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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「内容を確認するための質問」

2019年11月29日 06時52分18秒 | クリスマス・ストーリー

 

毎回同じようなことを言っていますが以下質問の目的は、聖書のストーリーを映像化し、イメージしていただくためです。
その後、真理発見に進んでいきたいと思います。

 ・初めて聖書を読む人には、このクリスマス・ストーリーは作り話か神話のように思えるところですが、では、このお話には神話と思えるところはどこでしょうか。
また、歴史的事実と思えるところはどこでしょうか。

 

・ガリラヤの町ナザレからベツレヘムまでは115㎞から120㎞、高低差400mと言われますが、ヨセフと身重のマリヤには、この旅はどのくらいの日時がかかったと思われますか。

 

・生まれたばかりの新生児イエスは飼い葉桶の中に寝かされたのですが、なぜそんなところに寝かされることになったのでしょう
ヨセフとマリヤが普通の人が泊る宿屋に泊まっていたとすれば、この話はどうなったでしょうか。

 

 ・羊飼いたちは羊の群れの番をしていたのですが、それは夜でした。
では、この羊飼いたちは昼間は何をしていたのでしょうか。

 

・突然、主の御使いが現われましたが、その時、羊飼いたちはこの超自然の出来事に対してどういう反応をしていますか。

 

御使いは羊飼いたちにいろいろなことを言っていますが、最後に「しるし」となるものがあると言っています。それは何でしたか。

 

・その後、羊飼いたちは飼い葉おけの中に寝かせてある幼子を探し当てました。
その時、そこにいる人たちに羊飼いたちは何を言ったでしょうか。

 

次回に続く。

 

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「イエス誕生と羊飼いたち」

2019年11月26日 07時21分23秒 | クリスマス・ストーリー

 

クリスマスとは英語では、Christ-masであり、キリストの祭りということだ。

キリストが生まれてからがADで、それ以前はBC。今の西暦はキリストの誕生を基

準にして決められている。

イエスの誕生には、神話のように思えるものが含まれているので、これは本当にあ

った話なのか作り話かと思われるところがある。

初めて読む人にはこれは本当に実話なのかと、すっと読めないようなところもあ

る。

これをどのように受け止めればよいのか。

クリスマスの本当の喜びを知らないで、お祭り騒ぎをしている人たちに本当のクリ

スマスを知ってほしいと思うことは当然であるとしても、知ってほしい、知ってほし

いが先行してクリスチャンたちが本当の喜びを喜んでいるかどうかが後回しになっ

てはいけない。

 

ルカ2:1~20(混合訳)

 2:1 そのころ、全世界に住民登録をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。

 2:2 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の住民登録であ

った。

 2:3 人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。

 2:4 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザ

レを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

 2:5 それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をする

ためであった。

 2:6 ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、

 2:7 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる

余地がなかったからである。

 

 2:8 さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。

 2:9 すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、

彼らは非常に恐れた。

 2:10 御使は言った、

「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。

 2:11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。

このかたこそ主なるキリストである。

 2:12 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見

るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。

 2:13 するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、

御使と一緒になって神をさんびして言った、

 2:14 「いと高きところでは、神に栄光があるように、

地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

 2:15 御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは

「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようでは

ないか」と、互に語り合った。

 2:16 そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を

捜しあてた。

 2:17 その幼子を見た時、羊飼いたちは、この子について自分たちに告げ知らさ

れた事を、人々に伝えた。

 2:18 人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、驚いた。

 2:19 しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。

 2:20 羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであった

ので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。

 

よく知られているクリスマスのお話ですが、これを4枚ほどの絵にすると、

どういう区切りになりますか。

しばらく、このクリスマス・ストーリーからご一緒に学んでいきます。

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「適用のための質問」

2019年11月22日 06時57分02秒 | 聖書の真理発見

 

 ヨハネ2:1~11のストーリーからの最後の質問です。

これでここからの学びは終わります。

 

「あなたはわたしと何の関わりがありますか」とイエスは母マリヤに聞

いておられます。同じ質問をされたとすれば、あなたは何と答えますか。

あなたはイエスとどういう関係にあるのでしょうか。

 

母マリアは本当に困った時、イエスのもとに助けを求めてやって来まし

た。

しかし、最初は断られるようなことを言われています

その後、マリアはイエスの言われることが分かりしもべに指示していま

す。

ここから、祈りについて教えられることが何かありますか。

 

水がぶどう酒に変わるというほどの経験ではなくても、あなたもイエス

さまを信じ従ったことで何かの変化を体験したことがありますか。

 

・この ヨハネ2:1~11から、ご一緒に学んできたことで、

あなたが一番教えられたこと、主から自分に語られていると思えることは

何でしょうか。

一つだけ挙げるとすると、どういうことでしょうか。

 

以上の質問について、これはあなたが個人的に応えていただきたい質問で

す。

この質問の応答をノートか何かに書き出すと、更にハッキリしてくると思

います。 

 

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「イエスとはどういう方か」

2019年11月19日 06時08分38秒 | 聖書の真理発見

 

カナの婚礼のストーリー( ヨハネ2:1~11)から、今、まとめの段階に入っている。

このストーリーの中で、イエスとはどういう方と言えるだろうか。

このことこそ、わたしたちの聖書の学びの中心であるし、焦点となるべき点である。

聖書からいろいろなことを教えられるが、何よりもこの聖書はイエスご自身をあかししているものであって、

これを学ぶ側もここを外してはならないのだ。

 

ひとつ前に学んだ「姦淫の女」のストーリーでは、イエスがどういう方であるかがその状況を通して見えてきた。

律法学者たちによってイエスの前に連れて来られた女。この女のことでイエスを訴えようとたくらんでいたこの人た

ちにイエスはどのように対応されただろうか。そこからイエスがどういう方であるかをわたしたちは学んだ。

 

また、その前に学んだ「放蕩息子」と言われるストーリーでは、イエスとはどういう方だったか。

イエスはまことの天の父がどのような方であるかを、このストーリーを通して、見事に見せてくださっている。

それだけではない。ふたりのタイプの違った兄弟を通して、人間とはどういう者であるかを見えるように示しておら

れる。

それは何かの神学的な解説や詳しい教えによってという方法ではない。誰にも分かるストーリーという方法によって

である。

 

では、このカナの婚礼の場で起こった緊急の問題を通して、イエスはご自身をどのような方として示しておられるの

か。

 

わたしたちはマリアのように、普通、問題やニーズによって動かされていることが多い。

それは特に悪いことだとは言えないが、主イエスもそれに合わせてくださるとは限らない。

イエスは何によっ動かれるのか

「イエスさまこれをしてください、あれをしてください」と祈ることはよいが、

イエスさまの方も「これをしなさい、あれをしなさい」とご自身の言うことに従ってくれる人を求めておられる。

母マリヤとのことで教えられるように、信仰によって従う人を通して動かれるのだ

ご自身の言われることに従う信仰のあるところで御業を表されるのである。


そこに神の国が表されてい

 イエスはご自分の栄光を現わされると同時に、婚礼の主役である新郎新婦を大きく祝福された。水がぶどう酒に変

わったことで、そこに神の国と王の栄光が現されたとも言える

み言葉に従う人たちがいて、それは起こったのだそこに驚くべき王の主権と支配が現されたのだ

ユダヤの結婚式の婚礼の期間は10日ほど続いたとも言われている。その間、ぶどう酒がなくなったのであるが、

なんと良質のぶどう酒が6つのかめいっぱいに用意されたことになる。

主はあふれるばかりの恵みを表されるお方である。

水が変わってぶどう酒となったが、それは決して少し水臭いぶどう酒ではなく、良質のものであった。

イエスを通して表されている神とはどういう方であるかがここから分かる。

イエスは、平凡な人生を生きるわたしたちを変えて、味と香りのある人生を生きるものとしてくださる方である

つまり、味と香りのある御霊の実を結ばせてくれる永遠のいのちを与えてくださる方である

人は自分のやったことを人に見せ、自慢したい思いがあるが、イエスは人が見えないところで御業をなさるであ

 

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「発信されているメッセージ」

2019年11月15日 06時59分59秒 | 聖書の真理発見

 

婚礼の祝いの場で、ぶどう酒がなくなった。

わたしたちのこの人生はある意味、なくなっていく人生でもある

年を取った人ほど、何がなくなっていくかがよく分かる。若さもなくなり、体力もなくなっていく。

増えるのは白髪としわである。

年齢に関係なく、人生には、予期しないことが起こり、思いがけない仕方でなくなっていくものがいろいろある。

しかし、この婚礼の場にイエスが招かれていたように、主イエスを迎え入れる人の人生は永遠のいのちを得て、豊か

ないのちを経験する。


イエスを信じて救われた人の人生は、ある意味、水がぶどう酒に変えられる人生とも言える。

水は味もなく、無味無臭であるが、ぶどう酒は味もあり、色もあり、香りもある。

わたしも味気ない、空しい、平凡な人生を生きていたひとりであるが、主イエスに出会って、変えられた者である。

主イエスを信じて、何も変わっていないという人もいるが、その人は変わっていないところばかりを見ているのでは

ないか他の人と比べないで、救われる以前の自分と今の自分を比べてみる必要がある。

み言葉から自分を見ると、キリストにあるならその人は新しく造られた者となったのである。(2コリント5:17)
新しく造られた自分とは、神が見ておられる自分である。主イエスを信じるわたしもあなたもみ言葉に言われている

自分を見ていかなければならない。


あなたがたは、先には罪の中にあり、かつ肉の割礼がないままで死んでいた者であるが、神は、あなたがたをキリス

トと共に生かし、わたしたちのいっさいの罪をゆるして下さった。(コロサイ2:13口語訳

だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。(コロサイ3:12口語訳


主イエスを信じる人を神はこのように見てくださっている。あなたもわたしも、神に選ばれた者である。聖なる者と

されている。そして、愛されている者である。

この婚礼の場にイエスを迎えていなければ、この話はどうなっていただろうか。

婚礼の途中で、気まずい雰囲気となり、ひとりふたりと帰って行く人も出てきたのではないだろうか。

新しい人生の門出を祝う、その婚礼の場で新郎新婦は大恥をかくことになっただろう。

いろいろと問題や失敗があっても、イエスを自分のうちに迎えている人には希望がある。

この若いふたりはイエスをその場に迎えていたことで、問題の中で大きな祝福を経験したのであった。

というわけで、このカナの婚礼でのストーリーには、今日の現代人に対しても発信されているメッセージがあるの

だ。

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