その信仰が義と認められます。(4:5)

 

・行いと関係なく、神に義と認められた人の幸いを、

ダビデも語っています。(4:6)

(罪が赦され、救われるのは行いに関係ないのですが、

救われた人たちに対して、行いはどうでもよいとは

言われていません。)

 

・神が、世界の相続人になるという約束をアブラハムに、

また彼の子孫に与えられたのは、律法によってではなく、

信仰による義によってでした。(4:13)

(義と認められた、罪が赦された、で終わりではありません。

まだ、その先に何かあるようです。)

 

・神は、アブラハムを多くの国民の父とされた方です。

それは彼が、死者を生かし、無いものを有るものとして召される神を

信じたからでした。(4:17)

 

・神とは、約束したことを実行する力がある方です。(4:21)

 

・神とは、アブラハムのためだけではなく、

主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、

義と認めてくださる方です。(4:24)

 

神学的には信仰義認ということばに集約されている

霊的な真理ですが、このことを論理的に分かりやすく説明されても、

そうなのかと納得できる人は少ないと思います。

 

神が目に見えない方であるように、信仰によって義とされる

ということも、目に見えない霊的な真理だからです。

主イエスを信じて、このみ言葉を受け取る人には、

そのことが分かるのです。

不思議ですね。

 

分かったから信じたのではありません。

信じたから分かったのです。

そしてまた、神が真実な方であること、

その神の救いのご計画、

これらの真理も分かったから信じたのではなく、

信じたから分かったのです。

 

わたしも、霊的な真理については、まだまだ分かっていないことも

沢山ありますが、

今、分かっていることを大切にしたいと思っています。

 

次回は、ローマ人への手紙5章に進みます。

 

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「うそ、偽りのない方への信仰」

2022年03月15日 05時30分02秒 | ローマ人への手紙より「神を知る」

 

自分のことを認めてくれる人、受け入れてくれる人がいると、

嬉しいですね。

 

このことは神とはどういう方なのかに、関係があるでしょうか。

 

一神教の神、多神教の神などと言われることがあります。

目に見えない主なる神とはどういう方なのでしょうか。

聖書によれば、いるような、いないような漠然とした神では

ありません。

自分探しの旅で見てきたように、あなたやわたしのことを

特別な目で見てくださっている方です。

 

この神とはどういう方なのかを、続けて求めていきます。

ローマ人への手紙3章からです。

 

・神は真実な方です。(3:4)

(うそ、偽りのない方、信頼して間違いない方です。

フェイクニュースという言葉が広がってきました。

本当でない、嘘の情報ですね。うそや偽りが多い世の中であるほど、

人は真実を求めます。

しかし、真実を求めている人もだまされることがあります。)

 

・全世界がこの神の裁きに服するのです。(3:19)

(特定のどこかの国だけではなく、神の裁きは全世界規模で

起こります。

神の裁きは神の義を表し、偽りを裁き、真実を明らかにする

ためです。)

 

・神とは、イエス・キリストを信じるすべての人に神の義を

与えられる方です。(3:22)

(神の義は一方で、裁きとして、もう一方で罪の赦しとして

表わされます。)

 

・神とは、キリスト・イエスによる贖いを通して、

価なしに人を義と認められる方、恵みの神です。(3:24)

(神の恵みと言いますが、十字架の贖いによって与えられる

罪の赦し、義と認められること、

ここにこそ神の恵みが表されました。)

 

・神とは、イエス・キリストを信仰によって受けるべき、

血による宥めのささげ物として公に示され、

ご自分の義を明らかにされた方です。

そして、忍耐をもって、これまで犯されてきた罪を見逃して

こられた方です。(3:25)

 

・神とは、ご自分が義なる方であり、またイエスを信じる者を

義と認める方です。

そして、今この時に、ご自分の義を明らかにされた方です。(3:26)

(主イエスを信じるあなたやわたしは認められたのです。

受け入れてもらえたのです。

これが福音、良い知らせ、グットニュースです。)

 

・神とは、ユダヤ人の神だけではなく、

それ以外の異邦人の神でもあります。(3:29)

 

・神は唯一の神です。

そして、割礼のあるものを信仰によって義と認め、

割礼のない者も信仰によって義と認めてくださる方です。(3:30)

(人が考え、つくり出す神はいろいろあるかもしれません。

しかし、人間を、自然を創造された神は唯一の神です。

人が認めても、認めなくても存在される方です。

割礼を重んじているユダヤ人にも、割礼のない異邦人に対しても

同じように、その信仰を見られる方です。)

 

「信仰によって義と認めてくださる」と何度も出てきます。

目に見えない主なる神が高く評価されるのは、信仰です。

 

何を知っているか、知らないかの知識が重要視され、

知識情報が誇りとされる時代ですが、

主なる神にとっては、この信仰がキーワードです。

 

長血という病気に苦しんでいたあの女性が癒された時も、

盲人バルテマイが奇跡的に見えるようになった時も、

ハンセン氏病に冒され、癒された10人のひとり、

あのサマリヤ人に対しても、

イエスはその人たちの信仰を見られ、

「あなたの信仰があなたを救ったのです」と言われました。

 

ヘブル11:6

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。

神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には

報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。

(新改訳2017)

 

次回は、ローマ人への手紙4章に進みます。

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