詩篇34:8~12
主の使いはその周りに陣を敷き、主を畏れる人を守り助けてくださった。
味わい、見よ、主の恵み深さを。
いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。
主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。
主を畏れる人には何も欠けることがない。
若獅子は獲物がなくて飢えても、主に求める人には良いものの欠けることがない。
子らよ、わたしに聞き従え。主を畏れることを教えよう。(新共同訳)
主を畏れるとはどうすることでしょうか。
それは近寄ると罰が当たるというように、主を怖がることでしょうか。
触らぬ神に祟りなしという感じで、恐れることでしょうか。
主を畏れる人は主によって守られ、助けられます。
主を畏れる人は、何も欠けることがないと言うのです。
何も欠けることがないとは、何も困ることがない、何も不自由することがないということです。
すごいことですね。
主を畏れる人は、主を意識し、主の目を意識する人です。
人の目を意識し、気にするようにです。
それは、主の目で、自分のやっていることをチエックすることです。
自分のやっていること、その心の動機をチエックすることです。
以上は、わたしの思っていることです。
わたしも十分にできているとは言えませんが、こうして書くことによって自分にも言い聞かせています。
「主を畏れることを教えよう」とありますので、12節以降を読んでみてください。





