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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「3人の話」

2025年04月15日 05時30分23秒 | ルカ福音書より

ルカ7章から前回の続きです。
自分の態度に対して批判的、
否定的な思いをもっている人に対して、
こんな風にたとえ話をされるイエスについて、
どう思われますか、
という問いで前回は終わりました。

自分に批判的な思いをもっている人に対して、
わたしはやはり、自分を守るような、
弁解するような言い方で対応するかもしれません。
「いや、わたしはこの人のことをあなたが
見ているようには見ていませんよ」と言えば、
やはり自分を守るような言い方ですね。

イエスの態度に対して、表向きは黙っていましたが、パリサイ人シモンは内心、
批判的な目で見ていました。
その心の中の思いに気づいてイエスは、
このたとえ話をしておられます。
余裕ですね。

7:41 「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。
一人は五百デナリ、もう一人は五十デナリ。
7:42 彼らは返すことができなかったので、
金貸しは二人とも借金を帳消しにしてやった。
それでは、二人のうちのどちらが、
金貸しをより多く愛するようになるでしょうか。」
7:43 シモンが「より多くを帳消しにしてもらったほうだと思います」と答えると、
イエスは「あなたの判断は正しい」と言われた。

このたとえ話は、
罪深い女のことではなく、ある金貸しのことでした。
そして、500デナリ借りた人と50デナリ借りた人の話でした。
パリサイ人シモンは、
罪深い女とその態度に黙っているイエス、
その2人のことを問題にしています。
ところが、イエスのたとえ話は、
2人の話ではなく3人の話です。
シモンはもうひとりのことを忘れていますね。
そのもうひとりとは誰のことでしょうか。
そうです。パリサイ人シモン自身のことです。
自分のことは横において、
人のことばかり言っている、
そういう経験はありませんか。
わたしはあります。

しかし、イエスは、
「あなたは自分のことは横において、
人のことばかり問題にしていますね」
とは言っておられません。
たとえ話をして、その後、質問をしておられます。
その質問にシモンは答えました。
そのシモンの答えに対してイエスは
「あなたの判断は正しい」と言われました。
シモンは正しい判断をしました。
イエスはそれをハッキリ認めています。

ここで、あなたやわたしが信じているイエスとは
どういう方だと思いますか。

では、シモンの何が問題だったのでしょうか。
シモンは、自分に関係のない話だと、
正しい判断ができるのです。
しかし、自分に関係のあることについては
正しい判断ができるとは限りません。
もっと言えば、人のことは見えていて
わかりやすいのですが、
自分の問題は見えていないのです。
更にもっと言えば、
シモンは自分の問題も見えていないし、
イエスのことも見えていませんでした。
イエスの金貸しのたとえ話の3人のことは
よくわかっても、自分のこと、イエスのこと、
こちら2人のことが見えていなかったのです。

ところで、
借りた借金が帳消しになるのと罪のゆるしとは
どういう面で共通するところがあるでしょうか。

コメント
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