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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「主のみ前に先立って行く人」

2019年06月28日 06時10分50秒 | 聖書の真理発見

 

想像ではあるが、10か月以上もの間、祭司ザカリヤは口がきけなかった。
その間、あの聖所で御使いから言われた言葉を思いめぐらしていたと思われる。
その後、口が開かれ、聖霊に満たされ、預言を始めている。
どうしてそんなことがありましょうか、と言っていた彼がである。

わたしたちも主から語られたみ言葉を思いめぐらし、黙想することからどういう経験をするだろうか。

 

ルカ1:67-79のザカリヤの預言の言葉から学んでいる。

ここには「あわれみ」という言葉が何度か出てくる。
人から憐れんでもらうというのは、あまりよい感じがしない。

 

わたしは現役の時、自分の教会のことを「大津あわれみバプテスト教会です」と言っていたことがある。
今、この教会がこうあるのは主のあわれみによるのだと思っていたからである。

 

「これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより・・・」とザカリヤは言っている。

 

イエスが来られることは、それ以前に旧約聖書に預言されていたことであった。
このザカリヤの預言の中のどの言葉からそのことが分かるだろうか。

「主はその御民を顧みて、贖いをなし、

救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。

古くから、その聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。」

ザカリヤの預言の中で、「救い」という言葉は何度出てくるか。それぞれ何から救われるのか。

「この救いは、私たちの敵からの、私たちを憎むすべての者の手からの救いである」

「主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる」

「罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである」

 

この預言の中で、幼子ヨハネのことについてどういうことが言われているか。
聖所で現れた御使いガブリエルの言っていたことと共通する点はあるだろうか。

彼は主のみまえに大いなる者となり」「みまえに先立って行き」と御使いは言っていた。

「主の御前を先立って行き」と、ザカリヤも幼子ヨハネのことを預言している。

 

・これまでの人生を振り返ってみて、これは自分に対する神の憐れみだったと思えることが何かあるだろうか。書き出してみませんか。

 

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「ザカリヤの預言」

2019年06月25日 05時10分13秒 | 聖書の真理発見

 

10か月以上もの長い間、口がきけなかった高齢者ザカリヤが、突然しゃべりだした。
この長い間、口がきけない、モノが言えないということがどんなに辛いことであったかを語り始めたのか。

神殿で御使いに出会った体験を話したのか。

何を言いだしたのか。

 

ルカ1:67-79(新改訳2017)

さて、父親のザカリヤは聖霊に満たされて預言した。

「ほむべきかな、イスラエルの神、主。主はその御民を顧みて、贖いをなし、

救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。

古くから、その聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。

この救いは、私たちの敵からの、私たちを憎むすべての者の手からの救いである。

主は私たちの父祖たちにあわれみを施し、ご自分の聖なる契約を覚えておられた。

私たちの父アブラハムに誓われた誓いを。

主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる。

私たちのすべての日々において、 主の御前で、敬虔に、 正しく。

幼子よ、あなたこそいと高き方の預言者と呼ばれる。主の御前を先立って行き、その道を備え、

罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである。

これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、

暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。」

 

この預言の言葉から判断して、想像してみてください。

口がきけなかったその間10か月以上、ザカリヤは何を考えて毎日を過ごしていたのだろうか。

 

・ここに「あわれみ」という言葉が何度か出てくる。
その神の「あわれみ」によってどういうことが現されたのか。

次回に続く。

 

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「そのタイミング」

2019年06月21日 05時38分06秒 | 聖書の真理発見

 

ヨハネ誕生の話(ルカ1:57-66)のところから学んでいる。

 

年老いたザカリヤ夫婦に生まれた男の子の名前をどうするかということで、

妻エリサベツの主張は聞いたものの、ヨハネというそんな名前は自分たち親族の間にはないということで、人々は夫ザカリヤの意見も聞きたいと手振りで伝えた。

すると、ザカリヤは書き板を持ってこさせ、そこに「その子の名前はヨハネ」と書いた。

それを見て、人々は驚いた。

口のきけないザカリヤが妻と同じことを言ったからだ。

この驚いた人たちとザカリヤ夫婦の違いは何だろうか。

そうです。

主が天使を通して語られた神のみ言葉を信じている人とそうでない人たちの違いだ。

ザカリヤは主の言葉を自分が信じていただけではなく、どうやらそれを妻にも語っていたと思われる。
そして、ふたりともそのみ言葉を信じていただけではなく、それに従ったのだ。

 

そして「その子の名前はヨハネ」としなければならないと主張したのは、
御使いを通して語られた神のみ言葉への応答であった。

その時である。

長い間、10か月以上も口を聞けなかったザカリヤの口が開け、語り出したのだ。

そのタイミングがすごい。

そこにいた人たちは驚いた。いや、それ以上に恐れた。

口が開け、語り出したことを喜ぶ前に、目に見えない神のなさることに恐れを覚えたのだ。

次回に続く。

 

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「夫婦間のコミュニケーション」

2019年06月18日 05時59分14秒 | 聖書の真理発見

 

前回の続きです。
家庭の中での夫婦間のコミュニケーションは簡単なようで、難しいことがいろいろとある。
経験ありますか。わたしはあります。

50年以上の結婚生活であっても、会話の行き違い、取り違いはいまだにある。

このことについて今日の学びから何かのヒントがあるだろうか。

 

エリサベツが突然、集まっていた皆さんの意見に反して、その子の名前はヨハネとしなければなりませんと主張したのだ。
ところで、この名前は最初誰の口から出てきた名前だったか。

そうです。

聖所で祭司としての務めをしていたザカリヤに現れた御使いガブリエルの口から出た言葉だった。

まだ、胎児としての姿もかたちもない時に、「その名をヨハネと名付けなさい」とハッキリ言われていた。

夫ザカリヤはその名前を知っていたのだが、では、妻のエリサベツはどうしてその名前を知っていたのだろうか。

そうですね。

夫ザカリヤから聞いたに違いない。
が、しかし、ザカリヤは聖所を出た時からずっと口がきけなかったのだ。

口のきけないザカリヤから妻エリサベツはどのようにその名前を知らされていたのだろうか。

もちろん、聖書にはそのことは記されていないが、想像することは出来る。

ザカリヤはその時、耳も聞こえていないようだった。

そのことがどうして分かるだろうか。

人々がザカリヤに名前のことを聞いた時、身振りで聞いているので、多分、耳も聞こえていなかったと思われる。口もきけない、耳も聞こえないザカリヤから妻エリサベツはどうしてヨハネという名前を知らされたのだろうか。

もうお分かりですね。

書き板だ。

書き板はあの時初めて使われたのではなく、きっと夫婦の間でずっとこのやり方でコミュニケーションをとっていたことが想像できる。

ということは、エリサベツは息子の名前だけではなく、御使いが夫に言ったことのすべてを書き板を通して聞かされていたのではないか。

ザカリヤは自分ひとりで体験した、あの時の聖所での出来事を、他の人にはともかく、妻に言わずに黙っていることはとても出来なかったはずだ。そして、このような超自然的な霊的体験は男性よりも女性の方がもっと素直に信じてくれたのではないかと思う。

口のきけない夫に代わって、妻が「その名前はヨハネとしなければなりません」と強く主張したことから、以上のことが想像できる。

ところで、口がきけていても、耳が聞こえていても、夫婦間のコミュニケーションがむづかしい時はないだろうか。そんな時、書き板までいかなくても、メモ、ノートなどを使うことが必要な場合もあるかもしれない。

そばにいる人に口で言えなければ、メールのやり取りはどうだろうか。

 

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「お話の内容確認」

2019年06月14日 06時08分09秒 | 聖書の真理発見

 

 

前回の続き。

ルカ1:57-66のヨハネ誕生の話のところから学んでいる。

この個所を聖書を開けないで、どの程度覚えておられるでしょうか。
何回も言っていますが、これは記憶力テストのための質問ではありません。
お話を聖書を見ないでも映像として思い浮かべていただくためです。

そして、初心者には耳から聞き、映像として考えることの方がずっと易しいと思えるからです。

 

まず、このお話の内容を確認するうえで、お尋ねしたい。

・8日目にユダヤ人の慣習として割礼を施すことになって、関係者が集まって来た時、皆さんが生まれたその子に父親の名にちなんでザカリヤという名前を付けようとした。

ところが、その時、妻エリサベツは、それに反対して「いいえ、その名前はヨハネとしなければなりません」と主張したのだ。
ところで質問です。

なぜ彼女はそう主張したのか。

どうして、妻エリサベツはヨハネという名前を知っていたのだろうか。
それは夫ザカリヤにだけ、御使いから知らされていたことだったし、
その後、ザカリヤはものが言えなくなっていたのだ。
聖書には書かれていないが、想像出来ることがあるだろうか。

 

・ザカリヤの口が開け、語り始めたのはどういうタイミングだったか。彼はどのくらいの間、口がきけなかったのだろうか。耳は聞こえていたのか。
どう思いますか。

 

・集まっていた人たちは最初はヨハネの誕生を喜んでいた。
しかし、あるところで、恐れたと言われている。
不思議に思っただけではなく、この人たちはどういうことで恐れたのか。

 

次回に続く。

 

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