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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「神のいのち」(27)

2017年08月06日 09時18分19秒 | 「神のいのちーシリーズ」


「天地創造以前に」

創世記2,3章に出てくる「命の木」について、学んでいます。
アダムとエバは罪を犯した後、エデンの園から追放されましたが、その時、主なる神は「命の木」の道を守り、誰もこれに近づけないように、ケルビムと回る炎の剣を置かれました。
その時から、ずっと何千年もの長い年月、「命の木」は忘れられたものとなりました。

前回は、ヨハネによる福音書1章の「この言に命があった」というところを見ました。
ヨハネによる福音書は不思議です。
創世記と同じような書き方をしています。
創世記は、「はじめに神は天と地を造られた」から始まります。
ヨハネ福音書は、「はじめに言があった」から始まります。
そして、「すべてのものはこれによって出来た」とあり、万物の創造のことを言っています。
もう一度、前回のみ言葉です。

ヨハネ1:1‐4
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。
できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。(口語訳)

この言に命があったのです。
そして、この言とは何かがヨハネ1章の後の方に出てきます。

ヨハネ1:14
そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。
わたしたちはその栄光を見た。
それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。(口語訳)

ヨハネがその栄光を見たと言う、その栄光とは何でしょうか。
父なる神のひとり子としての栄光でした。
その方はめぐみとまことに満ちておられました。
誰のことでしょうか。
そうです。イエス・キリストのことです。
ということは、どういうことになりますか。
イエス・キリストは人間となってこの世に来られる、ずっと以前からおられたということになります。
天地万物の創造以前からおられた方です。
すごい話ですね。
信じられますか。

ヨハ 8:58
イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」(口語訳)

それだけではありません。その天地万物の創造にイエス・キリストは深く関係しておられました。
どう思いますか。


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