大祭司の中庭で、そんな人は知らないと3回もイエスを否定したペテロ。
しかし、その少し前、イエスが捕らえられる前には、他の人が皆裏切っても、わたしは決して裏切ることはない、と言い切ったペテロ。
どちらが本当のペテロなのか。
どちらもペテロだと答えた人もいます。
では、イエスはどう見ておられたのでしょうか。
「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは3度わたしを知らないというだろう」
不思議ですね。
イエスはまだ、ペテロが裏切っていない段階で、ペテロの裏切りのことをこのように具体的に、正確に知っておられました。
そうです。
当のペテロ本人が分かっていなかったペテロのことをイエスは分かっておられたのです。
あなたやわたしは自分のことをどの程度分かっているでしょうか。
自分で自分のことが分からなくなることはありませんか。
自分はなぜあんなことを言ってしまったのかと思うことはありませんか。
そんな自分を人に分かってもらおうとするのは無理な話です。
誰も自分のことを分かってくれないと思う時、どこかさびしい思いをします。
自分でも自分のことを分かっていなかったペテロ。そのペテロのことを分かっておられたのはイエスです。
イエスはペテロの先のことまで知っておられました。
あなたもわたしもこのイエスに出会ったのですね。
この主イエスとどういうお付き合いをすればよいのでしょうか。
どう思いますか。
ところで、当時の初代教会の12使徒の代表的な立場にあったのはペテロでした。
聖書にこのペテロの恥ずかしい話が書かれているということは、当時の多くのクリスチャンたちはリーダー的な立場にあったペテロの、この話を知っていたはずです。人から聞かされていた話です。
皆の前に立つことも多かった代表的な立場にあったペテロから見ると、隠しておきたい自分の恥ずかしい、この話を皆に知られていたことで、どんな思いをしていたのでしょうか。
日本にはいろいろな宗教団体がありますが、もし、その代表的な立場の人が自分の隠しておきたい過去の失敗を公にしているなら、どういうことになるでしょうか。
もう一つ質問があります。
このペテロの恥ずかしい話は、一番最初、誰から聞かされたのでしょうか。
イエスに言われた言葉を思い出して激しく泣いたこと、それが鶏が鳴いたすぐ後のことであったこと、そういうことまで話せるのは、本人以外にはないと思います。
ペテロ本人から聞かされた話が、人から人へと伝わって、多くの人に知られることになりました。そのことはリーダーとしてのペテロの立場を悪くすることにはなかったのでしょうか。
ではなぜ、ペテロは自分の過去の恥ずかしい失敗を公けにしたのでしょうか。どうして、公けに出来たのでしょうか。
どう思いますか。





