詩篇13篇に入ります。
150篇ある詩篇の、まだ13篇です。
主のみ言葉に心と思いを向けていく人、その人に主も目を留め、心を向け、
大切に思ってくださると、わたしは信じています。
詩篇13:1-3
(指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。)
いつまで、主よ、わたしを忘れておられるのか。
いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。
いつまで、わたしの魂は思い煩い、日々の嘆きが心を去らないのか。
いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。(新共同訳)
ここに「いつまで」という言葉が4回も出てきます。
つまり、こんな状態がいつまで続くのか。
先が見えないのです。
暗いトンネルの中を車で走っていて、向こうに出口が見えないと不安ですね。
お先真っ暗という感じですが、経験ありますか。
わたしの人生を振り返っても、そういう時が何度かあったように思います。
あなたはどうですか。
いつまでこんな状態が続くのかと思ったことはありませんか。
この時、ダビデは、主との関係の中で「いつまで」と聞いています。
主が自分のことをいつまで忘れておられるのかと聞いています。
そしてまた、いつまで心に痛みや悲しい思いを持ち続けなければならないのか
と聞いています。
更にまた、人間関係で敵意を持つ人のことで「いつまで」と聞いています。
自分に敵意をもつ人の方がいい顔を見せている、
それは何時までなのですかと聞いています。
そうですね。
何か問題が起こる時、それはこの3つのことに関係してきます。
何もしてくれないように思える主なる神のこと、
いつまで痛みや悲しい思いをしなければならないのかという
自分の心の状態のこと、
そして周りにいる自分に良い顔をしてくれない人たちのことです。
いつまでこんな状態が続くのかと思える中で、
ダビデはひとり自問自答しているのではありません。
ひとりで心の中であれこれと思い煩っているのではありません。
後半は次回に続きます。





