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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「神の国へ」

2025年04月04日 05時30分35秒 | ルカ福音書より

大漁の奇跡が起こったこのガリラヤ湖畔は、
イエスの宣教の開始の場でもありました。
 その時、イエスは「悔い改めよ。
天の御国は近づいた」と言われました。

聖書には、福音とは「罪の赦しの福音」とも
言われていますが、
「神の国の福音」とも言われています。

ルカ4:43
しかしイエスは、彼らにこう言われた。
「ほかの町々にも、
神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。
わたしは、そのために遣わされたのですから。」(新改訳2017)

天の御国、神の国、天国などの「国」は
単なる国ではなく、
原語でも英訳でも王国(キングダム)です。
王のいる国のことです。
もちろん、この神の王国での王とは、
主イエスのことですね。
主イエスが王であるところに神の国があります。

では、このルカ5章の「大漁の奇跡」の話を、
神の国の視点から見ていくとどうなるでしょうか。

5:3 イエスはそのうちの一つ、シモンの舟に乗り・・・

シモンの舟に乗る時、「乗せてください」と、
シモンに頼んでいませんね。

5:4 話が終わるとシモンに言われた。
「深みに漕ぎ出し、網を下ろして魚を捕りなさい。」

このイエスの言葉はお願いや提案ではなく、
命令的な言葉です。
ペテロはこのイエスの言葉に従いました。
彼自身、強い確信があったわけではありませんし、
もちろん大漁の奇跡を期待していたわけでも
ありません。
それほどの確信があったわけでもなく、
イエスの言葉があまり理解できないままでの
従順でした。
この場合、イエスの言葉が理解できるか、
できないかではなく、
その言葉に従うかどうかが問われています。

ペテロのみ言葉への従順は、
意外と何もわかっていないままでの従順でした。
意味も分からないままで、
その人の言葉に従うとは、
その人を信じ、信頼していることになります。

イエスの招きに応えて、
ペテロは自分のこれまで生きてきた漁の世界、
つまり自分の国から出て、
王であるイエスの命令に従い、
神の国の圧倒的な力を見ることになりました。
そして、その神の国の中に生きる者となったのです。

そして、やがて、ペテロたちはこの世から
人間をとって神の国に入れる働きを
することになりました。

この大漁の奇跡のお話は目に見える映像として
イメージできますが、
一方で、ここに目に見えない神の国が
表されています。

こういう視点でも、この話を読むことができる、
とわたしは思っています。

マタイ 6:33 
まず神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはすべて、
それに加えて与えられます。(新改訳2017)
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