聖書を読んでいて気づくことがあります。
聖書の中には、ふたつのものが対比されて語られていることが多いということです。
放蕩息子とその兄、パリサイ人と取税人、マルタとマリヤ、光と闇、裁きと赦し、などなどです。
これらの対比によって、何かがはっきりしてくるわけです。
ヘブル10:39
しかし、わたしたちは、信仰を捨てて滅びる者ではなく、
信仰に立って、いのちを得る者である。(口語訳)
滅びる者といのちを得る者と二つのタイプの人が対比されています。
人間をこのように分けるのは差別だと言われるかもしれません。
わたしたちは人を差別したくありません。
しかし、神の言葉によれば、滅びる者といのちを得る者と分けられています。
この短いみ言葉の中で、もうひとつ、二つの対比があります。
信仰を捨てる者と信仰に立つ者です。
どういう場合に信仰を捨てるのでしょうか。
信仰を捨てる人は、意識的ではなく、何か他のことに心を奪われて、知らないうちに捨ててしまっているのかもしれません。
反対に、信仰に立つ人は自然にそうなるというよりも、意識的にそうしている人です。
わたし自身も、何かの場合に、これは信仰を捨てているのか、それとも信仰に立とうとしているのか、と問わなければならないことがあります。
直面している問題のために主の前に出て、正直な自分の心や思いを打ち明け、祈って、約束のみ言葉をもらうか、主から語られるみ言葉を受取るか、あるいはすべてを主のみ手にゆだねるかによって、ああ信仰に立って、いのちを得るとはこういうことかと、分からせていただきたいと思っています。





