先日、息子の家族と野外のバーベキューに出かけた。
肉などの食材を焼いて食べる楽しいひと時であったが、準備をする側はきっと前日にいろいろと忙しかっただろうなと思った。わたしたち夫婦は何もしなかったからである。
何をするにも計画性をもった準備段階が大切であることは、日常生活の中でも、皆が経験していることだと思う。
神は独り子イエス・キリストをこの世に遣わされたが、その前にしっかりと計画的な準備をしておられる。
どういう準備だったか。
そのことを見ていく時に、わたしたちの信じている神とはどういう方であるかが見えてくる。今回から、また新しい聖書の個所を学んでいきたいと思う。
ルカ1:5-25
1:5 ユダヤの王ヘロデの世に、アビヤの組の祭司で名をザカリヤという者がいた。その妻はアロン家の娘のひとりで、名をエリサベツといった。
1:6 ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。<非のうちどころがなかった。>
1:7 ところが、エリサベツは不妊の女であったため、彼らには子がなく、そしてふたりともすでに年老いていた。
1:8 さてザカリヤは、その組が当番になり神のみまえに祭司の務をしていたとき、
1:9 祭司職の慣例に従ってくじを引いたところ、主の聖所にはいって香をたくことになった。
1:10 香をたいている間、多くの民衆はみな外で祈っていた。
1:11 すると主の御使が現れて、香壇(香の祭壇)の右に立った。
1:12 ザカリヤはこれを見て、おじ惑い、恐怖の念に襲われた。
1:13 そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。
1:14 彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし(あふれるばかりの喜びとなり)、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。
1:15 彼は主のみまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、
1:16 そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。
1:17 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて(不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて)、整えられた民を主に備えるであろう」。
1:18 するとザカリヤは御使に言った、「どうしてそんな事が、わたしにわかるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています」。
(私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。)
<何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか>
"How shall I know this"(NKJV)
1:19 御使が答えて言った、「わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに語り伝えるために、つかわされたものである。
1:20 時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる」。
1:21 民衆はザカリヤを待っていたので、彼が聖所内で暇どっているのを不思議に思っていた。
1:22 ついに彼は出てきたが、物が言えなかったので、人々は彼が聖所内でまぼろしを見たのだと悟った。彼は彼らに合図をするだけで、引きつづき、口がきけないままでいた。
1:23 それから務の期日が終ったので、家に帰った。
1:24 そののち、妻エリサベツはみごもり、五か月のあいだ引きこもっていた(安静にしていた)が、
1:25 「主は、今わたしを心にかけてくださって、人々の間からわたしの恥を取り除くために、こうしてくださいました」と言った。(口語訳)
( )は新改訳2017訳 < >は新共同訳
信仰生活の長いクリスチャンには、よく知られているところでもある。
この個所から新しく、どのような真理を発見することが出来るだろうか。
次回に続く。