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浜崎英一ブログ「聖書との対話」

わたしは今も、70年近く読んできた聖書を心の支え、人生の指針として親しみ、感動を覚えている。

「批判的な思い」

2025年04月11日 08時06分43秒 | ルカ福音書より

前回のの続きです。

ルカ福音書7章39-43節
7:39 イエスを招いたパリサイ人はこれを見て、
「この人がもし預言者だったら、自分にさわっている女がだれで、
どんな女であるか知っているはずだ。
この女は罪深いのだから」と心の中で思っていた。
7:40 するとイエスは彼に向かって、
「シモン、あなたに言いたいことがあります」と言われた。
シモンは、「先生、お話しください」と言った。
7:41 「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。
一人は五百デナリ、もう一人は五十デナリ。
7:42 彼らは返すことができなかったので、
金貸しは二人とも借金を帳消しにしてやった。
それでは、二人のうちのどちらが、
金貸しをより多く愛するようになるでしょうか。」
7:43 シモンが「より多くを帳消しにしてもらったほうだと思います」
と答えると、
イエスは「あなたの判断は正しい」と言われた。

あるパリサイ人に食事を招待されて、
イエスはその家に来ていましたが、
そこに罪深い女と言われている人が入ってきました。
人の家に、招待もされていない人が、
黙って入って来てもよかったのでしょうか。

「ごめんください。
この家にイエスさまは来られているでしょうか。
お会いしたいと思ってきた者ですが、
入れていただいてよろしいでしょうか。」
とか、そういうことを言って

家に入れてもらったのでしょうか。
それとも、黙って無断で、

勝手に人の家に入って来たのでしょうか。
これは当時のユダヤ社会の風習にも
関係があると思います。

その女性は無言のまま、イエスに近寄り、
その足もとで泣きながら、
涙でイエスの足をぬらし、髪の毛で拭き、

香油を塗りました。
もう一つ、彼女のしたことがありました。
何でしたか。
そうです。
香油を塗る前にイエスの足に口づけをしました。


それを見ていたパリサイ人は、
あなたは誰ですか。
なぜ、勝手にわたしの家に入って来たのですか、
とは聞いていません。


この家の主人パリサイ人は、
突然の彼女のその様子を見て、何か言いましたか。
いいえ、言っていません。
(いや、言いましたよ)
言ったか、言わなかったか、どちらでしょうか。
ご自分で確かめてください。

そこで、イエスは「シモン」と言って、
このパリサイ人に話しかけておられます。
では、やっぱり、
このパリサイ人は彼女の様子を見て、
何かを言ったのですね。
違います。
彼女の様子を見て、シモンは、
心の中で思ったのです。
イエスはそのことを見抜いて、

「シモン」と言い、
一つのたとえを話され、

その後に質問しておられます。

イエスさまもよく質問をしておられますね。
「二人のうちのどちらが、
金貸しをより多く愛するようになるでしょうか。」
イエスがこのたとえ話の意味を
ストレートに教えないで、
その後、この質問をしておられるのはなぜか、

おわかりですね。
質問によって自分でわかるようにするためです。

罪深い女が自分の足元でいろいろやっていることを、
イエスが預言者であるなら、

彼女のことがわかるはずで、
何か言ってもよいはずだが、何も言わないでいる。


そういうことをシモンは口に出さないで、
心の中で思っていたのです。


その時、イエスは彼が口で言ったかのように、
そのことに応答して答えています。
その答え方が、ストレートにではなく、
たとえ話で答えています。
相手を責めているのでもなく、
何か自然な話し方ですね。

「シモン、あなたに言いたいことがあります」
とイエスに言われた時、

シモンは少しドキッとしたかもしれませんが、
冷静に「お話しください」と言っています。
それでイエスは、その罪深い女のことではなく、
「ある金貸しから・・・」と話し始めました。

自分の態度に対して批判的、
否定的な思いをもっている人に対して、
こんな風にたとえ話をされるイエスについて、

どう思いますか。
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