さて、聖書の話から今現在の話に移ります。
今日、人がイエスと出会うと何が起こるのでしょうか。
今日、この日本の社会で人はどのようにイエスに出会うことが出来るのでしょうか。
今もそれは起こるのでしょうか。
どう思いますか。
これはわたしの意見であり、経験でもあります。
今日も人がイエスに出会うと、
・その人の心に何らかの変化が起こる。
・その人は、自分が赦され、愛され、受け入れられていることが分かる。
・その人の価値観、人生観が変えられる。
他にありますか。
あなたの場合はどうでしたか。
今日、人はどのようにイエスに出会うことが出来るのか。
①そのもっとも良い情報源はもちろん聖書。
聖書研究として多くの知識を得ることも出来るが、しかし、イエスとはどういう方かを学ぶのがポイントです。
エマオの途上の復活のイエスは、ふたりの弟子たちに聖書全体からキリストについて説き明かされました。
「この聖書はわたしについてあかししている。」とイエスご自身が言っておられます。
ですから、今日も人は聖書を通してイエスのことを知り、イエスのもとへ行き、イエスに出会うことが起こります。
②もう一つは、すでにイエスに出会っている人のあかしによって。
③イエスに出会うために必要なことは何か。
- その人がイエスについて聞く必要があります。
- その人がイエスと出会った人のあかしを聞くことも出来ます。
- 今日、主イエスを求めている人がイエスと出会う、その一つの方法は祈りである。
祈りの中で、聖霊の導きによってイエスと出会うことが起こります。 - 祈りの中で、主が何か語られたことがないかを聞くこと。これも主に出会う機会となります。
- ザアカイのように主イエスを自分の心に迎える人は、主に出会います。
- 祈りの一例です。
「父なる神さま、わたしは完璧な人間ではありません。心に葛藤もあり、いろいろな問題もあ
ります。主イエスさまがこの罪深いわたしのためにも十字架で死んでくださったことを信じま
す。イエスさま、今、あなたを心にお迎えします。どうぞ、わたしのうちに来てください。
アーメン」
ザアカイの家にイエスは行かれました。「家」とは、その人の普段着の姿、本当の自分を出すところです。その家が、ザアカイにとってイエスとの出会いの場となりました。
日本人は特に、フォーマルとインフォーマルとを使い分けますね。
何かの正式な集まりがあると、後に二次会をやったりします。
今も、主イエスが出会うことを願っておられるのは、その人のよそ行きの姿ではなく、家にいるありのままのその人です。





