このクリスマスのお話は、夢の中に天使が表れてきたり、星が動いて東方の博士たちを家畜小屋まで導いたりと、やはり昔の童話のような作り話ではないかと思われても仕方がないようなところがあります。
ある意味で、この話は作り話です。
だれが作ったのでしょうか。
東の国で星を見た博士たち、ちょうどそのころベツレヘムの家畜小屋におぎゃあと生まれた幼子イエス。この両者を見事につなぎ合わせるというシナリオ。
人類歴史のある時期に、このストーリーを展開させた方、その方こそ、目に見えない神である主ご自身です。
ここにも神がどのようなお方であるかを、聖書は見せています。
罪深い人間の現実と目に見えない神の現実が見事に交差するクリスマス・ストーリー、その筋書を書き、演出した方がおられます。
このストーリーは、今日、主イエスを信じる人の人生のストーリーとも関係があると思いませんか。
あなたやわたしがイエス・キリストに出会うために、その星の役目をしてくれた人がいましたか。そしてまた、そのために聖書のみ言葉のどこかが与えられましたか。
もう一度、このストーリーの全体を振り返ってみてみましょう。
マタイ 2:1-3
イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。
そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。
彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。
そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。(口語訳)
メリークリスマス!