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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「不思議です」

2025年03月25日 05時30分17秒 | ルカ福音書より

ルカ福音書5章からの続きです。
シモン・ペテロは「お言葉ですから」と言って、
イエスの言われた言葉に従いましたが、
そのためには何を犠牲にする
必要があったでしょうか。

何度も言っていますが、
自分の身に着けた知識や経験を犠牲にしました。
簡単に言っていますが、
これは、普通はなかなか出来ないことです。

イエスは、
ペテロたちが一晩中漁をして一匹も獲れなかったことを知らないで言ったのではなく、
十分承知の上で、ペテロに命令的に言ったのです。

5:5 すると、シモンが答えた。
「先生。私たちは夜通し働きましたが、
何一つ捕れませんでした。
でも、おことばですので、網を下ろしてみましょう。」
5:6 そして、そのとおりにすると、
おびただしい数の魚が入り、
網が破れそうになった。
5:7 そこで別の舟にいた仲間の者たちに、
助けに来てくれるよう合図した。
彼らがやって来て、
魚を二艘の舟いっぱいに引き上げたところ、
両方とも沈みそうになった。
5:8 これを見たシモン・ペテロは、
イエスの足もとにひれ伏して言った。
「主よ、私から離れてください。
私は罪深い人間ですから。」

いなかったはずの所に魚がいました。
獲れた魚で一杯になり、網が破れそうになりました。
 これを見た、ペテロはどうしましたか。
その時まで、
同じ舟に乗っておられたイエスの足もとに
ひれ伏しています。
そして、最初は「先生」と言っていたイエスに
向かって、何と言っていますか。

そうです。
 「主よ」と言っています。
イエスが何者であるかについての変化が
ペテロのうちに起こっています。
言い換えると、
ペテロはここでイエスに出会っています。

それと同時に、不思議なことに、
自分の罪深い姿を見せられたのです。
大漁の魚が獲れた、その舟の中で
「私から離れてください。私は罪深い人間ですから」と言いました。

これはペテロが誰かに教えられ、
説明されてわかったのではありません。
しかし、彼はわかったのです。
彼は特に何か後ろめたいこと、
人には言えない悪いことを
隠れたところでしていたのでしょうか。
そうではありませんね。
「自分は罪深い人間ですから、
もうわたしに関わらないでください。
ほっといてください。」
と言っているのではありません。

この時、
イエスに個人的にお説教をされたのでもないのです。
不思議です。
不思議ですが、イエスに出会った時、
ペテロは自分が罪深い人間であることが
わかったのです。

あなたもわたしもペテロが言っていることは、
本当のことを言っていると、わかりますね。
このペテロのことがわかるのは、
あなたもわたしもある程度、
似たような経験をしているからではないでしょうか。
別に大漁の奇跡を経験していなくても、です。
どう思いますか。

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